勇者に会いました
さて行くか。
俺は婆ちゃんの小屋を後にして、ひとまず近くの町を目指すことにした。
寄り道をしなければ日が暮れるまでには到着できるだろう。
ちなみにここは迷いの森だ。
この薄暗い、木々の生い茂った土地にはおかしな呪いがかかっているとかで、旅人がよく遭難する。
だが子供の頃から散歩している俺にとっては庭みたいなものである。
近くで声がした。
どうやら悲鳴のようだ。
気になって茂みを越えて進んでみると、巨大なそこにある。
全身を焦げ茶色の体毛で覆った猿の化け物――人喰い狒々だ。その目の前には横たわる人物がおり、今まさに止めを刺そうとしている最中だった。
「最上級雷呪文」
「ギイイイイイ」
指先から放った電撃がどんな剣撃よりも速く、命中。
全身を貫かれた人喰い狒々が悲鳴を上げながらもんどりをうつと次の瞬間、倒れる。
「よお大丈夫?」
倒れているその人物の周りにはこれでもかという程に血だまりができている。
もしかしたら死んでいるかもと思いながら声をかける。
「……うん?」
そいつは軽く呻いた後、目を覚まして起き上がる。
どうやら生きているっぽい。
「はっ……強大なる邪悪な狒々の魔物はいずこに……!」
「そこ」
「何と。倒れている。もしやこれは僕が死の瀬戸際まで追いつめられたとき、隠されていたとてつもない才能が目覚め放たれた結果ではないか?」
違うから。
何だよこいつ変なやつ。
金髪で美形だがどこか軽薄そうな男だ。
垂れ目で下まつげで、涙黒子持ち。軽装だが身なりは良い。
独断と偏見によって判断するに三流貴族の次男あたりだろう。
ていうかこいつ頭からぴゅーぴゅー血が吹き出ているんだけど大丈夫かよ。
何か顔色も青いし、せっかく起きたのに死ぬんじゃないのか。
取り敢えず治しておくか。
「治癒」
「おお。なんと言うことだ。全身が温かい光に包まれて、傷が治っていくではないか」
「大げさなやつだな」
「君はあれか。魔法使いか?」
いや違う。
そもそも今のは僧侶の祈祷だから。
俺がそう説明する間もなく、嬉しそうに詰め寄ってくる。
「君、いいねえ。何というかきらりとした素質を持っているねえ。きっとゆくゆくは便利な……もとい素晴らしい人材になるだろう」
「人材?」
「ああ。是非ともこの私の下でパーティーの一員として働き、素質を磨いたりしてみないかい?」
「パーティー? 何をするんだ?」
「非常に名誉とやりがいのある仕事だよ。アットホームな職場で頑張れば頑張った分だけ世間から認められるだろう」
すげー胡散臭い謳い文句を口にしながら、こちらの手を取ってこようとした。
男に手を握られるのは無論のこと、そんな怪しい仕事には興味がないので、ぱしと払い落とす。
「断る」
「ふふふばっさりだな。だが逃さないぞ。僕の目が狂いがなければ恐らく君は、かなりの逸材だ。どうか仲間になりたまえ。いや是非ともなって下さい」
いきなりへりくだりながらの土下座。
どうしよう面倒くさいやつを助けてしまった。
こいつに最上級雷呪文かけてもいいんだけど、死んじゃうかな。
「ていうかあんた誰だよ」
「ふっ。いい質問だ」
金髪垂れ目は立ち上がり、前髪をふぁさとかきあげると、何故か外套で身をくるむ。
それからばさっと手で払い靡かせてみせた。
きっと、可哀想な病気か何かなのだろう。もしくは誰かを笑わせていないと、不安で仕方なくなる性格なのかもしれない。
「僕はユリウス三世。勇者だっ」
金髪泣き黒子が腰元に手を当て反り返ってみせる。
どうだい驚いただろう、と言わんばかりのどや顔に、何かちょっといらっときた。
「……うん?」
ん、ちょっと待てよ。
俺は目の前の馬鹿がのたまわった言葉をもう一度咀嚼する。
今、こいつ確かに勇者って言ったよな。
えっ、それってどういう事?