33 ソラ、天馬に乗る
屋敷の水堀のまわりには、大勢のエルフさんたちがざわざわとひしめいていた。
みんながみんな、ものめずらしそうに橋のほうを覗き込んでいた。
ソフィアさんとわたしが近づくと、さっと人混みが割れて道が開いた。
アルの両親のケガを治しているあいだに、聖エルフたちが先に屋敷に到着したらしい。
橋の向こうの門のところで天馬が二頭、もしゃもしゃと餌を食べていた。
たしかに前脚が四本、後ろ脚が四本と八本の脚があるが、その背中に翼はない。
「ソフィアさん、天馬って翼がないのに飛べるの?」
翼をはばたかせて飛ぶ天馬を想像していたわたしは、脚の数を除けば普通の馬とかわらないその姿にすこし拍子抜けした。
「さようでございます。天馬はエルフと同じく風の壁を蹴って空を翔けますから、翼は必要ございません。そのかわり脚が八本ございますから、信じられないほどの速さと持久力を持っております」
白毛と栗毛の二頭の天馬は、ピンと立てた耳をせわしなく動かしながらも、一心不乱に飼い葉桶に頭を突っ込んでいた。
よく見ると体が膜のようなものでおおわれ、オーラを放っているように輝いて見える。
「あれ? ソフィアさん、天馬って光ってるみたいに見えない?」
わたしは歩きながらも、目を細めて天馬を観察した。
「天馬でございますからな。ソラ様ほどではございませんが、ちょっとした盾でおおわれているのでしょう。それゆえ、すこしだけですが輝いているように見えますな」
ソフィアさんが好奇心でいっぱいといった笑顔で、橋を渡って天馬に近づいていく。
――うん? 盾があると光って見えるの?
「ソフィアさん、まさかとは思うけど、わたしって光って見えたりはしないよね?」
ソフィアさんはすこし驚いたようにわたしを見た。
「ご存じありませんでしたか? われわれからすると天馬よりはるかに、ソラ様のほうが輝いて見えますぞ」
――なっ! えっー! 光ってる? 天馬よりも?
わたしは天馬を指さして、ひきつった笑みを浮かべた。
「けっこう光ってるよ、あれ。夜に横にいたらまぶしくて寝にくいよね」
二頭の天馬の耳がそろってこちらを向いた。
「ええ。ですのでソラ様にはひとり部屋で寝ていただいております」
――えーー! ちょっとー! 初耳だよ! 気を使ってもらって、ひとり部屋を与えられてるって思ってたのにー! まぶしいから? まぶしくて一緒に寝にくいからひとりだったなんて……
わたしは軽く衝撃を受けて、しばらくのあいだ立ちすくんでいた。
気がつくと、白毛の天馬がすぐそばにいて、わたしの背中をハムハムと噛んでいた。
――ちょっとー! 馬に噛まれてるしー! えー!
そして、わたしの目を大きなくりっとした目で覗き込んで、頭をグリグリとこすりつけてきた。
――あれっ? かわいい? うん、かわいいね、この子。
わたしは白馬の首のあたりに手を回し、わしゃわしゃとなでてあげた。
白馬は低くやさしいいななきをあげ、頭をこちらに回して体を寄せてきた。
――これはひょっとして懐かれてる? ……そうか! 光りもの仲間に入れてもらってるんだな。よーし、そうとわかれば。
わたしはすこし盾に力を入れて、首筋から肩にかけてコリをほぐすように心ゆくまで白馬をなでた。
最後に首筋をポンポンと叩き、できあがりだ。
まるでエルフさんの肩こりを治すかのようだが、馬だって首が疲れるに違いない。
「はい、お疲れさまー。今度よかったら背中に乗せてね」
わたしはそう言って、こちらをうらやましそうに見ているソフィアさんに駆け寄ろうとした。
すると突然、白馬がわたしの行く手をさえぎり、ヒーンと甲高い声を上げた。
そして、脚を折ってかがみ込み、こちらに首を回してわたしの目を覗き込んだ。
「うん? ひょっとして、乗せてくれるの?」
わたしは恐る恐る白馬の背中によじ登り、首筋にしがみついた。
白馬はゆっくりと立ち上がり、頭を上空に向けたかと思うと、弾かれたように空に舞い上がった。
白馬の盾とわたしの盾が混じり合い、まるでわたし自身が飛んでいるかのような一体感に包まれる。
盾の外で空気が切り裂かれ、景色があっというまに後ろに流れていく。
お互いの盾が相手をつかまえて離さないためだろうか、手を離しても白馬の背中から落ちる気がしない。
――なに、これ? これが天馬のちから?
景色を楽しむ暇もなく、あっというまに村を一周した白馬は、軽やかに橋の上に着地した。
まるで夢でも見ているかのような出来事に、わたしは白馬の首にぎゅっとしがみつき、心からお礼を言った。
「天馬ってすごいんだね。ありがとうね。すごく楽しかったよ」
もういちど首筋をなでてあげて、白馬から飛び降りた。
「ソフィアさん、すごいよ天馬って。あれだけの速さで飛んでるのにまったく揺れもしないんだよ」
羨望のまなざしで見ているソフィアさんにそう話しかけて、門をくぐろうとしたわたしに今度は栗毛の天馬が立ちはだかった。
――あれ? ひょっとしてこの子もなでてほしいのかな?
栗毛の子はわたしに向けてピンと耳を立て、鼻を押しつけてきた。
首筋のあたりに手を伸ばし、わしゃわしゃと盾でなでるわたしを、首を回して甘く噛んでくる。
――盾があってよかった。噛まれても安心だね。
白い子と同じように心ゆくまで栗毛を堪能し、最後に首筋をポンポンと叩いた。
すると栗毛の子も、脚を折ってかがみ込み、わたしが乗れるような姿勢を取った。
「乗っていいのー? やったー! ありがとうねー!」
栗毛の子に乗ったわたしは、再び空に舞い上がった。
さっきと違って少し余裕のできたわたしは、まるで放たれた矢に乗っているかのような速さの中で、水と緑と茶色で描かれた点描のような村の景色を心に刻みつけた。
――本当に、きれいなところだ。心に染みわたるね。
栗毛の子は村を一周した後、大きく旋回して、屋敷の広間の前に広がる庭に着地した。




