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さまよえる聖エルフ  作者: ハイエルフスキー
第一章 記憶を失くした聖エルフ
11/91

11 聖エルフ、歴史を学ぶ

 ――うん? 雨の聖エルフと雲の聖エルフ? また増えたね、聖エルフ。いっぱいいるんだ。というか、聖エルフってなに? 


 そういえば、聖エルフがいったい何者か知らないことに、わたしは今更ながら気がついた。


「ねえ、ソフィアさん、聖エルフってなに?」


 思わず、私はソフィアさんの手をギュッとつかんだ。


 ――普通のエルフが盾の力を手に入れたら聖エルフになれるのだろうか?


「ああ、そうでございましたね。記憶を失くされていらっしゃるのでしたね。申し訳ございませんでした。お伺いしてあったにもかかわらず、わたくしの思慮が浅いばかりに」


 ソフィアさんはわたしのつかんだ手にさらに手を重ねた。


「では、簡潔にではありますが、聖樹様と聖エルフ様とエルフの話をいたしましょう」


 ソフィアさんは記憶をたぐり寄せるかのような遠い目をした。


「その昔、この世の中にはさまざまな肉食の獣が闊歩しておりました。ドラゴンをはじめ、今では姿を見なくなった凶暴な肉食竜や恐ろしい魔狼など、さまざまな獣に囲まれ、エルフはおびえながら日々を過ごしておりました」


 朝の冷気をまとったかのように、ソフィアさんの声がいつもより低く響く。


「ある日のことでございます。聖樹様の結界の近くにあった小さな集落が魔狼のむれに襲われ、幼い男の子と女の子をのぞく村人すべてがその命を落としました。その当時、エルフは聖樹様の結界内に立ち入ることができなかったのです」


 ソフィアさんは悲しそうな目をして、首を左右に軽く振った。


「聖樹様の結界ってなに?」


「聖樹様の結界というのは、聖樹様に選ばれたいきものだけが通ることができる巨大な盾と思っていただければようございます。聖樹様を中心にこの村よりはるかに大きな範囲をおおっていると聞き及んでおります」


 ソフィアさんは両手を高く上げ包み込むようにまるく動かした。


「魔狼の群れから命からがら逃げのびた幼いふたりは聖樹様の結界の前で、三日三晩祈り続けました。そして四日目の朝、ついに結界は開き、ふたりは聖樹様のふもとで暮らしはじめました」


 ――うん、うん、泣かせる話だね、よかった、よかった。


「聖樹様の結界の中には恐ろしい獣はまったくおらず、聖樹様の加護を得たこのふたりを始祖とするエルフはおだやかな暮らしを手に入れました」


 ――おぉー! すごいよ、聖樹様!


「ところが、でございます。聖樹様に守られ繁栄し始めたエルフですが、聖樹様の結界を一歩でも外に出ればそこは天敵だらけでございます。聖樹様の結界がいかに広大だとはいえ、獣に襲われ命を失うこともなくなった増え続けるエルフの食糧を、結界内だけで賄うのは次第に困難となってまいりました」


 ソフィアさんはすこし眉をしかめ、困ったような表情をしてみせた。


「聖樹様の加護を受けたエルフは、寿命がどんどん伸び、人口が増え、限られた食糧をめぐって争いが絶えなくなりました。それを憂えた聖樹様は、エルフ同士が争うことのないように神口の聖エルフ様をエルフの指導者としてお遣わしくださり、そのお言葉をわれわれエルフにお伝えいただけるようになったのです」


 ――でたよ、聖エルフ! 神口ということは、神の言葉をエルフに伝えると……ということは聖樹様は神様ってこと?


「さらに、神口の聖エルフ様は聖樹様の慈愛の使い方をわれわれエルフに授けてくださいました。これによって力を手に入れたエルフは結界の外でも生きていけるようになりました。いわゆる開拓時代の幕開けでございます」


 ソフィアさんは、両の手のひらを外へ向け、扉を押し開けるような動きをしてみせた。


「神口の聖エルフ様の指揮のもとエルフたちは力を合わせ、まずは結界からさほど離れていない場所に砦をつくり、まわりの獣たちを倒して、ついには最初の村をつくりあげました。さらにそこからすこし離れた場所に砦を建て、またそこを中心に獣を倒して村をつくるという繰り返しで、徐々にではありましたが、生活圏を広げていきました。そして、数千年という長い年月をかけて、山岳地帯をのぞくほぼすべての大地がエルフの住まう所となりました。しかしながら、でございます」


 ここまで熱を帯びていたソフィアさんの口調がすこし低いものに変わった。


「山岳地帯を跋扈する獣たちには、なかなか手を出すことができませんでした。その最大の原因は、深い山奥をなわばりとするドラゴンにありました。巨大な体躯と強大な力をもっているドラゴンにとっては、エルフなど蟻のようなものでございます。その尾の一振りでエルフをまとめて吹き飛ばすことができます。ただ、ドラゴンにとってわざわざエルフなどを襲わなくとも、他の大型の獣を襲った方が腹も満たされます。それゆえ、ドラゴンはエルフの村に姿を現すようなことはなく、エルフはドラゴンのなわばりに踏み込むようなことは決してしなかったのでございます」


 ――出たよ、ドラゴン! できれば一生お目にかかりたくないな。


「ですが、高い知能を持つといわれるドラゴンは、森を開き土地を開墾するエルフを敵と見なしたのかもしれません。ある日とうとう、山のふもとのある村を襲い、そこに住んでいるエルフをすべて……」


 ソフィアさんはそこで口を閉じ、しばらく目を庭に向けた。


「その悲報を受けて、神口の聖エルフ様は深くお嘆きになられました。そして、三日三晩、一切の水や食事をとることもなく一心に聖樹様に祈り続けました。そして、四日目の朝のことでございます」


 ここで、ソフィアさんの瞳に力がみなぎり、ぐっと体に力が入った。


「聖樹様はドラゴンをも鎧袖一触するほどの力を持たれた風の聖エルフ様を、われわれエルフのもとにお遣わしくださったのです」

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