旅にでることになりました
勿論、魔王退治の旅なんてものに興味はない。
取り敢えずほとぼりが冷めるまで家出をするつもりだ。
「まあ一年くらい出歩いて、何食わぬ顔で戻ってくればいいだろう」
いい機会だ。
これまで外の世界を見て回ったりしたことがなかったので、気ままに旅暮らしと洒落こもうではないか。
「ああ……その前に婆さんに会いにくか」
彼女には挨拶をしておく必要があるだろう。
色々訊きたい事もある。
婆さんというのはこの森の外れの小屋に住む魔女だ。
尼さんたちに教育と称して仕込まれたろくでもない技能の数々だが、ひとつだけ魔法に関しては婆さんに教わったものだ。
彼女はその昔、凄腕の魔法使いとして名を馳せていたらしいのだが、人間関係が面倒になって隠居生活を送っている変わり者だ。
気難しいところもあるが、根は寂しがりやなので、急に俺がいなくなったら寂しくなるだろう。
◆
「やっぱりきたね、お入り」
彼女の元を訪れると、開口一番にそう言われた。
どうも俺が来ることが分かっていたようだ。
「陰険眼鏡から話を聞いたようだね?」
いつものお茶と、焼き菓子を出しながら彼女はそう言った。
「何か勇者をやれって言われたんだけど?」
「生い立ちについてのは話はきいたかい?」
「親が勇者だとか何とか。それから今までの勉強が全部訓練だったって言ってた」
「そうだね」
「なあ婆ちゃんは知ってたのかよ?」
「……まあね。未だ信じられないかもしれないけどあんたが紛れもなく勇者の血筋であることは確かだよ」
「証拠は?」
「あんたが得意とする電撃魔法はこの世で勇者と呼ばれる人間にしか使えないからさ」
そうなの?
あれって一番最初に覚えた魔法じゃなかったっけ。
そう言えば婆ちゃんが使ってるの見た事なかった気がする。
「……アル坊や」
「何だよ」
「ちなみにお前さんが今飲んでいるのは致死性の猛毒入りのお茶だよ」
「ぶほ」
「それから口にしてるのは全身が麻痺する猛毒入りの焼き菓子だよ」
「うげ」「今更だよ。いつも出してたおやつも大体そんな感じだったのさ」
「今まで毒食べさせられてたのかよ!」
「勿論、最初から猛毒ってわけじゃなくて徐々に強くしてったけどね」
くそ……どうりでいつも不味いと思ってた。
魔女婆ぁ、何てもの食べさせる。
「その割には残さず食べてたじゃないか。まあでもその食い意地のお陰で、今じゃ、あんたは毒も、麻痺も無効化できちまうんだよ」
「もしかしてこれも勇者の訓練……?」
納得いかない。非常に納得いかない。
確かにここでおやつを食べた後はよく原因不明の腹痛に見回れることがあったのだが、それもこれも彼女の仕業だったのか。
酷い時なんか大熱出して一週間くらい寝込んだ時もあったんだけど。
「大体、婆ちゃんもあの司教とグルだったのかよ」
「まさか。止しとくれ。あんなやつと組む腕があるなら切っちまった方がマシだよ」
彼女は首を振った。
「でも十三歳になったら、あんたが外の世界に放り出される事になるのは知ってたからね。そうなる前にひとりでに生きていく術を教えときたかったのさ」
「婆ちゃん……」
そんなことを考えてくれていたのか。
毒入りのおやつは余計だったが、彼女の心遣いにちょっぴり感動した。
「でも一度、分量を間違えて毒薬を瓶丸ごと使っちまった時にはヤバかったけどね。よくもまあ生きていたもんだよと私は感心したね」
「感動が台無しだよ!」
「……まあ魔王をどうするかはあんたが決めればいいことさ。取り敢えずは世界がどんなものか、これを持ってのんびりと見ておいき」
わかった。そうするよ。
俺は彼女のお陰で、すっきりした気持ちで旅立つ事ができそうだった。
でも餞別に貰った毒入りの焼き菓子だけは余計だ。
こいつは後でこっそり捨てることにしよう!