18 聖エルフ、倒れる
――う、うぅぐ……。んぐぅ……。ちょっと堅めだよね、このせんべい。
というか、そんなまじめな話を急にされても、ちょうど口いっぱいにせんべいをほおばったばかりのわたしには、なんとも返事のしようがない。
しかも、この重々しい雰囲気の中、冬眠前のリスのように頬っぺたをふくらませて、バリバリとせんべいを噛み砕いているわたしを、熱のこもった期待あふれる目で見つめられても困るのだ。
たしかに、わたしは万物に聖樹様の慈愛が宿っているとは言ったが、それがエルフを見守っているとは言わなかったような気がするし、泣くほどのことではないと思う。
――種族の記憶というか、そういったものがエルフの聖樹様愛をよりいっそう強くしているのだろうか?
肉食竜や魔狼といった天敵に囲まれて、森の中でおびえて暮らしていた頃のエルフの記憶。
ひょっとしてエルフの耳が長いのも、天敵の襲撃をいち早く知るためなのかもしれない。
今だってドラゴンは生き残っているようだし、山岳地帯には恐ろしい獣がいっぱいいるのだろう。
エルフは聖樹様のありがたみを身に染みて知っているからこそ、自分たちの身のまわりのものすべてに聖樹様の慈愛が宿っていると聞けば、あふれる涙がとまらなくなるのかもしれない。
ただ、そんなことを言っている私自身はどうかといえば、いまひとつ聖樹様という存在が腑に落ちないのだ。
聖樹様の恩恵をもっとも受けている聖エルフという立場にいながら、いっこうに聖樹様愛というものが理解できていないのだ。
とはいえ、エルフさんたちの感動に水を差すような、このバリバリと響き渡る音は早いところやめなくてはならない。
しかし、このせんべいは思った以上に堅くて飲み込めるまでの大きさになるまで、けっこう時間がかかるのだ。
これまでなら、さすがの村長さんが気を利かせてなんとかしてくれたのだが、今回は村長さんも熱くなっているようで、バリバリというこの場に似つかわしくない音がずっと響き渡っている。
そんなことを考えながらも、バリバリとせんべいを噛み砕いていると、ソフィアさんがわたしのお茶うけからせんべいを掴み取り、バキバキと大きな音を立てて食べ始めた。
すると、村長さんをはじめみんなが次々とせんべいを手に取り、バキバキと食べ始めた。
部屋中にみんながせんべいを噛み砕く音が響き渡り、さながらせんべいの大食い大会のようになった。
――うん、うん、いつもながらエルフさんはみんなやさしいねー。
わたしは、あめあられのごとく降りそそぐバキバキという音の中、すこし涙ぐみながらも、ようやくせんべいを食べ切ったのだった。
その後、わたしはなにやら訳の分からない一体感に包まれながらも、いそいそと食器を洗いに向かい、さまざまな洗い方を試したが、ふつうに水で洗った方が早いという結論に落ち着いた。
ならばということで、次は衣服の汚れを取る仕事に取り掛かった。
こちらは大好評で、いままで落ちなかったがんこな油汚れや染みを、生地を傷めることなしに取ることができた。
さすがは聖エルフ様、といういつもの褒め言葉をもらい気をよくしたわたしは、屋敷中の汚れた衣服を持ってきてもらい、次から次へと汚れを落としていった。
そして、衣類の繊維をずっと見続けたせいだろうか、わたしはふと繊維自体を動かして組み直せることに気がついた。
――繊維を組み合わせることができるということは……。ひょっとして針と糸を使わずに布をくっつけることができるということだろうか?
そうひらめいたわたしは、破れている布を持ってきてもらい、そのちぎれた部分の繊維をせっせと組みあげて復元させることに成功した。
「おぉ、さすがは聖エルフ様でございますな、そのようなことまでできるとは」
ソフィアさんたちにまたしても褒められ、わたしの気分は最高潮だ。
「汚れたものとか破れたものをどんどんもってきてねー」
みんなの役に立っているという充実感からか、自然と笑みがこぼれる。
「今日はこのぐらいにしておきましょうか、もうすぐ昼食の時間ですしな」
ソフィアさんは、正座のまま両腕で体を浮かしてそう言った。
――うん? 妙なかっこうだね。ひょっとして体を鍛えてるのかな?
「ん……、もうそんな時間なんだ」
――けっこう細かい作業だから時間がたつのが早いのかもしれない。
わたしとしてはそんなに長い時間がたっているという感覚はないのだが、集中していたから時の流れにおいていかれたのだろう。
そう思って立ち上がろうとしたわたしは、ソフィアさんがなぜ体を浮かしているのかに気がついた。
――あ・し・が……。あ、あ、あしが……。どうやら聖エルフの盾をもってしても、足のしびれは防げないらしい。
わたしは立ち上がろうとしたその足をうまく動かすことができず、その姿勢のままコテンと横向きに転がった。




