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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第一章 記憶を失くした聖エルフ
19/91

19 聖エルフ、事実を曲げる

「聖エルフさまー!」


 そのよく通る高い声に目をやると、アルがうれくしてたまらないといった笑顔を振りまきながら、こちらに向けてまっしぐらに走ってきた。


 アルはそのままの勢いで、縁側に手をついてぴょんと膝で飛び乗り、足をバタバタさせながらこちらをうれしそうに見上げた。


 朝とはちがう茶色を基調としたノースリーブのシャツとハーフパンツからのぞく華奢な手足が、お昼時の陽の下でその色白な肌をいっそう透けてみせる。


 わたしが朝ととのえてあげたくせっ毛がもうすでにぐしゃぐしゃで、あちこちに向かってぴょんぴょんはねている。


「アルってからだの線が細いよね、ちゃんと食べてる?」


 わたしはアルに駆け寄って、わしゃわしゃと髪をなおしてあげながら、大きな淡い緑色の瞳を覗き込んだ。


「むー……、いっぱい食べてますよー。これでも同い年の中ではいちばん力が強いんですよ」


 アルはちょっとほっぺたをふくらませながらも、コロコロとのどの奥が鳴っているような楽しそうな声を返してきた。


 そういわれてみれば、エルフさんたちはみんな均整のとれたすらりとした体つきをしている。


 わたしからするとすこし痩せすぎに見えるアルも、標準的な体型なのかもしれない。


「お父さんやお母さんにはちゃんと言ってきた?」


 アルが夜明け前にここに来た時は、だまって家を出てきていたので、いちど家に帰ってまたお昼ご飯の時に来ることになっていたのだ。


「はい、ちゃんと言ってきました。そのー……、勝手に家を出てきたのは怒られましたけど、聖エルフ様に服の汚れを取ってもらったって言ったら大喜びで。それでー……、服を家宝にするって言われて、着替えさせられちゃいました」


 ――家宝? うん? まあ、いいか、深く考えないでおこう。そうか、それで服がかわってたんだ。


「アラン、先ほどわれらの服も、聖エルフ様にたいそうきれいにしていただいてな」


 ソフィアさんがわたしの後ろから身を乗り出してきて、アルに対抗するかのようにニヤッと笑った。


 ――またでたよ、ソフィアさんのおとなげなさが。


「聖エルフさまー! そうなんですかー!」


 アルが今にも泣きだしそうなウルウルした瞳で、わたしの目を覗き込んできた。


 その長い耳がこころなしか、だらんと下がっているようにも見える。


「えっとー、ちがうよ、アル、えっとー、そうそう、聖エルフの盾の練習として、服の汚れがとれるかどうか試してただけで、アルの服の汚れを取ってあげたのとはまたちがうよ」


 なにがちがうのか分からないが、アルの泣きそうな顔を見ると、多少事実をねじ曲げてでも弁解しなければならない気もちにさせられる。


「そうなんですかー、よかったー」


 アルはぱっと表情をかえて、そのあどけない顔をほころばせた。


「聖エルフ様……」


 ソフィアさんが何か言いかけたが、わたしはすぐさまソフィアさんの手を取って聖エルフの盾で包み、その口をふさいだ。


「うぅーーー!」


 ソフィアさんは目を白黒させて手をバタバタ振った。


 ――ふふっ、聖樹様の慈愛と盾を使えば、繊維をも組みかえられるのだ。口をふさぐことなど簡単だよ。


 わたしはソフィアさんを振り返り、唇に人差し指を当てて左右に振って顔をしかめてみせた。


 ソフィアさんはぶんぶんと首をたてに振って、自分の口を指さした。


「ぷはぁー、今のはいったいどうやったのですか、聖エルフさまー!」


 ソフィアさんが赤い顔をして、勢い込んで訊いてきた。


「盾であごを押さえただけだよ。鼻で息をすれば大丈夫なのに、ソフィアさん」


 ソフィアさんはいきなり口が開かなくなったから、あわててしまって鼻で息ができることに気がつかなかったのだろう。


「あぁ、なるほど、そういうことでしたか。いきなり口が開かなくなったので驚きました」


 ソフィアさんはそう言って豪快に笑った。


「ソフィア様いいなー、聖エルフ様の盾に入れてもらえるなんてうらやましいですー」


 アルが期待にみちた目でわたしをチラチラと見ては、人差し指でのの字を書いていた。


 ――うん? アルも盾に入りたいのかな?


 そう思ってアルに手を伸ばそうとしたが、それより先にソフィアさんがアルを持ち上げて小脇に抱えた。


「さあ、お昼ご飯にいたしましょう」


 ソフィアさんはそう言うと、奥の部屋へアルを抱えたまま足早に入っていった。


 ソフィアさんの子どもっぽさにあきれながらも、お腹をペコペコに減らしていたわたしは座布団に座り、用意されていたお昼ご飯を前に目を輝かせた。


 朝ごはんの時に蜂の子がおいしいと言ったせいか、蜂の子がいっぱいに盛られたお皿や、他にもおいしそうなご馳走でいっぱいだ。


 朝からずっと細かい仕事をして思っていたよりもお腹が減っていたのだろう。


 どんどん箸が進み、お腹がいっぱいになってひと心地ついたときには、山ほどあったご馳走がすっかり平らげられていた。


 すっかり満たされたお腹をさすりながらお茶を飲んでいると、なにやら庭の向こうから人を呼ぶ大きな声が響いてきた。


 何だろうと見ていると、男の人が庭に駆け込んできて、ゼエゼエと息を切らしながら縁側に上半身をあずけるかたちで突っ伏した。


「ラルフ、何かあったのか?」


 すぐにソフィアさんが駆け寄って、ラルフさんの顔の横に水の入った大きなお椀を置いた。


「毒狼と遭遇戦になりましてフーゴが牙でやられました。たいしたケガではありませんが、毒がまわるとやっかいですから、担架で運ぼうと思います。人数をそろえて一緒に来てもらえませんか」


 ラルフさんはそう言うと、お椀を両手でぐっと掴み一気に飲み干した。

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