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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第二章 エルフの少女ソラ
31/91

31 ソラ、書記官を送り出す

「じゃあね、シルヴィアさん。また遊びに来てね。聖エルフとか連れて来なくていいからね」


 わたしはまぶしく差し込む朝の陽に手をかざした。


「いえ、必ず聖エルフ様を連れて戻ってまいりますわ」


 シルヴィアさんはいつものように、メガネをくいっと持ち上げて応えた。


「シルヴィア殿、くれぐれも無理をなさいますな。ソラ様が聖エルフ様をかたっているなどという考えを、代官殿に改めていただければ、それだけでよいのです。われらとしては、わざわざ聖エルフ様に足をお運びいただくなどということは、求めてはおりませんからな」


 村長さんがシルヴィアさんに優しく声をかけた。


「いえ、あの頭のかたい代官の考えをかえるよりは、聖エルフ様をここに連れてくるほうがまだ簡単ですわ」


 シルヴィアさんは潤んだ瞳を大きく見開き、村長さんを見つめた。


 ――まちがいない。あれは恋する乙女の目だ。


「シルヴィア殿はすでにわが村の一員であり、つまりはわれらの家族でございますからな。もし何かあれば村に帰ってくれば良いのですぞ。それだけは覚えておいてくだされ」


 村長さんは心に染みわたるゆったりとした声で、シルヴィアさんを気づかった。 


「村長様、そのようにわたくしのことを……」


 ――さすがは村長さんだ。あのシルヴィアさんが顔を真っ赤にして舞いあがってるよ。


「父上のおっしゃるとおりです。わたくしもシルヴィア殿に何かあれば駆けつけますのでご安心ください」


 ソフィアさんが胸をドンと叩いて背筋を伸ばした。


 シルヴィアさんは邪魔者を見るかのような表情を一瞬浮かべたが、すぐ村長さんに視線を戻した。


「その、……村長様。わたくし、……あれですわ、……その……」


 肩を小さく震わせながら、うわずった声が熱い息と一緒にもれた。


 ――あれ? ひょっとしてここで告白でもするの?


 わたしは期待に胸をふくらませて、きょろきょろとふたりを見た。


「では、ソラ様。例のものをシルヴィア殿に……」


 村長さんはすっと視線をはずし、わたしにおだやかな笑みを向けた。


 ――えー! いいところだったのにー!


 わたしはしぶしぶポケットから、手のひらにすっぽり収まるほどの小さなわらじを取り出した。


「シルヴィアさん、はい、これあげる。役に立つかどうか分からないけどね。わたしの髪の毛を一本織り込んで作ってあるから」


 シルヴィアさんはメガネの奥の目を大きく見開き、すっかり顔色を変えた。


「えーーー! よろしいのですかーー? わたくしごときに、その、はきものを、……いただけると……」


 ――シルヴィアさんは冷静沈着に見えて、驚いたときの行動がいつもと違いすぎるんだよね。


「村長さんがシルヴィアさんのことを心配してね、はきもの係だったほうがえらい人に話を通しやすいだろうって……」


 わたしはそう言って、シルヴィアさんの視線を村長さんに誘導した。


 ――ふふっ、これでさっきの続きを見られるぞ。


「村長様、……それほどまでにわたくしのことを。……その、……わたくし……」


 ――よしっ! いけー! そのまま告白しちゃえー!


「ソラさまっ! ぜひわたくしにも髪の毛を織り込んだわらじをっ! ぜひともっ!」


 ソフィアさんが突然ひざまずき、血走った眼でわたしを見上げた。


 その場の雰囲気が一瞬にしてしらけたものに変わり、シルヴィアさんはため息をついた。


 ――ちょっとー! もうちょっとだったのにー! わたしのわくわく感を返してよー!


 シルヴィアさんはわたしに向かってひざまずき、胸の前に腕を回した。


「ソラ様、わたくしはエルフのために聖樹様とそしてソラ様に忠誠を誓いますわ」


 頭を下げ、両手を高くかかげ、手のひらを差し出した。


 わたしはその手のひらにポンとわらじをのせた。


「シルヴィアさん、忠誠とかはいらないよ。わたしは聖エルフじゃないからね」


 茫然自失といった様子で肩を落としているソフィアさんを視界の隅で捉えたまま、わたしはシルヴィアさんに声をかけた。


「じゅうじゅう承知しておりますわ、ソラ様」


 シルヴィアさんはわらじを胸に押し抱くと、口の端を上げて笑顔をつくった。


 ――うん、これっぽちも承知してないよね。


「ソフィアさんの分はあとで作ってあげるからね」


 わたしはソフィアさんが少しかわいそうになって声をかけた。


「本当でございますかー! ありがたき幸せでございます! これよりいっそうソラ様に忠誠をつくし、はきもの係の名に恥じぬよう精進を続け、さらには……」


 ソフィアさんのえんえんと続く感謝の言葉をさえぎるように、シルヴィアさんを乗せた馬の高く鳴く声が響き渡った。


「では、行ってきますわ。この村で過ごした一週間はわたくしにとって一生の宝物となりましたわ。かならずや御期待に添えるよう、全力を尽くしますわ」


 シルヴィアさんはそう言うと、馬の背中を軽く叩いて向きをかえ、屋敷を後に走り出した。

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