35 ソラ、決意する
「じゃあさー、今日はもう遅いから聖樹様のところには明日行こうよー、ここって温泉があるらしいしさー、おはぎがこれだけおいしいんだから、ご飯だっておいしいでしょー、そうしようよー、雨っち」
「えっ、温泉あるの? いいね、そうしよっか、いちどイザヴェルに帰るのも面倒だもんね、んー、そうだ、ソラっち、一緒に温泉入ろうよ、いいよね、んー、でも寝るときは一緒には寝れないよ、だってソラっちってまぶしいからね」
さっきまでよく分からない内輪の話をしていた双子が、急に思いついたようにわたしに話しかけてきた。
――えっ! どういう話の流れでそんなことに?
「うん? 聖樹様のところに行くの? わたしが?」
話についていけまかったわたしは、双子の言葉を繰り返した。
「そーだよ、聖エルフがなんだってこんなところにいるのか知らないけどさー、聖樹様のところに行って神っちに会ってさー、あー、そうすると氷っちにも会うことになるけどー、ソラっちなら大丈夫だよー、さすがの氷っちもソラっちに怒ったりしないってー」
「いやいや、氷っちって見さかいないからね、またいつものように風っちがバカなこと言って、氷っちが怒って、面倒なことになるんじゃない、んー、でも、ソラっちは氷っちの妹みたいだし、んー、まあ、いいっか」
――うーん、さっぱり訳が分からない。
たぶん神っちは神口の聖エルフで風っちは風の聖エルフのことなんだろうけど、いちばんよく出てくる氷っちって誰なんだろう?
「あのー、氷っちって誰なの? さっきからよく出てくるけど……」
わたしは思い切って双子の会話に切り込んだ。
双子はふたりそろって目をパチパチと瞬いて、手をパンと叩いた。
「あー、そうかー、氷っちじゃ分からないよねー、氷の聖エルフじゃなくてー、えーと、あれー? 何だっけー、雨っち?」
「ちょっと、なに言ってんのよ、雲っちったら、怒られるわよ、土の聖エルフよ、つ・ち、っていうか、氷っちって呼んでたことがばれたら、ひどい目にあうわよ、気をつけなさいよ」
「えー、雨っちだってさっきから氷っちって呼んでるじゃん、知らないよー、僕、怒られるのやだからねー」
「ちょっと、なに人のせいにしてんのよ、そもそも先に雲っちが氷っちて言うから、それにつられてわたしも氷っちて言っちゃったんじゃないのよ、わたしのせいにしないでよ」
――うーん、どうやら氷っちは土の聖エルフのことらしいけど、一応聞いておこうかな。
「ねえ、土の聖エルフのことをなんで氷っちて呼ぶの?」
他にも聞きたいことは山ほどあったが、この双子相手にはひとつひとつ聞いていくしかない。
「あー、それ聞いちゃう? 言ってもいいけどー、内緒だよー、ぜったい内緒にしてよねー、そうしないと、僕、怒られちゃうからさー、あのさー、氷っちてばさー、風っちのことが大好きなわけ、けどさー、風っちはバカだからさー、女の子を見つけるとすぐ声をかけるんだー、別に何をするってわけでもないんだけどさー」
「そうそう、とにかく女の子を見たとたん、かわいいねーとか、きれいだねーとか、すてきだねーとか、髪がつやつやだねーとか、肌のきめが細かいねーとか、あれってバカじゃない、風っちって絶対バカだよね、自分の横に氷っちがいつもいるのに、女の子見ると毎回毎回よ」
「だよねー、バカだからさー風っちは、しょうがないけどさー、それでさー、氷っちが怒って女の子を身動きできないように風の壁で囲っちゃうんだー、もうさー、ピクリとも動けなくなるよー、だってドラゴンの攻撃を止めるほどの壁だよー、それで女の子のまわりの空気を凍ったように固めちゃうんだよー、泣いちゃうよー、僕だって泣いちゃうよー」
「あんたはいいわよ、男だから、めったにやられないじゃない、わたしなんか何回やられたと思ってんの? ぜんぶあのバカ風っちのせいよ、盾があったって身動きひとつできないわよ、なんなのよ、あれ、毎回毎回、会うたびに髪がさらさらだねーとか、その髪型よく似合ってるねーとか、その度にこっちは氷漬けにされるのよ!」
――うーん、聞くんじゃなかったなー。
風の聖エルフは女の子好きで、土の聖エルフは嫉妬深くてみんなを氷漬けにするから氷っち。
こんな話を風の聖エルフ大好きのソフィアさんが聞いたら、どうなることやら。
そう思って、ちらっとまわりの様子をうかがうと、ソフィアさんが目を鋭く細めて双子を見ていた。
――まずいね。いつのまに広間に入って来てたんだろう?
まさか、聖エルフ相手に怒りだすことはないだろうけど、早いところ話をかえたほうがいいよね。
「あのね、雨っち、雲っち。ちょっと聞きたいんだけど、聖エルフってどこで生まれるの?」
わたしは双子の会話が途切れた隙をついて、前から疑問に思っていたことを聞いてみた。
「んー、聖樹様のがらんどうだよ、ソラっちもそうじゃないの? わたしと雲っちは双子だからね、仲良くふたりで生まれたけど、ソラっちはひとりで生まれたんじゃないの? ひとりだと真っ暗だから恐かったんじゃないの?」
――がらんどうってたしか木に開いている大きな穴のことだよね。
じゃあ、やっぱり聖エルフは聖樹のもとで生まれるんだ。
「そうなんだ。うん、やっぱりそうだよね。ねえ、わたしはやっぱり聖エルフじゃないよ。そんなところで生まれたら、誰かが気がついて聖エルフが生まれたーってことになるよね。わたしは気がついたら森の中にいたし、記憶も失くしてたの」
双子はそろって軽く首をかしげ、声をそろえた。
「そんなこともあるんじゃないのー」
――なっ! いや、たしかに、この双子はそんなことを気にするようなタイプじゃないね。
「ソラっちが聖エルフであることはまちがいないよー、僕が保証するよー、ねえ、雨っちー、雨っちもそう思うよねー」
「そうね、森の中にいたってどこにいたって、ソラっちが聖エルフじゃないなんてことはないわね、それに記憶がないんでしょ? そこで生まれたからじゃない?」
――雲っちも雨っちもあっさりと、わたしが聖エルフであることにしている。
だけど、それはただ聖樹様なら何でもできるという聖樹様愛によるものだ。
神様ならなんでもできるというのなら、なぜわたしの思考を神の色で染めなかったの?
わたしだけ悩むように創造して、わたしだけ森の中に捨てておくなんてありえない。
神の御子が神の意志を疑うだろうか?
わたしは意を決して、断固たる口調で双子に宣言した。
「ごめんね、雨っち、雲っち。わたしは聖エルフじゃない。わたしは、この村で暮らしていきたいの。聖エルフなんかじゃなく、ちょっと変わったエルフとして、この村で生きていきたいの」




