プロローグ 才覚の片鱗
「私の秘密を知ってしまった人間を、生かしてはおけない」
一人の少女━━如月遊璃亜はそう告げた。
背格好は平均的な女子高生である。だが、彼女が放つオーラとでも言うべきそれは、常人を遥かに凌ぐ密度と濃度を秘めていた。端正な顔立ちは整っているが故に、怒気を孕んだその瞳が普段以上の恐怖、或いは怨嗟の感情を強く後押しする。
「………」
対する少年━━各務洸臥は語らない。
相手の態度も、対応も、怖くないと言えば嘘になるのだろう。だが、それでも各務洸臥は死を目の前にした現状においても、何一つ言葉を発しようとはしなかった。それが恐怖故か、冷静な判断の元に下した結論なのかは分からない。
来るべき「タイミング」を推し量るように、ジリジリと焼け付くような視線が交わる。
「何故黙っているの?」
「…別に。どうせ俺が今更命乞いをした所で、助かるわけじゃないだろ」
洸臥の切り返しは凍てつくような怜悧さを称えていた。
その最適解とも言える真っ当な返答に、遊璃亜はぐうの音も出ない。
「…そうね。ならいっそ、苦しまずに殺してあげる」
言うと、右手に持っていた携帯端末を振り翳す。
そこには≪I-Gis≫と言う文字がポップアップされている。
「≪I-Gis≫起動」
低い起動音を鳴らして、携帯端末が怪しく輝く。
奇妙な白光を放つと、そのままそれは自分の肩から指先まである、巨大な剣へと変貌した。
「裁きの白炎よ、我が名を以て、我が敵を討ち滅ぼせ ≪フレイムファンタズマ≫!」
剣を天に向けて突き刺し、叫ぶ。
瞬間、襲い掛かるのは雷……否、圧倒的な熱量を誇った膨大な火炎の槍だ。
人気の無い学校の屋上に、比類無き白炎の巨槍が降り注ぐ。
「……貴方が悪いのよ、各務洸臥。貴方は、知りすぎたから」
◆ ◆ ◆
時は遡り、数時間前。
「洸臥、飯食おうぜ」
近寄ってきたのは、友人の伊井田健人だ。
健人は洸臥の友人にして、校内でも顔の広い有名人だ。平凡を地で行く(全てにおいて)洸臥とは正反対で、脅威のスペックを持つ変人である。ルックスも派手さに欠けるが、爽やかで甘いマスクの持ち主。気兼ねなくつるめるが、比較されてしまうと辛いのがこの上ない。
「ん、あぁ」
ぼけーっと、一点を眺めていた洸臥は、生返事でそう答える。
健人は洸臥の視線の先を目で追いやって、あぁ、と納得したように頷き、机を向かい合わせる。
「まーた、如月さんの事見てんの?」
「…あんまり大きな声で言うな」
「ほうほう、それはそれは」
「別に好意があるわけじゃないんだが……妙に気になる、気に障る、と言うか…」
「それを恋煩いって言うんじゃねーの?」
「……さぁな。俺は恋愛経験に乏しい人間だから、恋愛感情の機微には自分を含めて疎いんだ」
言うなり、洸臥も弁当箱を取り出して、他愛ない話をしながら昼食を取る。
如月遊璃亜。数週間前に転入してきた美人転校生。才色兼備で、頭脳明晰、運動能力も高い。人付き合いは上手い方なのか、女子とは早々に打ち溶け合っている。転校初日でクラス、学年問わずに校内は浮き足立ち、ファンクラブの設立などが開始され、今では超有名人となっていた。
彼女に一目惚れして、告白するが、あっさりと惨敗した男性諸君も少なくないと言う。
遊璃亜の求める理想の男性像のラインが厳しいのか、そもそも男性に興味が無いのか。
どちらにせよ、彼女の洗練された美しさは、最早高嶺の花と称しても良いだろう。
「にしても、転校初日で十から二十、今に至るまで八十を越える告白回数だとさ。きっと中にはタイプの一人や二人居ただろうに……もしや、百合っ気のある人なのかね?」
「知るか……。何で俺が如月の爛れた性事情を鑑みなきゃいけないんだ」
「いやー、けど絵になるけどね。お姉様キャラ……いや、Mっ気のあるお嬢様気質とか…」
「お前の趣味嗜好はどうだって良い」
「そりゃそーだ。で、洸臥は何が目的で穴が開くほど如月さんを眺めているワケ?」
「さっきも言ったろ。理由じゃなくて、何か、本能的な危機回避って言うか……俺にも分からん」
洸臥は駄弁を重ねるのを避けるように、言葉を濁した。
事実、遊璃亜は洸臥を一切眼中には留めていないし、実害が及ぼされる危険性は無い。洸臥もまた、遊璃亜に対して危機意識を持っているからこそ、不用意に近づこうとは思わない。結果として、遊璃亜が何かしらの問題を引き起こしても、洸臥に実害は無い。
だが、何かが引っかかる。洸臥は得体の知れない蟠りに思わず溜息をついた。
対する健人は、ニタニタと人の悪い笑顔を浮かべている。
「だからぁ、それは恋愛感情ってヤツじゃぁないの?」
「……本当にそういうネタ好きだな、お前」
「まぁ、人ですからね」
「断じて違う。そもそも、俺は如月に対して一切の魅力を感じないからな」
「うえぇ…お前マジ、正気か? ゲイ?」
「それも違う…。確かに俺だって男だから、多少は興味があるが、如月に対しては……何だろうな、何かそういった具合の感情を覚えないんだ」
「ふーん…。まぁ、お前の言葉を借りれば、趣味嗜好は人それぞれだかんな」
「そういう事だな」
本人が聞いたら怒髪天を衝く勢いで怒りだし兼ねない内容だ。
そうこうしている内に、授業前の予鈴が鳴り響く。
「やっべ、んじゃまた後でな」
「あぁ」
こうして、憂鬱と睡魔が襲い掛かる魔の五時間目へと突入していく。
◆ ◆ ◆
時は移ろい、六時間目が終了し、放課後を迎えた。
「悪ぃ、洸臥。俺生徒会の用事で少し遅くなるんだけど…」
「暇だから待っててやる」
「そっか! んじゃ何か後で奢るよ」
「いや、別に見返りを求めてるわけじゃないんだがな…」
「俺がなんてーか、許せないんだよな、そういうの。まぁ、俺の気持ちを察してくれや」
「…分かった。取り敢えず、手早く終わらせてくれ」
あいよー、と気の抜けた返事をしながら、生徒会室へと健人は走っていく。
それを見送り、人気の無くなったクラスへと戻ると、学生鞄から愛読書を引っ張って読み耽る。
「(……如月遊璃亜、か)」
正体不明な未知の存在。
本能に直撃する、圧倒的なまでの危険な雰囲気、或いはオーラ。
一定の線引きをして、例え友人でも踏み込めない領域に秘める何か。
如月遊璃亜をここ数日観察して理解出来たのは、結局数少ない。
ただ、彼女が何かを隠し、誤魔化し、偽って生きているのは傍目にはハッキリと分かった。
その時であった。
「………何だ、この揺れは」
微弱ではあるが、地震のような揺れが襲い掛かる。
そして、徐々にその強さは大きくなり、ふと気づいた。
「(……俺だけがこの揺れを感じ取っているのか…!?)」
周りを見ると、机や椅子、教卓やその他据え置きの道具は微かにさえ揺れていない。
襲い掛かる揺れは、どうやら洸臥にだけ作用しているらしい。
とは言え、物質的な干渉ではない。洸臥の精神に直接語りかけるようにして、それは襲い掛かる。
「う、ぇ……!」
ぐわんぐわん、と脳を直接揺さぶられる感覚に耐え兼ね、吐き気を催す。
脳天を貫かんばかりの凄まじい揺れは、トイレへと駆け込むと少し収まった。
「はぁ……、はぁ……」
トイレで一頻り胃の中のものをぶち撒けると、そのまま風に当たりたい衝動に駆られた。
手近にあった窓を開けて、空気を取り込む。
その時、ふと視界の隅に屋上を捉えた。
一瞬ではあるが、人工的で尚且つ膨大な光が発せられた。
「何だ……?」
その時、知的好奇心は思わず身体を動かしていた。
心臓が狂ったようにビートを刻み、そのはち切れんばかりの鼓動に抗い、階段を駆け上がる。
呼吸が苦しくなる頃、漸く屋上への入り口となる扉に到達した。
ごくり、と唾を飲み干し、呼吸を整えると、洸臥は静かに扉を開いた。
すると。
「ギィィィ!!」
そこは、次元の違う空間だった。
と言うのも、目の前には数十を越える化け物が飛来していたのだ。全身を真っ黒にした、一つ目の化け物である。良く見ると、空中に一人、優雅な態度で佇む女性が居る。そして、その化け物達相手に特攻を仕掛ける一人の少女も見て取れた。
「如月…!?」
それは、如月遊璃亜であった。
セーラー服はそのまま変わらないが、右手には物騒な剣を持ち、常軌を逸した動きを連発させながら、化け物の群れを鮮やかに斬り飛ばしていく。攻撃から攻撃へのクールタイムに無駄が一切無く、数体による連携攻撃も意に介さない。その様子を眺めていた女性の表情に、やや焦りの色が浮かぶ。
そして。
「我らが父、アスモデウスよ。冥界の稲妻を、我が手に!!」
その女性が呟くと、天から黒い稲妻が降り注ぎ、女性の全体を包む。
数秒後、その稲妻が止み、中から出てきたのは最早人ではなかった。
悪魔の如き長い双角、架空上のグリフォン等に生えていそうな強靭な翼、先程までの人間然とした肌の色は、暗黒に染まっている。両目を黄色く発光させながら、狂ったように笑い、右手には先程の稲妻が三叉の槍に変化して収まっている。
「死ねェェェェェ!!」
咆哮に近い、薄汚れた叫びは空間を満たし、尋常ではない振動が迫り来る。
思わず両耳を抑えて洸臥はその場に蹲る。
しかし、遊璃亜は気にした風も無く、淡々と冷静に攻撃をすらりと避けた。
「≪I-Gis≫起動。≪マジカルソート≫を発動する」
そして。
突如、天を貫く勢いで遊璃亜の周囲から爆炎が沸き立つ。
それは鋭く天空へ舞い上がり、隕石の如く遊璃亜に降り注いだ。
爆炎が消えうせると、其処には真っ赤な装備に身を包んだ遊璃亜が居た。
西洋の甲冑を現代風にアレンジしたようなスタイルだ。頭にはサークリット、腕や足はやや露出しつつも、全体に野暮ったさを感じさせないスマートな装備。スカート部分は相変わらずで、先程より幾分も動きやすそうに見える。
「≪フレイムロンド≫」
遊璃亜が高速で化け物に肉薄し、いつの間にか手にしていた炎の刀で舞うように切りかかる。
元々持っていた剣と合わせて二本の剣を持って、不規則に斬撃を加えていく。
「ウ、ゴ、アァ…!!」
圧倒的な手数を前に、化け物はぐいぐいと押し負けていく。
「止めよ」
端的にそう呟くと、炎の刀を投げつけ、敵を地面に接着させる。
磔状態にされた化け物は身動きが出来ず、宙に翻った遊璃亜を眺めるほかない。
ザンッ!!
剣を喉元に突き立てると、がくり、と化け物は息絶えた。
すぅ、と赤色の装甲は消えてなくなり、元のセーラー服へと戻る。
だが。
「各務洸臥くん、よね?」
やはりと言うべきか、洸臥の存在はバレていた。
洸臥は臆する事なく、堂々とした態度で屋上へと姿を現す。
「……如月遊璃亜、お前は一体…」
「…そうね。今から貴方もどうせ消すのだから、冥土の土産に聞かせてあげるわ」
そう言うと、凍てつく視線を向けながら、語りだす。
「私は崩壊の未来を辿った、地球に酷似した惑星≪イーリアスエルド≫を≪魔女≫達から守る為の技術を教え込まれた殺人兵器、≪魔法少女≫とも呼ばれているわ」
「………」
「信用するしないは貴方の勝手だけど、私の言っている事は事実よ。貴方も見たでしょ? アレを」
先程の戦闘を指し示して、敢えて遊璃亜は言葉を濁した。
それを感じ取ってか、洸臥は取り敢えず頭ごなしに意見を聞き入れない姿勢を崩す。
「≪イーリアスエルド≫は地球が崩壊した、後の世界。あの世界の完全消滅は、世界同士のリンクに繋がって、結果からすれば、地球の崩滅を招くわ。故に、私達≪魔法少女≫が≪イーリアスエルド≫の保全を目的として、日々死線を潜っているの。今回は特例で、こっちの世界に迷い込んだ≪魔女≫の始末を命じられてやってきた、というワケ。まぁ、任務も遂行したから、後は帰るだけなのだけれど」
「…なるほどな。妙なタイミングで転校生がやってきたと思ったら……」
時は晩秋、そろそろ冬休みに突入して、受験に向けた体制を整えていく時期である。
洸臥の感じ取った危機感は、有象無象の幻想ではなく、事実に直結していた。
「でも、問題が発生してしまったのよ。各務洸臥くん、貴方のせいでね」
「………」
洸臥は押し黙る。
要は、彼女にとってこの事実は門外不出、墓の中にまで持って帰るレベルの秘匿性というワケだ。
スラリ、と先程の剣を顕現させた。
「私の秘密を知ってしまった貴方を、生かしてはおけない」
◆ ◆ ◆
「………本当に、誤算だったわ」
火炎の巨槍が降り注ぎ、校舎には甚大な被害が及んだ。
地面は抉れ、転落防止のフェンスは熱波で焼ききれている。
無論、その渦中に居た洸臥など、安否の確認などするまでもない。
「…≪扉の守護者≫、聞こえてるかしら」
『ほいさっさー。任務お疲れぇ~。どうだったぁ?』
携帯端末に向けて遊璃亜が語りかけると、画面に一人の少女の顔が映り込んだ。
≪扉の守護者≫、≪イーリアスエルド≫と地球を繋ぐパス━━ゲートの管理人である。
「予定外の事態に陥ったけど、無事解決よ」
『それは良かったよー。んじゃ、帰還するよね~?』
「当然でしょ、早く扉を開いて」
あいあいさー、と間の抜けた返事をしながら、画面に映っていた少女が消える。
そして次の瞬間、目の前に豪奢な扉が現れた。
「………」
濛々と白煙を上げる惨状を見渡し、それでも留まる事なく扉に手をかけた。
その時。
「……おいおい。勝手に殺されたと思われると、心外だな」
「ッ!?」
咄嗟に振り向くと、白煙の中に人型のシルエットが浮かび上がる。
間違いない。各務洸臥、その人だ。
「何故……!?」
「それは俺が知りたいくらいだ……」
「く…! このッ!」
碌に≪アプリ≫を起動していないせいか、放たれたのは先程とは比べ物にならない、ひ弱な炎槍だ。
しかし、その炎槍でさえ、人体を貫き、細胞を焼き殺すだけの破壊力は持っている。
それに対して。
洸臥は右手をす…っと伸ばして、槍に対して平行な位置に置いた。
当然、槍は進行方向を変える事なく飛来し、洸臥の右腕を刺し貫く━━━。
━━はずなのだが。
どうしたものか、槍は洸臥の右手に触れると、音も無く霧散して消えた。
「な……ッ!?」
「…というワケだ。俺にもメカニズムが分からん、お前なら何か知ってるんじゃないか、如月」
「……知らないわよ。そもそも、男性が≪魔法≫を使えるなんて、伝承か御伽噺の類だもの」
「これが≪魔法≫なのかも、俺には判断が付かないがな」
はぁ、と洸臥は肩を竦めた。
仮に遊璃亜の放った数々の攻撃を全て≪魔法≫とするのなら、洸臥のそれは、≪魔法≫を打ち消す。
≪魔法消失≫、とでも命名すべきか。洸臥は我ながらセンスの無さに愕然とした。
「……貴方は………一体…?」
「さぁな。俺にも分からん」
「…そう。なら、もういがみ合うのは無意味なようね」
ぎぃ、と古めかしい音を響かせながら、扉が開く。
それは暗に、私についてきなさい、という意味を含めた行動であった。
「癪だけど、歓迎するわ、各務洸臥くん。貴方はこれから、≪魔法少女≫となるのよ」
「せめて≪魔法少年≫にしてくれ…」
「どちらでも良いでしょ? 貴方に拒否権は無い。私と共に来るか、それとももう一戦交えるか、賢い貴方なら、どちらがより賢明な判断か、理解出来るわよね?」
賢明な判断も何も、最初に拒否権は無いって言ったじゃないか。
強引と言うか、最早脅迫に近いその言葉を聞いて、ただただ如月遊璃亜の器用貧乏さに辟易した。
死にたくもないし、出来れば平穏に生きていたものだが…。
その決断を下す事は不可能なのだ。もう、きっと戻れない領域にまで足を踏み込んでしまったから。
「……分かったよ。行けば良いんだろ」
「そういう事よ、ほら」
そう言って右手を彼女は差し出した。
洸臥はその手を取るのが妙に気恥ずかしく、躊躇しながらも、確実にその手を握った。
手を引かれるまま、扉の中へと進んでいく。
ギィィ……バタン…!
扉が閉まると、二人はもうその世界には居ない。
夕焼けに暮れなずむ空が、唯一二人の動向を知っているように思えた。




