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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第一章 記憶を失くした聖エルフ
23/91

23 聖エルフ、声をあげて泣く

 わたしはずっとソフィアさんの背中で眠っていたらしく、目が覚めたときもそのままソフィアさんに背負われて山をおりていた。


 毒狼との争いでひどく緊張したせいかもしれない。


 なわばりの匂いつけに向かったところまでは覚えているのだが、そこからの記憶がなかった。


 ただ、眠っているあいだも結界はずっと張られていたらしく、なわばりの匂いつけもとどこおりなく終わっていた。


 目を覚ましたわたしは、自分で歩いて山をおりると主張したが、全員一致で反対され、そのままソフィアさんの背中におぶさったまま山をおりることになった。


 最初に出会ったときにさんざん転げまわっていたのがよほど脳裏に焼きつけられているのか、わたしをとめるフーゴさんのあわてっぷりは尋常ではなかった。


 しばらくは森の景色や動物を見て楽しんでいたのだが、せっかくなので神話の続きをしてもらおうとソフィアさんに頼んでみた。


「たしか、今朝お話ししたのは、風の聖エルフ様の危機の章の最初のところまででしたか……」


 ソフィアさんは大きな岩を軽々と飛び越えながら、その澄んだ声で話し始めた。


「ある夏の日のことでございます。風の聖エルフ様はいつものように獣たちを追って、山の奥深くを進んでおりました。そこで魔狼のむれに遭遇し、これを追ってさらに奥深い山へと分け入ったのでございます」


 さっき見た大きいスズメバチのような毒狼を思い出し、鼓動が少し早くなった。


「次から次へと現われる魔狼と戦いながら、ふだん立ち入らないような山のさらに奥へと進んだ風の聖エルフ様を待ちかまえていたのは、なんと六十六頭ものドラゴンだったのです」


 ――六十六頭! ……って、だれが数えたの?


「ふつうドラゴンはむれを作らず、家族で暮らしているといわれております。つまり、ドラゴンは風の聖エルフ様を倒すために罠を張っていたのです」


 ――えー! そんなに頭いいんだ、恐ろしすぎる。


「風の聖エルフ様とその一行の奮闘むなしく、戦える者はしだいに減ってまいりました。そこで、一行はドラゴンの入ってこられない洞窟へと逃げ込み、脱出の機会をうかがうこととなりました。とはいえ、洞窟の外には数十頭のドラゴンが飛び交い、魔狼のむれがひしめいております」


 ――あ、たしかこの話は……。


「風の聖エルフ様一行は最後の力を振りしぼり、洞窟の前に立ちふさがるドラゴンや魔狼のむれに攻撃を仕掛けました。そして、その隙に天馬ソフィステス様が空を翔け、聖樹様のお膝元であるギムレーに、風の聖エルフ様のはきものを持って救援を求めたのです」


 ――あれっ? なんで?


「ソフィアさん、聖樹様のところって山から遠いんじゃないの? 近くに味方はいないの?」


 ソフィアさんの長い耳がぴくっと動いた。


「聖エルフ様、たとえ屈強なエルフが千人いたとしても、平地ならばともかく、山岳地帯においてはドラゴンに傷ひとつ負わすことはできません。ドラゴンは高い山においては飛ぶ力が増し、さらにその熱い咆哮によってエルフを吹き飛ばすことができます」


 ――つまり、エルフを六万六千人送り込んでも負けるってこと?


「えっ! じゃあ、どうやって風の聖エルフを助けるの?」


 わたしは思わず、ソフィアさんの背中の上で立ち上がりそうになった。


「土の聖エルフ様でございます」


 ――あれ? じゃあ、今まで土の聖エルフは何をしてたの? お留守番?


「天馬ソフィステス様の持ってきた風の聖エルフ様のはきものを見た神口の聖エルフ様は、三日三晩、一切の水も食べ物もお召し上がることなく聖樹様に祈りを捧げました。そして、四日目の朝、聖樹様はその願いを聞き届けられ、土の聖エルフ様をお遣わしくださったのです」


 ――ああ、なるほど、このパターンか。このへんがいつも適当なんだよね、神話って。


 ここから土の聖エルフを育てても、戦えるまで何年かかるかわかったもんじゃない。


「んー、ソフィアさん、ちょっと聞いてもいい?」


 この神話をつくったわけでもないソフィアさんに突っ込むのもどうかとは思うが、一応聞いておこう。


「そこで土の聖エルフがおぎゃーって生まれても、間に合わないんじゃないの?」


 また余計なことを聞いてしまったとは思ったが、わたしはこういうことが気になる性格なのかもしれない。


「聖エルフ様……。聖エルフ様は生まれながらにしてそのお姿であり、歳をとるなどということはございません」


 ――やっぱり聞くんじゃなかった。神話だからって……。


 そう思いながらも、さっきの毒狼との争いが脳裏をよぎった。


 聖樹様の慈愛のありがたさに、あらためて胸が熱くなる。


 ――ん、そうか。わたしの持っているちからを考えれば、それもありえるのか。


 えっ! じゃあ、わたしの記憶がないのは、聖樹様に創られたから?


 いや、ちがう! 記憶を失くしているだけだ! 


 そうだ、生まれてすぐの存在がしゃべるわけがない!


 わたしを創りあげたのは……。


 ううん、これは神話だ、エルフの神話、エルフの救済のおとぎ話だ。


 そう強く思いながらも、わたしはあふれる涙を抑えることができなかった。


 聖樹様に創られた聖エルフが嫌なんだろうか?


 いや、すばらしい存在だと思う。


 絶対的な盾を身にまとい、やさしいエルフさんたちにちやほやされて生きていける。


 うん、しあわせだ。これ以上のしあわせはないはずだ。


 わたしはソフィアさんの背中に顔を押し付け、声をあげて泣き続けた。

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