15 聖エルフ、涙をながす
「それでは、わたくしのことはソフィとお呼びください、聖エルフ様」
自分の名前を覚えていないことをどう伝えようかと考えていると、ソフィアさんがなにやらアルを横目で見ながら、胸を張って一歩前に出た。
――またでたよ! ソフィアさんの訳のわからない聖エルフ愛が。
子ども相手に、孫もいるいいおとながとる態度ではないと思うのだけど……。
「ソフィ様って、……風の聖エルフ様に靴を託されたっていう、……あのお話は、ぼくも大好きです」
アルが大きな瞳を輝かせて、ソフィアさんに笑顔を向けた。
――うん? 靴? つまりはきもの?
「アル、その風の聖エルフ様と靴って、どんなお話なの?」
わたしはさきほどまでの話に戻すきっかけをとらえて、ぐいっとアルに詰め寄った。
「聖エルフ様。……ぼくのことを、……アルって……」
アルは花が咲き乱れるような笑みを浮かべ、わたしをぽぅーっと見つめた。
――だめだ、胸が矢に射抜かれたようにキューンと。なに、このかわいらしい生き物は。
いや、いや、たしかに思わず抱きしめたくなるほどかわいいが、言っていることは、ソフィアさんと同じだ。
このふたりはある意味、同類だ。
このふたりに関わっていては、話が前に進まない、と判断したわたしは村長さんに標的をかえることにした。
「村長さん、風の聖エルフ様と靴のお話をして」
わたしは咲き誇るアルの笑顔からなんとか視線を外し、村長さんに向きあった。
「かしこまりました。どこからお話ししましょうかな……」
村長さんはそう言って、すこし考えこむような表情を浮かべた。
「ドラゴンとの戦いにおいて、風の聖エルフ様は一度だけですが、大怪我を負われて動けなくなってしまったことがございます。その折、数十頭のドラゴンが飛び交う中を、包囲を破ってその危機を知らせた八本脚の天馬が、風の聖エルフ様の愛馬ソフィステス様でございます」
――天馬って、そんなものまでいるの?
しかも八本脚って、脚がもつれそうなんだけど。
「天馬ソフィステス様が救援を求めてまさに飛び立とうとした時、風の聖エルフ様ははいていらっしゃった靴をあずけ、こうおっしゃったのでございます」
村長さんは湧きあがる感情を抑えるかのように、胸に手をあてた。
「ソフィ、わたしの靴をおまえにあずけよう、と……」
村長さんがその言葉を発したとたん、ソフィアさんとアルも感動で胸がいっぱいになったかのように、握りしめたこぶしを胸に押しあてて空を仰いだ。
――うーん? 靴をあずけたところが感動するところなの?
それとも、また何か見逃したところがあるのかな?
ソフィがソフィステスの愛称なのはわかった。
つまり、風の聖エルフ大好きのソフィアさんは、自分と天馬を重ねてソフィと呼んでもらいたがっているということだろう。
靴とはきものはどうなっているのだろうか。
こちらの方はさっぱりだ。
「おほん。……つまりですな、聖エルフ様。この出来事から転じてですな、はきものを相手にあずけるということは、自分は相手のことを信じて命をあずける、という意味となったのです」
わたしがさっぱり理解できていないのを見てとった村長さんが、気を利かせて説明してくれた。
「のちに、このことは儀式化されまして、聖エルフ様のお近くで使えるエルフは、聖エルフ様からはきものをいただけることになったのです」
――なるほど、だからソフィアさんは忠誠が認められたとか言ってたのか。
村長さんも聖エルフ様のために働きなさいとか言っていたけど……。
はっきり言って、こじつけだ、無理すぎる。
たしかに、ソフィアさんがわたしのために働いてくれるというのは、正直言ってうれしい。
だけど、それでいいのだろうか。
わたしはこの村に来てから、ずっと幸せだ。
でも、その幸せはわたしが聖エルフであるということだけが、よりどころなのだ。
じゃあ、わたしが聖エルフでなかったらどうなるの?
――たぶん、わたしはわがままなのだ。
聖エルフじゃなかったら、わたしはあの森の中で今でもさまよっているかもしれない。
右も左もわからないこの状況では、おそらく聖エルフでなければ生きていくことすらむずかしい。
でも、わたしが聖エルフではなかったとしても、わたしをわたしとして認めてほしいのだ。
――なんだろう、この訳のわからないわたしという生き物は……。
「聖エルフ様、われわれエルフは『えにし』というものをとても大切にしております」
村長さんがゆっくりと、噛んで含めるように話し始めた。
「われわれエルフは聖樹様によって命を救われ、その加護のもと生きてまいりました。聖樹様に出会い、ゆるされなければ生きてはいけなかったのです。あなた様はこのウルズの村にお見えになり、われわれと『えにし』の糸で結ばれました。あなた様はもはや、この村の宝でございます。その宝を守るのに、わたくしの娘はまさにうってつけでございます」
村長さんのあたたかい言葉は、じわっと心の奥まで染み込んできて、いつしかわたしの頬を涙が伝った。




