七不思議のサイトと依頼
暑い、ただひたすら暑い。眠い目を擦りながら、クーラーのスイッチを入れる。ようやく人心地が着いたので、時計を見るとまだ朝の5時。今日もお天道様は、早朝から張り切ってる様だ。
(クーラーのタイマーをかけたのが失敗か…でも、電気代を考えるとな)
目に映るのはビールの空き缶、鼻を突くのは中年の汗の匂い…今日も爽やかさの欠片もない目覚めである。
避暑地に行こうにも、探偵業には夏休み処かお盆休みもないのだ。クリスマスだろうがゴールデンウィークだろうが、依頼が来れば働かなきゃいけない。
幸いな事に今日は調査業務は入っていない。
クーラーの効いた事務所で、書類整理に勤しむめば良いのだ。普段の仕事に比べたら天国である。この暑い中でもお盛んな人は少なくなく、浮気調査の依頼を山の様にきてる。昨日も主婦の浮気調査があったが、向こうはクーラーの効いたラブホでイチャイチャ、独身のおじさんはクーラーを切った車の中で汗をダラダラ。でも証拠写真もバッチリ撮れたから、今日はクーラーが効いた事務所で調査書類をまとめれば良いのだ。
飯を食い終わっても、まだ6時。クーラーの活躍で快適になった部屋で二度寝なんてしたら、絶対に遅刻する自信がある。
(そういや学校の七不思議ベストセブンとか言ってたな…未チェックのサイトかあるなんて油断してたな)
パソコンで検索を掛けてみると、直ぐ様にヒットした。お約束のおどろおどろしい画面、ご丁寧に北海道・東北・関東とブロック別に分けてある。俺は七不思議その物や怪談の類いは信用していない。
でも、この手の話は何かしら元になった話があり、下手に絡むと面倒な事になる。探偵と言う職業柄、避けれるトラブルは避けておきたい。
だから、俺はこの手の怪しいサイトを事前にチェックしている。
(こりゃ、本格的だな…へぇー、ポイント制でベストセブンを決めてるのか)
県名を頭文字をアルファベットにして濁してはいるが、内容もリアルだ。ありがたい事に特定厨がいるらしく、噂の元になった事件も載せられていた。
(学校名がないのは、管理人が消してるんだろうな。肝試しに行く馬鹿が出たら大問題だもんな…本物は何個あるだろうね)
何より肝試しと言う行為は霊を刺激する。誰も好き好んで成仏しない訳じゃない。やるせない思いも抱えて、苦しんでいるんだ。
1位T都S学園 廊下に現れる自殺した教師の霊
2位S県M小学校 プールで足を引っ張る少女の霊
3位T県G中学 窓に張り付く男の霊
4位G県S商業 招待されると、死ぬライングループ
5位T県K女子高校 貰うと行方不明になる名刺
6位T都H高校 屋上に現れる男子生徒の霊
7位S県K中学 教室で言い争う女子生徒の霊
7位は俺の母校川戸中学だろう。地元民にしか分からないキーワードがアルファベットで載せられていて、すぐに分かった。他に学校名が特定できたのは、都内の案件のみ。
(6位は白眉高校、1位は水雲学園だな…明美も姫王も、きつかったろうな)
二人共、興味本意で自分の死を全国に曝されたのんだ。精神体である霊には、かなりきつかったと思う。
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俺が働いている探偵事務所の名前は伍代探偵事務所だ。都内にある中堅探偵事務所である。代表は所長の伍代悟、物腰こそ柔らかいが、各方面に顔が効く爺さ…ナイスミドルだ。怒らせると、かなり怖い。
そしておばちゃ…ベテラン事務員の山科さん。通称、伍代探偵事務所の金庫番。
自称若手事務員の長谷川さん。ちなみに長谷川さんは俺より年上である。若手は、山科さん比べてらしい。そして俺を含めて調査員が四人いる。
涼しい事務所で冷たい麦茶を飲みながら、書類作成に勤しんでいると、長谷川さんが近付いてきた。長谷川さんは事務所の開設時から勤めていて、事務所内での権力は絶大だ。必要経費と認めれるかどうかは彼女の裁量次第なのである。
「細井さん、お客様です。田代先生がお見えです」
嫌な言葉が聞こえてきた…田代賢太郎は離婚専門の弁護士で、良く伍代探偵事務所にお客様を紹介しれくれるお得意様だ。ちなみに田代は中学の同級生で、公私共に仲良くしている。
(田代が事務所に来たって事は仕事か。このままじゃ涼しい事務所とおさらばになっちまう。今、事務所にいる調査員は若竹か…若竹、君に決めた)
「おーい、若竹。弁護士の先生が来てるそうだ。話を聞いてもらるか」
若竹は事務所に入ってまだ一年の新人調査員。これは若竹に経験を積ませて上げようという先輩の優しさだ…決して、俺が外に出たくないからじゃない。
「細井さん、田代先生は細井さんをご指名です…細井、お客様を待たせたら、どうなるか分かってるわよね?」
山科さん、ガン見です…正直に言おう。俺は幽霊より、山科さんの方が何倍も怖い。彼女に逆らえば、必要経費でも自己負担に成りかねないのだ。
お局…山科さんに頭を下げて向かうのは、来賓室。プライバシー保護の為、防音にしており外に会話が洩れる事はない。
来賓室にいたのは高級スーツを身にまとった田代と実直そうな中年男性。
「今日も暑いですね…田代先生、仕事ですか?」
俺は出来るだけ生真面目な表情を作って二人に会釈をする。普段なら田代とはタメ口で話ているんだけど、今は第三者がいる。田代が連れて来たって事は、浮気調査の依頼だ。フレンドリーな態度はお客様の信頼を損ないかねない。
「ええ、うちに依頼をされたのですが、今一証拠が弱いんですよ。細井さんなら確実に証拠を掴めると思って来たんです」
中年男性の表情は暗く疲労の色も濃い。そして男性の守護霊も怒りを露にしている。
「まず、詳しい経緯を聞かせてもらえます?」
男性が、奥さんを疑いだしたのは今年の春頃だそうだ。その頃から化粧が派手になり、夜を拒否する様になったらしい。そして最近では携帯を手放さなくなり、家事を手抜きする様になり、職場の飲み会が不自然な程に増えたそうだ。
「柳田様は都内の高校で教鞭を取られておいでです。S区の白眉高校は知ってますよね」
マジか…まあ、依頼者の職場に行く事なんて滅多にない。白眉高校は都内の一等地にあり、良家の子女が通う名門私立校だ。
白眉に出る幽霊は、三十年前にいじめを苦に自殺した男子生徒との事。
「ええ、政財界に多くの人材を排出している名門校ですから」
ただし、生徒の質には、かなりのばらつきがあり、裏金を積んで入っている奴も少なくないらしい。
田代から手渡された資料に改めて目を通す。依頼者の名前は柳田真面目、45歳。一般入試で白眉に入ったと言うから、かなり頭が良いと思う。奥さんは、高校時代のクラスメイトだそうだ。
30分程、今後の打ち合わせをした後、柳田さんは担当している部活の練習があると言うので一人で事務所を出て行った。田代は、扉が閉まったのを確認すると煙草に火を付けた。
「小次郎…黒か?」
「多分、真っ黒だ。柳田さんの守護霊が怒ってたしな。取り合えず、柳田さんの家に行って証拠を確保。それから尾行を開始する」
人から邪な物を隠そうとすると、独特の念が生まれる。浮気相手と密会する用のスケジュール帳にツーショット写真。そしてその手の物には、浮気相手の念も、こびりついているから特定するのが容易くなる。
「そう言えば、佐川覚えてるか?中学の時にテニス部の顧問だった奴。あいつ、事故死したらしいぜ。ガードレールを、突き破って谷底に一直線だってよ」
田代の話では、佐川は亡くなる数日前から異常なまでに怯えていたそうだ。警察は心身が衰弱しての事故と断定したらしい。
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俺の調査がうまいのか、相手が馬鹿なのか物の数日で、浮気相手の特定が出来た。ただ、ちょっと問題が発生したので、柳田さんより田代に報告する事にした。
「真っ黒だ。柳田さんの奥さんは、浮気調査に慣れている俺がドン引きする程の黒だったよ。問題は浮気相手。木石間太郎45歳。白眉高校の卒業生。そして木石カンパニーの副社長」
副社長と言っても、木石のカンパニーは間太郎の祖父が作った会社だから、与えれたポストといった所だろう。木石の性格と評判は最悪だった。副社長の地位に物を言わせてパワハラ、セクハラをしまくりである。
「つまり柳田さんと木石間太郎は同窓生なのか?」
「正確には、柳田さんとその妻。そして木石間太郎はクラスメイトさ」
そして木石は七不思議にも関わっていた。
「木石カンパニーの副社長か…柳田さんが請求出来る慰謝料は痛くも痒くもないな。分かった、柳田さんには俺から報告する…小太郎、柳田さんが望めば動いてくれるか?」
「ああ、叩けば埃が出る奴だから、もう少し調べてれみるよ」
今回はボランティアじゃなく、がっつり金をむしりとってやる。
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