28 ソラ、書記官と和解する
「風の、……聖エルフ様ですか?」
シルヴィアさんはめんくらったような表情を浮かべた。
「たしか、御歳三千百二十四歳ですわ」
――即答とは、さすがは一等書記官だね。
「おぉ、そうですか。さすがはシルヴィア殿、博識でいらっしゃいますな」
ソフィアさんは満面の笑みを浮かべた。
「それがどういう関係があるのでしょうか、ソフィア殿」
シルヴィアさんは気を取り直し、鋭いまなざしをソフィアさんに向けた。
――いや、たぶん、ソフィアさんは風の聖エルフの年齢を知りたかっただけだよ。
「あなたはあの聡明で慈悲深い村長様の娘にもかかわらず、何も考えてらっしゃらないのね」
シルヴィアさんはソフィアさんの返事を待つこともなく、くるっとわたしに向き直った。
「聖エルフ様の偉業はわたくしの心に刻み込まれておりますわ。最初に遣わされた神口の聖エルフ様は聖樹様の慈愛とお言葉をエルフに伝え、獣たちを追い払い、エルフの生活圏を飛躍的に広げられましたわ。風の聖エルフ様はドラゴンと戦うためにお遣わされになり、今やドラゴンの脅威は山岳地帯のみにおさえられておりますわ」
シルヴィアさんはまばたきもせず、わたしの目を食い入るように見つめた。
「土の聖エルフ様は風の聖エルフ様を救出し、守るために遣わされましたわ。癒しの聖エルフ様は今ではギムレーでエルフの病気やケガを治療してくださっておりますが、そもそもは風の聖エルフ様の負った大ケガを治療する為に遣わされましたわ」
――うーん、シルヴィアさんも聖エルフ愛を持っているのか。まいったなー。
「他の十八人の聖エルフ様はそれぞれおふたりずつ、雨の聖エルフ様と雲の聖エルフ様として九つの郡を治め、干ばつの時には雨を降らし、大雨が降ればそれをおさえるといった天候の管理をおこなっておいでですわ」
シルヴィアさんは理知的に、そして熱く語り続けた。
「聖樹様に遣わされた二十二人の聖エルフ様のおちからによって、われらエルフは穏やかな暮らしを送ってこられたのでございますわ」
シルヴィアさんは、ふいにソフィアさんに冷やかなまなざしを向けた。
「そして今、わたくしの目の前にまちがいなく、新たな聖エルフ様がいらっしゃるのです。これが何を意味するのか、すこしでもお考えになったことがありますの、ソフィア殿?」
ソフィアさんは目を大きく見開き、パチパチとまばたきをした。
「も、も、もちろん考えて、……おりましたぞ」
――あ、ソフィアさん、何も考えてなかったね。
「そうですの。では、聞かせていただいてよろしいかしら?」
シルヴィアさんは、鋭い目を細めて唇の端を片方だけ上げた。
「シルヴィアさん、わたしは聖エルフじゃないよ」
わたしはシルヴィアさんに向かって、ずいっと顔を突き出した。
「その身を盾でおおわれ、ケガを一瞬で治し、さらには破れた服すらももとどおりにできるエルフなど聞いたことがございませんわ」
シルヴィアさんはソフィアさんからわたしに視線を戻し、すこし頭を下げた。
「じゃあ、わたしが最初ってことでいいじゃない。何事も前例があるとは限らないよ。神口の聖エルフ様だって、最初の聖エルフだから前例がなかったでしょう? わたしは、よく分からないちからを持っている最初のエルフ。それでいいじゃない」
――おー、思いつくままに言ってみたけど、これでいいんじゃない。
「そのことについては、わたくしの心の中では決着がついておりますわ。ですから、聖エルフ様と言い争うつもりはございませんわ。いえ、これからはソラ様と呼ばせてていただきますわ」
――えっと、それはどういうことなのかな?
「それに、ソラ様をイザヴェルに連れて行くという考えは、すっぱりあきらめましたわ。あの豚代官にソラ様を見せたところで、何の意味もございませんわ。ソラ様がこのウルズ村にいらっしゃること自体が聖樹様の御意志なのかもしれないと、わたくしは考えをあらためましたわ。ですから、わたくしはしばらくのあいだこの村に滞在し、ソラ様のお側に仕えさせていただきとうございますの」
――あれ? 豚代官って聞こえたけど。いいの、そんなこと言って?
「おぉ、それでございますよ。聖樹様の御意志でソラ様がここにいらっしゃる。いや、まさに、わたくしもそう思っておったのですよ」
ソフィアさんが頭をぶんぶんたてに振りながら、話に割り込んできた。
「まあ、ソフィア殿はソラ様のはきもの係ですし、思慮深くお優しい村長様の娘ですから、わたくしもきつくは申しませんが、もうすこし頭というものを上手に使ったほうがよろしいですわよ」
――いや、いや、ずいぶんきついよ。それに村長は様づけの上に、必ず褒め言葉がついているのはなぜなの?
「はっはっはっ! これは手厳しい。では、これからはシルヴィア殿に頭を使っていただいて、わたくしは腕力でもってソラ様にお仕えしましょう」
ソフィアさんは豪快に笑って、タケノコを採ったかごを次々と背負い始めた。
「さあ、ぼちぼち陽も差し込み始めましから、帰って朝ご飯といたしましょう」
わたしたちはソフィアさんを先頭に、タケノコを口に放り込みながら竹林を後にした。




