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弐 ―2

 目的地ははっきりしている。駅を何度か乗り換え、三人はほぼ無人に近い駅に降りる。

「ここからは歩きね。近い場所で助かったわ」

 双葉が地図を見ながら改札口を出て方向を確認している。

 クゥは双葉に「アナログですね」と言った。

「スマホも携帯電話も持っているんだから、駆使したほうが早いのでは? いだっ」

 足を思い切りアンヌに踏まれた。睨みつけるが、アンヌは知らんふりをしているが、わざとなのはわかりきっている。

 双葉はたいして気にした様子もなく、そのまま地図と景色を交互に見てから地図をおさめ、歩き出した。

「どっちも圏外になったら使い物にならないし、地図はきちんと見方がわかっていれば重宝できるものよ。便利だからって、なんでもかんでもそういう利器に頼るのは得策じゃないわ」

 あまりにも正しいことを言われて、クゥとしては言い返せない。ただの小娘かと思っていたが、違うのだろうか。

 事務室にやって来た初日はクゥの嫌味にすぐにカチンとしていたし、直情的であると思っていたのだが……印象が変わってきていた。

(シンも、やたらとフタバさんになついてますし、マモルは……多少びくついているようですけど与えられた仕事は彼にあまり負荷がかからないものになっている……)

 アンヌの采配で、双葉はただのお飾りの偉そうな代理だという印象を持っていただけに、正直かなり今、驚いていた。

 双葉が迷わずに歩くので、メイド服姿のアンヌと、中国服のクゥがついていく。目立つ集団の先頭を女子高生が歩くのだから、さらに目立つ。

 こういう場合は変装などをさせて極力目立たせないのが常作だとは思うのだが、どうやら双葉はそうではないらしい。

「あの……本当に着替えなくてよかったんですか?」

 ためらいがちに声をかけると、双葉が肩越しにこちらを見てから言う。

「べつに悪いことしに来てるわけじゃないんだから、堂々としていればいいでしょ」

「ですけど……目立ちますよ?」

「はあ? だから?」

 本当に嫌そうに言う双葉にむしろ少しムカっとしてしまうが、クゥは我慢する。

「あんたわかってないわね」

「何がですか?」

「あんたがいた上海支部とか、本部とか、まあよくわからないけどそこそこお仕事入ってくるところに配属されてたんでしょ?」

「否定はしません」

 それはクゥとシンの能力がかなり高いからだ。そのために、できたばかりの日本支部へ二人の異動が一番に決まった。

「日本支部はね、無名なの。無名! グリードの件で知名度があがったけど、それもどうせ一過性のものにすぎないわ」

「一過性?」

「そもそも日本って国は、妖怪とか悪魔だとかを、半分信じて、半分信じてない、ご都合主義な国なのよ」

 かなりひどい言い草である。

「今の忙しさがおさまってからが勝負になるわね。信頼できる会社っていう印象を保ち続けなきゃいけないし、この業界は目立ってナンボなのよ!」

「………………」

 無言になってしまうクゥの横でアンヌが「さすがですわ」とにこにこしている。

(……一応この衣服は戦闘用で特注でコスプレじゃないんですけど)

 つまりは目立つ手段の一つとして使っているらしい。

 バス停をこえてひたすら歩く。それほど人は多くない。どちらかといえば、閑散としている場所だ。

 会話がないことに、誰も文句は言わなかった。ここに来るまでに相手の情報も、計画も全員覚えてるからだ。

 あまりに双葉が迷わずに進むので、クゥは逆に感心してしまう。グリードとの戦闘を彼女はかなり間近で見ているとシンからも聞いたのだが、まったく怖がっていた様子がなかったみたいなのだ。

 何か隠された能力があるわけでもなく、霊感もない。ただの普通の人間なのに、やたらと度胸がある双葉にクゥは違和感しか持てないのだ。

 普通なら抱く感情を、彼女は抱いていない。ような気さえする。

「ここね」

 双葉が足を止めたのは、長い塀が続く平屋の家がある場所だった。つまりは……金持ちの家である。

 門まで歩くとインターホンがあるので、双葉が代表して押す。

<はい、どちらさまですか>

「妖撃社の葦原と申します。面会の約束をしていたのですが、早すぎましたか?」

<お話はうかがっております>

 ぶつんと通話が切れて、格子状の門が自動で開いた。双葉はこちらを振り向きもせずに入る。入るのは双葉と、アンヌだ。そしてそこでクゥの姿は『消えた』。

 正確には通常の人間には見えないように符を使って気配を消しているだけで、監視カメラには映っているし、敏感な人間には何かあると思われるだろう。

 玄関に出迎えに来た女性と双葉が話している間に、クゥは別の方向へ向けて歩きだした。

 依頼されているのは翡翠の香炉『メロウ』だ。確かに美しい造形をしてはいるが、アンヌはいわくがあると言っていた。

「『メロウ』を所持する人間本人には害をなしません。むしろ、警告を発することが多いのですわ」

「警告?」

「ですが、その警告は良くないことというよりは人間関係に関してなのです」

 アンヌの説明に双葉は不思議そうだった。

(製作者の念がこびりついているのかと思いましたけど、アンヌは違うと言うし……実際はアンヌが見たほうがいいんでしょうけど)

 クゥは『メロウ』が保管されている部屋のほうへと軽々と進む。途中で命じられたことも抜かりなく準備しながら。

 アンヌが調べた結果として、佐東一和の姉はこの家の所有者と不倫関係にある。たまたま姉と一緒にいた時に、ここの主人にでも会ったのだろう。

 問題は『メロウ』の警告内容だ。不倫というからにはよくないことであるのは間違いない。だが警告は弟の一和が受け取っている。

 ちら、とクゥは背後を肩越しに見遣る。

 こんな豪邸に住む金持ちの男が、得体の知れない女子高生の相手などまともにしてくれるのだろうか。



 客間へと案内された二人は、そこにこの屋敷の主人である宮前潤一郎はいない。まあそれは予想できていた。格下とみなしている相手を礼儀正しく待つような男だとはそもそも思っていない。

 座るように促され、座布団にそれぞれ座る。持ってきた荷物を一瞥し、アンヌは周辺をぐるりと視線だけで見回した。何かが見えたのかもしれないが、こういう場所には盗聴器があるかもしれない。用心して、アンヌにはその手の話は一切するなと先に言い含めてある。

「ようこそ。ええと、ようげきしゃ、でしたかな?」

 上からの物言いは仕方ない。現れた投手はがっしりとした体躯をしていて、着物姿だ。見栄もあるが、自慢もあるのだろう。もちろんアンヌにはわかっているので、彼女がすぐさま着物をほめた。

「ほう! これをご存知とは若い外国の方なのになかなか」

 主人が気分をよくしたのを見計らい、双葉は自分から切り出す。

「それで、ご連絡した件なのですが」

 そう言いながら、運び込んだ風呂敷包みをほどいた中にある小さな木箱を、宮前と自分を隔てる大きな横長の立派なテーブルの上に置いた。

 宮前は箱を自分のほうへと寄せて、中身をうかがう。そして箱のほうもそっと持ち上げて裏を見ていた。

「確かにこれは私が所持しているものとそっくりだ……ではどちらかが偽物ということになるが……」

「はい。これは先日別の案件で手に入れた骨董品でして、申し訳ないのですがこちらの特殊なつてを使ってあなたが所有者だという情報を手に入れました」

 丁寧に、それでも無表情に言う双葉に宮前は怪訝なそれをする。実際、自らが公表でもしていない限り、自分の持っているコレクションについて誰かに情報が洩れるわけがないのだから。

「見分けがつかないが……こちらを持ってきたということは、うちにあるのが贋作ということかね?」

「そうとも限りません。あまりによくできているので、目利きの者を連れてきましたから」

 アンヌのほうへと視線をわざと遣る。彼女はにっこりと宮前に微笑んだ。元々美少女なのだから、宮前はなぜか頬を赤くさせて「ほう」と少し興奮している。

「もしそちらのものが本物だった場合、私に買わせる気か?」

 慎重に宮前が尋ねてくるので、双葉は「いいえ」と冷たく応じる。

「我が社には不要ですし、これは社が手に入れたものです。私の独断で売りつける気は一切ありません」

「? ならなぜ」

「本物ならば宮前様に譲るべきだろうと本社からの指示です。もちろん、それで何かいただくつもりもありません」

 胡散臭そうに思われているだろう。

 だが双葉はまったく表情を崩さない。

「宮前様のことですから、我が社のことは多少なりとも調べられておられますよね? つまり、我が社が持っているということは、よからぬ何かが憑いている場合があります」

「……にわかには信じがたいが、幽霊退治のようなものをしている会社だとか」

「簡単に説明すればそうですね。ですから、もし、我々が持っているものが『本物』ならば、それに憑いているものを『祓う』つもりで来ました」

 合点がいったのか、宮前がにやりと笑う。つまり、本物だとすればそれには悪いものの類いが憑いているので、譲るかわりに『祓う』料金をもらいにきた、ということだ。

「なるほど。そちらの会社らしく、『お祓い』を売り物にするというわけですな」

「ええ」

 無表情で応じる双葉を、値踏みするように宮前は眺めている。

 アンヌが笑顔で尋ねる。

「わたくしでも鑑定は可能でございますが、いかがいたしましょう?」

「ううむ」

 宮前はしばらく考え、アンヌに任せることにしたようだ。双葉は気づかれないように宮前を観察した。己の子飼いとも言える鑑定士に頼まなかったのは、万が一を考えてだろう。

 よからぬ何かが憑いていると考えたからには、触れるのはよくない。いざとなれば贋作も本物も両方手に入れる算段をこの男は考えているはずだ。

 アンヌは手袋をはめて慎重に検分しているが、双葉としてはそちらではなくクゥのほうが気になっていた。


 寝室にあるということで、クゥは見事にそこに辿り着いていた。

(予想しているよりも監視の目が多いですね。早々に済まなさければ)

 普通はコレクションされている骨董品を寝室に持ち込むのもどうかと思うが、それほど高価とは……いや、この屋敷ではそれほど高価な部類に入らないのか。

 ありがたいのは、この屋敷が日本家屋だったことだ。障子や襖なので、ドアほど音がたたない。

 寝室も和室だった。広い。無駄な広さだ。

 そこまで考えて、ビールの空き缶で溢れ返っている汚いシンの部屋が一瞬脳裏に浮かび、すぐに追い払った。

 視線を動かして、目的の香炉を探す。案外簡単に目的物を見つけたので近づく。アンヌほどとはいえないが、クゥも霊感がある。

 大事にはされているし、きちんと手入れもされているようだ。指紋がつかないようにと手袋はしているが、それはそれで怪しまれる可能性はある。

 飾ってあるメロウに近づき、目を細める。アンヌならば問題なく簡単に見えるのだろうが、クゥとしてはなかなか難しい。

(? うっすらと見える程度ですか……)

 なら、強化をしてなんとかすればいい。ふところから符を取り出す。そもそもこの類いの霊力はアンヌのほうが上なのだ。

 符に文言を唱え、己の霊力を若干あげる。それだけで、ぼんやりしていたメロウのつくも神の姿が見えた。彼女は『メロウ』と名づけられるだけあり、人魚を模しているように思えた。

 クゥを見つめていた彼女に、クゥは佐東の夢に出てくるのをやめるように言った。もちろん、脅しも含めてだ。相当長い年月使われているつくも神だろうが、弱い妖怪の一種に違いないメロウではクゥに太刀打ちできない。

 メロウは静かに歌う。言葉ではなく、それは歌だ。意識が流れ込んでくるように、未来の映像がクゥの脳を掠めていく。

 歌は短く、クゥは頷いてメロウは姿を消した。目的は果たした、いや、半分果たしたと言える。

 戻らなければならない。

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