22 聖エルフ、結界を張る
――なっ! なに、あのバカみたいに大きなスズメバチ! じゃなくてオオカミ? 毒もってるからってあの色はなんなの? 毒もってますよって自慢してるの? というか大きすぎだよ! オオカミってあんなに大きいものなの?
恐怖で身がすくみ、頭の中で思考がぐるぐると渦を巻いた。
――そういえば、さっき囲まれたって……。囲まれたってどういうこと? えっ? あれだけじゃないってこと?
その思ったとき、ひときわ大きな毒狼が現われ、まなじりまで裂けた大きな目でわたしを睨みつけた。
そして頭を大きく持ち上げ、空気をビリビリと震わせながら、森中にこだまするような低いうなり声をはなった。
すると、それに呼応するように、わたしたちをぐるっと取り囲むたくさんの毒狼の遠吠えが響きわたった。
心臓をわしづかみにされたような感覚に体が凍りついた。
――ひっ! こわいっ! だめだ、むりだよ。
あふれてくる涙で視界がゆがんだ。
――こんなことって、どうして? ここで、死ぬの? ここで?
両手がはじかれたように顔をおおった。
――嫌だ! 死にたくない!
かくかくと膝が震え、体がささえられなくなった。
――ひどいよ……。やだ……、またシニタクナイ……。
足が地面をとらえきれなくなり、わたしはそのままくずれ落ちそうになった。
そのとき、ソフィアさんの声がどこか遠くから聞こえた気がした。
「ここはおまかせください。聖エルフ様には指一本触れさせません」
消え入りそうな意識のなか、わたしはソフィアさんの頼もしい背中を感じていた。
――ソフィアさん?
わたしはソフィアさんの背中にもたれかかり、たまっていた息を吐き出した。
「毒狼のむれのひとつやふたつ、たいしたことはございません」
ソフィアさんはわたしを背負いながら、足場を確かめるかのように、すこしずつ動き出した。
――そうだ、ソフィアさんがいる。エルフさんたちもいる。どうかしてた。ひとりじゃないんだ。
「ソフィアさん……、起きたんだ……」
わたしはじりじりと包囲をせばめつつある毒狼たちを、涙でにじむ視界でとらえながら、吐き出す息をなんとか声にかえた。
「眠りながらでも、毒狼の百や二百あっというまに倒してごらんにいれます」
ソフィアさんは貫録たっぷりにそう言ったが、他のエルフさんの様子を見るとそういう訳にもいかなそうだ。
――そうだ、忘れてた。聖エルフの盾だ。
高い空から地面に叩きつけられても、わたしはもちろんソフィアさんも無傷だった。
この盾を大きくして、ここにいるみんなを囲えば、たぶん無敵だ。
でも、お風呂場で盾を大きくした時は、わたしよりひとまわりぐらいしか大きくならなかった。
――うーん、どうしよう、急がないと。聖樹様に祈ればなんとかならないかな?
聖樹様か……。そうだ、聖樹様の結界だ。
選ばれた生き物だけを通す結界を張ればいいんだ。
聖エルフが聖樹様の子どもだというのなら、結界を張れるはずだ。
わたしは聖樹という言葉をはじめて聞いた時のことを思い返した。
そして、あのとき脳裏に浮かび上がった大樹を、もういちど頭の中によみがえらせた。
――結界だ、どこかに結界が映っているはずだ。
ソフィアさんが言ってた、聖樹様を中心にまるく……、あれか! よし! 見えた!
わたしはすぐさま自分を中心に結界が広がっていく様子をイメージした。
「獣をわたしたちのまわりから遠ざけて!」
よく分からないながらも、声に出してみてイメージをふくらませてみる。
すると、盾から風が巻き起こり、わたしを中心に半円状の透明の壁のようなものがかたちづくられた。
壁はみるみるうちに大きくなり、みんなやまわりの木々を飲み込みながら広がり続けた。
いちばん近くにいた毒狼が弾き飛ばされて、キャイーンと悲鳴のような鳴き声をあげた。
そのとたん、わたしたちを取り囲んでいた毒狼たちが、クモの子を散らすように一目散に逃げ始めた。
何頭かが結界に追い付かれ遠くに弾かれていったが、ほとんどの毒狼たちは恐ろしいほどの逃げ足の速さを発揮し、視界から消えていった。
「おぉ! さすがは聖エルフ様!」
「さすがは聖エルフ様、あれだけいた毒狼がしっぽを巻いて逃げだしましたな」
「ありがとうございました、聖エルフさまー!」
みんなが口々にわたしのことをほめたたえてくれる。
「さすがは我が聖エルフ様ですな、土の聖エルフ様のちからもお持ちとは」
ソフィアさんがわたしを背負ったまま、こちらにはちきれんばかりの笑顔を向けた。
「土の聖エルフのちからって結界のこと?」
――土の聖エルフは聞いたことがある。たしか、ウルズ村にも来たことがあるって言ってたような……。
「結界ではございませんが、さきほどのように大きな風の壁をつくりだして中にいる者を守るそうでございます。風の聖エルフ様が攻撃し、土の聖エルフ様が守ることによって、いかなる敵をも打ち負かすことができるのでございます」
――そうなんだ、さっきのは結界じゃないのか。
「でも、なんで土なの? 風の壁なんでしょう?」
ソフィアさんはふと動きをとめ、考えこんだ。
「そういえば、そうですな。おそらく、土の固さとかそういったことが関係しているのでしょうな」
――なるほど、イメージから名付けられてるのか。
たしかに、攻撃が風なら、防御は石か土といったところになる。
「ところで聖エルフ様、この風の壁ですが、しばらくのあいだ張っておいてもらうことはできますか?」
ソフィアさんはなにかひらめいたような無邪気な笑顔を浮かべた。
「ん、たぶんできると思うけど……」
風の壁はわたしを中心に、村長の屋敷の敷地をすっぽりおおえそうなほどの広さでとまっていた。
「では、ちょっと足を伸ばしてなわばりの確認に向かいましょう。最近、われわれのなわばりの中でちらほらと毒狼の姿を見かけていましたからな」
――なわばり? エルフさんの?
「おそらくさきほどの毒狼のむれは、もうひとつ向こうの山からなわばり争いに敗れ、新天地を求めて、われわれのなわばりを奪おうとやってきたのでしょう。先ほどの争いで圧倒的にわれわれのほうが強いことを教えましたから、あとはなわばりの匂いつけをしっかりとやっておけば、二度とわれわれに牙を向けてくることはございません」
――匂いつけって? ……なんの匂い?
「ラルフたちが合流するのを待って、それからみんなで向かいましょう」
ソフィアさんはみんなに休憩の指示を出して、わたしを地面にやさしくおろしてくれた。
「あのー、ソフィアさん。……その匂いつけってなんの匂いなの?」
わたしは勇気を出して、ソフィアさんに尋ねた。
「ふふふっ、聖エルフ様。そのようなことを女性に尋ねるものではございません」
ソフィアさんは頬をぽっと赤らめ、はにかむような笑みをわたしに向けた。




