それは聖剣ではありません
さて大変困ったことになりました。
軽薄野郎もといユリウス三世は完全に自分が勇者だと勘違いしてしまいました。
どうしたものか。
「ふっ……聖剣……」
「なあ」
「ふっ……勇者……」
「おい」
余程嬉しかったらしく、手に入れた銅剣の錆びついた剣身を何度も見つめながら、うっとりした表情で同じ言葉を繰り返している。
正直気味が悪すぎる。
だがこれでも少しは落ち着いた方なのだ。
先程までは嬉しさのあまり興奮し続けて、片言になる、過呼吸になるととんでもなかったからな。
「ていうかさーそれ偽物じゃないですか?」
「僕の第六感が告げている。これは勇者にしか扱えない剣だよ」
その感覚器官腐ってるから摘出しろよ。
「でも錆びてますよね?」
「伝説の剣とは得てしてそういうものさ。一見ただのぼろい銅剣のように見えて、ここぞという時に輝き出して真の力を発揮する。サーガにはそういう描写が度々出てくるんだ」
「サーガって要は御伽噺ですよね?」
「その通り僕は今、御伽噺のなかにいる。誰もが憧れていた勇者伝説の幕が開き、僕という主人公の物語が今まさに始まろうとしているんだ。はははははは」
駄目だなこれは。重傷だ。
きっと何を言っても聞きはしない。
魔物に襲われても死に際になってもあの剣にすがりついているに違いない。
……そう考えると気の毒だな。
自分のせいで死ぬことになるなんて後味が悪い。
せめてあの剣を何とかしてからでないといけない気がする。
「えっとユリウスさん?」
「……」
「勇者さん?」
「何だい。我が片腕にして魔法使いアルカリ。この希代の勇者ユリウス三世に何か御用かな?」
似非勇者がふぁさと前髪を意味もなくかきあげて、歯を見せ笑う。
うぜー。
まじうざい。
「あなたはこれからどこまで行くつもりなんですかね?」
「良い質問だ」
ユリウスはふっと笑ってから、胸元からまたあの日記を取り出した。
それからぺらぺらと頁を捲って何かを確認している。
「僕はこの古文書を使って、勇者の足跡を辿ろうと思っているんだ。そうすることで魔王を倒す手掛かりのようなものが手には入るんじゃないかと考えているからね」
いつから古文書になった。それ日記だから。
というかマジで魔王とか倒すつもりなんだ。銅剣で。
「差し当たって記述によればだな……『赤帝歴五年、竜の月、月の日。晴れ。正直、魔王を倒したらハーレムとか作りたいと思っている。このパーティー結構可愛い子ばっかりだし俺に気があるみたいだから作れると思うんだ。……でも僧侶てめえだけは別だ。男だからな。死ねばいい』」
「……!?」
「ああすまないここは関係ないくだりだったな」
うわー。
実の親の妄想日記なんか聞きたくなかった。
何だこいつ勇者とかである以前に人として駄目そうだ。
耳が汚れたから洗いたい。記憶ごと洗い流したい。洗い流した上で『浄化』の呪文とか使いたい。
「あったここだ。古文書によれば勇者は、この森を抜けて卑竜谷の町ベルヘルンに向かったようだね」
「そうか隣町だな。じゃあ俺もそこまでは同行するわ」
機会は道中に幾らでも作れる。
偶然を装った上で、あの剣がどうしようもなく役立たずであることを証明することができればこいつも頭を冷やすに違いない。
「ちょっと待ってくれアルカリ」
ユリウスが急に眉をしかめながらそう言ってくる。
何だ。こちらの意図に感づかれたのか。
「君は遠慮深いな。すでに我がパーティーの一員じゃないか。魔王城までずっと一緒に決まっているだろ」
「いやいやいやパーティーとか入ってないから」
「はははは水臭いことを言うな。死なばもろともだぞ?」
ユリウスががっしりと肩を掴んでくる。
死ぬつもりとか駄目だろ。
というか何だこいつ。全身の関節を外してどんな縄抜けもできる俺が逃げられないってどうなっている。
何というか俺は砂漠の流砂にはまった蟻のような気分だ。