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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第二章 エルフの少女ソラ
29/91

29 ソラ、十一回転する

「よーし、次は十回転に挑戦するよー!」


 わたしは水面で盾を一気に大きくして反動で跳び上がり、空中で体をくるくる回転させた。


 ――いーち、にー、さんー、しー、ごー、ろーく、ななー、はちー、きゅうー、じゅうー、じゅーいちー。


 水面に着地し、盾を小さくして両手を上げてポーズをとった。


「おー、さすがはソラさまー!」


 池の土手から聞こえるみんなの歓声がここちよい。


 てれかくしに頭の後ろをポンポンと叩きながら、水面を小走りで土手へと向かった。


 土手の手前で盾を大きくして跳び上がり、一回転して着地した。


「すごいですー、ソラさまー。十一回まわってましたよー」


 アルがウルウルした目で、胸の前で両手を組んだ。


「ふふっ、最高記録だね。この調子でいけば、二十回転も夢ではないね」


 池で跳ぶ訓練をしている若者たちも、目を輝かせてわたしを見つめている。


 ――ふふっ、みんなの羨望のまなざしが熱いね。


「ソラ様、くるくる回るのがうまいのはよく分かりましたが、それはいったい何の役に立つんですの?」


 シルヴィアさんのメガネが陽を反射して鋭く光った。


「そうですな。水面を走れるようになったのは収穫ですが、跳ぶ訓練がまったく進んでおりませんな」


 ソフィアさんが陽の光をさえぎるかのように、わたしの目の前で腕を組んだ。


「えー、……だって、一回しか跳びあがれないから。でも盾の弾くちからを調節できるようになったんだよ。これならお屋敷の屋根の上にだってピョーンって跳び上がれるよ」


 わたしは腕を振り回しながら、必死で反論した。


「まあ、たしかにその跳躍力は村一番でしょうな。ただ、二回、三回と続けて風の壁を蹴れなければ空を翔けることはできませんぞ」


 ――その風の壁を蹴るっていうのができないんだよねー。


「うーん、……じゃあ、ソフィアさんもう一回やって見せて。よーく見てるから」


 わたしはソフィアさんの池のほうに押しやって、土手の草の上に座り込んだ。


「わかりました。いいですか、風の壁を足の着地場所に前もって作り、それを足場にして跳ね、次の着地場所に風の壁を作る。要するに、この繰り返しでございます。ソラ様は盾の力で跳んだ後の着地場所に風の壁を作ることができておりません。ですから、まずは二歩目の着地場所に風の壁を作るということに集中してください」


 ソフィアさんはそう言うと、池の上空を軽やかに翔け始めた。


 その空を翔ける優雅な姿に、まわりにいる訓練中のエルフさんたちからも感嘆の声が上がる。


「たしかに、さすがは優雅で明哲な村長様の娘ですわね。頭脳以外はその血を受け継いでいるようですわね」


 シルヴィアさんがソフィアさんを目で追いながら、ぼそっとつぶやいた。


 ――またこのパターンだ。ソフィアさんをチクリと刺しながら、村長さんをほめたたえる。


 昼食の時に気が付いたのだが、シルヴィアさんの村長さんを見る目は、まちがいなく恋する乙女の目だ。


 おそらく、昨日の広間での村長さんの言動に心を奪われたのだろう。


 ただ、村長さんは百二歳でシルヴィアさんは十八歳だ。


 八十四歳差という歳の差は、エルフにとっては許容範囲なのだろうか。


 ソフィアさんと風の聖エルフの歳の差が三千歳を超えることを考えれば、それほど気にならない歳の差なのだろうか。


 そんなことを思っていると、ソフィアさんがあっというまに池を一周して帰ってきた。


「どうでございましたか、ソラ様。なにか分かりましたか?」


 ソフィアさんは息ひとつ切らすことなく、軽く舞い降りた。


「うーん、……風の壁ってこのまえの毒狼がでたときに張った壁でいいんだよね?」


 ソフィアさんの蹴っている壁が、わたしの壁とすこしちがう気がして尋ねてみた。


「そうですな。エルフの使う風のちからは基本的に同じものです。風を刃として使ったり壁として使ったりしますが、動と静と申しましょうか、動きをその先に伝えるかとどまらせるかの違いでございます」


 ソフィアさんは腕を大きく振って、空に向かって風の刃を走らせてみせた。


「風の刃はこのように聖樹様の慈愛を動かし向こうへと伝えます。風の壁はそこにある聖樹様の慈愛を動かさずとどめます」


 ソフィアさんは今度は手を軽く振って、風の壁を作ってみせた。


「うーん、わたしの作る風の壁ってわたしを中心に丸くなるから、蹴ったりできないんだよねー」


 昼からけっこう長いあいだやってみたが、風の刃はいっこうに作れないし、風の壁は作れても自分でさわることすらできない。


「毒狼がでたときとおっしゃいましたけど、それは初耳ですわね」


 シルヴィアさんが興味を引かれたような素振りをみせた。


「おぉ、シルヴィア殿はご存じなかったですか。先日、山で数百頭の毒狼に囲まれましてな。それをソラ様が風の壁ですべてはじき飛ばして退治したのですよ。いやー、すごかったですぞ。われわれを守りながらどんどんおおきくなっていく風の壁を見て、土の聖エルフ様に守られる風の聖エルフ様のお気もちを垣間見たような心地でしたぞ」


 ――えっ? ソフィアさんずいぶん話を盛ったよね。


 数百頭もいなかったし、ほとんどの毒狼が無傷で逃げていったよね。


 あれから一カ月もたってないのに、どれだけ話を大きくしたら気がすむの?


「ちょっと、ソフィアさん、そんなにおおげさに……」


 ソフィアさんに注意しようしたわたしを、シルヴィアさんの鋭い声が押しとどめた。


「お待ちくださいな、ソラ様。ひとつ確認したいことがございますわ」


 シルヴィアさんはお得意のメガネをくいっと上げる仕草をしてみせた。


「その風の壁を見せていただいてもよろしいかしら?」


 こちらを観察するように一歩下がってあごに手を当てた。


「ん、いいけど。……じゃあ作るね」


 わたしは聖樹様の結界を思い浮かべ、かかげた手を軽く振りおろした。


 すると、すぐ盾から風が巻き起こり、わたしの回りに小さな半円球の風の壁ができた。


 ――ここまでは簡単にできるんだよねー。でも、これを蹴るとか、一部分だけ作るとかができないんだよね。


「えーーー! こんなことってーー! でも、えー! でも、そんな! そんなことって!」


 突然、シルヴィアさんが素っ頓狂な声をあげた。


 ――あれ? 今朝もこんなことがあったよね。

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