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壱 ―5

 ぽかんとしている松本怜奈に、双葉は近づいた。

「依頼は完了しました。見積もりはメールで送っていますが、もう少しいただくことになりますが大丈夫ですか?」

「え……? は、はい」

「ならいいです」

「……………」

 無言になってしまう松本は、双葉を不思議そうに見た。

「支部長さんは一般の方と聞いていましたが……その、あの、」

「なぜ驚いたり、怖がったりしないのかと?」

「え、ええ」

「驚きましたし、怖かったですよ。でも、それとこれは話が別です」

「別、とは?」

「私はあなたの依頼でここまで来ました。未熟なせいで部下も判断に迷ったようですし。一応身を守るために準備もしましたが、うまくいくかどうかは賭けに近かった」

 淡々と語る双葉が広島城のほうを見ている。そういえば、雲がいつの間にか消えていて、艶やかな青色が空に広がっていた。

「個人的感情はこの際どうでもよかったと、割り切っています。アンヌに言って、ケッカイを強くしてもらったのも良いほうへでた」

「…………」

「シンはここに来た時、広島城を壊すかもしれないと言っていました。その時に確信したんです」

 双葉は風に揺れる前髪を払った。彼女の表情は渋い。

「ヨウマだとか、アクマだとか、ユーレイだとかどうでもいい。とにかく相手は犯罪者で、我々はそいつを狩りに来たのだと。見た目がどうとか、存在がどうとかどうでもよかった」

「……支部長さんは、珍しい方ですね」

「自分ではそうは思わないんですけどね。あなたがなぜ魔剣使いを呼んだのかはわかりましたので」

「……聡い方ですね」

「うちの社員を喰ってる間にあなたは始末をする気だったのでしょう?」

「私の素性も調べられたからですね」

「いいえ」

 はっきりと双葉は言い切った。そのことに松本は驚いた。

「私はあなたのことは一切情報を受け取っていません。必要なのは、依頼をこなすことだけです」

「参りました」

 嘘をついていたのが、双葉にははっきりとバレていたのだろう。助太刀に来たのではなく、彼らを最初から囮にするためだったのだと。

「シンは有名人らしいので、あなたはグリードも『あなたと同様に狙う』と思った。だから、うちに依頼をしたのでしょう。『日本支部は今の時点でまだほとんど無名』なのに、おかしいとは思っていたので」

 松本の頼りなげな瞳に冷酷な色が浮かぶ。

「支部長さんは自信満々なんですね。すごいです。あなたのような一般人がいるとは思いませんでした」

 ざあ、と風が吹く。

 けれど双葉は目を逸らさない。

「……私があなたに危害を加えないという自信はどこから?」

「危害を加えたら、うちの社員があなたに何かすると思いますが」

 すんなりと言われて、松本は表情を元に戻した。

「そうでしょうね。

 ……でも、グリードが食いだめていた魂すら消し去ってしまうなんて……支部長さん」

 松本は名刺を取り出す。

「もう魂も半分くらいしかありませんが、何かあれば連絡してください。依頼も、引き受けますので」

 名刺には松本の本名ではなく、あだ名のようなものが書かれている。双葉は受け取ってから小さく言った。

「悪かったわね。自分の手でやつを倒せなくて」

「っ」

 ぎくっとしたように松本が身を震わせる。そして困ったように笑った。

「ほんと、あなたみたいな人間は初めてですよ」



 アンヌに破壊箇所を細かく報告をすると、あとはなんとかしてくれるという返事がきたのでほっとした。

 広島駅のトイレの洗面台で、軽く舌を出す。あの文字はクゥにやってもらったものだ。アンヌの案だったが、これがあって本当によかった。

 双葉自身にはそもそもなんの力もない。だから、身を守れるものを一つだけでもということだったのだ。だが道具では取り出すロスが生じる。だから、「これ」になった。

 一度しか使えないものだったようで、完全に消え去っている。

 帰りは新幹線を使うことにしたが、指定席にしているので席については安心だ。

 トイレから出て駅を見回す。

 ……確かに戦争はあったのだ。そのことを双葉は忘れていないし、今後も忘れないだろう。

 霊感がある者には、この土地はどんな状況に見えているのだろうか。気にはなったが、すぐに思考を切り替えた。

 駅弁を抱えているシンが大きく手を振っている。

「フタバ~! こっちこっち!」

「シン、や、やめなよ~」

 止めようとおろおろしているマモルがなんだか不憫だ。というか、目立つし恥ずかしい。

「指定席なんだからちゃんと行けるわよ。座って待てなかったの?」

「うん!」

 うんって……。

(小学生みたいな返答してんじゃないわよ)

 ぎろっと睨むとマモルがびくっとするが、シンはにこにこと笑顔のままだ。なんだか機嫌がいいのが余計に不気味になった。

「見送りは不要でしたかね」

「あ! えと、マットモさんだ!」

 シンが明らかに間違えて呼んでいるが、面倒なので訂正はしないでおこう。だが途端にシンが松本にものすごい威嚇をしているのに気づいた。なにをやっているのだ、こいつは。

(おかしいわね、囮として選ばれたことは知らないはずだけど……)

 気が合わないのかしらと双葉が不審そうにしていると、松本は小さく笑う。

「振込みは指定日にさせていただきますね。今回はありがとうございました」

「仕事だから、頭をさげる必要はないわ」

 きっぱりと双葉が言うと、松本は驚いたように顔をあげて双葉を見つめた。そして、照れ臭そうに笑う。

「それに、『みえてる』あなたにはこの場所もきついでしょ。見送りはいいから早く休めるところに行ったほうがいいと思うわ」

 素っ気無く言う双葉の肩を、シンがいきなり強く掴んだ。

「早く乗ろ!」

「? え、ええ」

 怪訝そうにしながらも、マモルに続いて双葉が新幹線に乗り込んでいく。

 シンは不機嫌そうに松本を見ていた。

「おまえ……嫌いだ。フタバに近づくな」

「あなたに言われたくありませんね、『蓬莱剣のシン』。いいえ、『色狂いのシン』」

「っ! そ、それ、は」

「あなたが女性で良かった……。でなければ、あなたの毒牙にあの支部長さんをかけるわけにはいきませんからね。彼女には恩ができてしまいましたし、個人的に気に入りました」

 微笑む松本に、シンは顔を真っ赤にする。

 そのまま、二人の間を隔てるようにドアが音をたててゆっくり閉まる。閉まった直後、着物姿だった痩身の女性姿だったはずの松本の姿が、黒スーツ姿の若い男性に変化したのだ。

 思わず窓に張り付くが、新幹線が速度をあげてあっという間に見えなくなる。

 シンは悔しそうに拳を振り上げかけるが、ゆっくりとおろす。

(ドア壊したら、フタバすっごく怒りそう……)

 とぼとぼと座席に行くと、足を組んで偉そうに窓際に座っている双葉の姿が目に入った。向かい側にはマモルが座り、みかんを食べている。

 自分が買った駅弁の入った袋は双葉の隣の席に置いてあるので、あそこに座ってもいい、ということなのだろう。

 近づいていくと、双葉が気づいてこちらを見た。そして片眉をあげる。

「なにしょぼくれてんのよ?」

「え? う、ううん」

 袋を持ち上げて座り、膝の上に置く。ちょっとためらってから、シンは双葉を見た。ちらちら、ちらちら。

 どうやらその動作が相当鬱陶しかったようで、双葉がぎらっとシンを睨んだ。マモルは見て見ぬふりをしている。

「なんなのよ! 言いたいことがあったら言えば!? ちょうど車内にほかに人がいないんだから!」

「え、え、と」

「なによ」

「……あの、こわくなかった?」

「主語をつけなさいよ。何に対しての『怖い』なの?」

「…………あたしの、ほ、蓬莱剣、とか。あれ、まだ、全力じゃなくって……」

 もしかしたら双葉とマモルも傷つけていたらと思うと、シンとしては穏やかではいられない。けれど、蓬莱剣はそもそも制御できるような『もの』ではないのだ。

 ああ、と双葉が頬杖をつきながら嘆息した。

「なんか特撮映画見てるような気分にはなったけど?」

「……とくさつ?」

 きょとんとするシンとは違い、意味がわかったらしいマモルがぶっ、と吹き出している。

 わけがわからずに困惑するシンに、双葉は「つまり」と続けた。

「まあ私には意味はわかんないけど、すごいのねってことだけはわかったわけ。それだけよ」

「え? あ、あの、それだけ?」

「ほかに何かあるの?」

「怖くないの?」

「なにが」

「だ、だって、一歩間違ったら、フタバも、マモルも、殺してた」

「死んでないからべつにいいじゃない」

 あまりにもあっさりと言われてシンはきょとんとしてしまう。ぽかんと口を開けていると、双葉はやれやれというように窓の外の景色へと視線を向けた。

「……フタバは、見てないから……こわくないって、言える」

「何よ。怖がって欲しいの?」

「ううん」

 首を左右に振ると、双葉はまた呆れたように吐息を出す。

「じゃあべつにいいじゃない」

「よ、よくないよ!」

 珍しく食い下がるシンに、マモルが「トイレ」と言って席を立った。気をきかせたのだろうが、余計なお節介だった。

「怖くなったら、言って欲しいから! うん!」

「? ……それ言って、あんたに何か得でもあるの?」

「と、得? 損得とかじゃなくて、怖がってる人に近づくのはやっぱり悪いし」

「あっそ」

 相手にしてもらえてないことにシンはどうやら気づいたようだ。双葉の顔を覗き込む。

「……なによ」

「危ないと思ったら、本当に逃げてね! あたしが相手でもだよ!?」

「…………」

 ぱん、とシンの手を双葉が手で払った。驚くシンを双葉は心底嫌そうに睨んでいる。これは……完全に怒らせたようだ。

「逃げてじゃないわよ! あんた物を壊さないと気が済まないわけ!」

「え、ええっ!?」

「怖いとかそんなことばっか気にしてないで、まずは器物損壊をなんとかするように努力しなさい!」


 気をきかせて数分経ってから戻ってきたマモルが目にしたのは、シンの両の頬を抓りあげて鬼のように怒ってイスの上に立って説教をしてる……我らが支部長の姿だった。

 なにがどうやったらああいう展開になるのか……マモルにはさっぱりわからなかった。


***


 事務所に戻って経緯を説明する。

「シンの蓬莱剣は威力が凄いのはわかったわ。予想よりも十倍は強化していても壊れたみたいだし、ケッカイとかいうやつ」

「本来の力を出したら、あんなものではすみませんわ」

 紅茶を出しながらアンヌが説明する。

 ほかの社員は自室に戻っているので、ここには双葉とアンヌだけだ。早々に今回の仕事を終わらせたのは、日本支部が「使える組織」だというアピールのためもある。

「グリードの消滅は、追っていた者たちには伝わっているでしょうし、長崎のほうですが本社に連絡して、その手の使い手を数名向かわせています。

 日本は竜脈や霊脈が多いので、途絶えるとその土地が『悪化』することがよくあるので処置に向かわせましたが、よろしかったですか?」

「リューミャクだかレーミャクだがよくわからないけど、日本がまずくなるっていうのはよくないから、そういうのはあなたの指示が正しいと思うわ。

 そういうのが悪化すると、ヨウマとか悪霊とかが増えるんでしょ? どうせ」

「はい」

 にっこりと笑顔でティーセットを目の前のテーブルに置かれる。

 はあ、と双葉はしみじみとそのお茶の美味しさを堪能する。飛行機で一時間。帰りは5時間以上かけての帰宅……疲れて当然だろう。

「シンはどうでした?」

「どう? なにが?」

「お嬢様を避けたりしませんでした?」

「避けてはないけど、やたら『嫌いにならない?』とか、『怖くない?』とかは聞いてきたわね。なんなの、いじめられてたの?」

「まあ……好かれてはいませんけど、今も。でも珍しいですわね、そんなことをシンがわざわざ確認するなんて」

「知らないわよ。でも、あの剣を使うとしばらく『ビールとかで酔わなくても平気』なのね」

「ええ。一時的に蓬莱剣に蓄積された力が使われますので」

「ふぅん……」

 くす、とアンヌが小さく笑ったので、双葉は不思議になって彼女を見る。彼女は思わずといった感じで「すみません」と謝ってきた。

「お嬢様は支部長に向いていらっしゃるなと思ったもので」

「はあ? ただの代理よ」

「そうですかね……。でも、少なくともシンはあなたを信頼し始めていると思いますけれど」

「信頼ね。べつに何もしてないけど」

 戻ってきたときのことを思い出したのか、アンヌがくすくすまた笑い出す。クゥが皮肉を言うと唇をへの字にして、「フタバをいじめるクゥなんて嫌いだ!」と言って庇っていたあの件のことだろう。

 おかげでクゥがへそを曲げてしまったのだから、面倒なことになった。

「松本怜奈さんに関しては、よろしかったのですか?」

「別に必要なことだとは思わなかっただけよ。でも」

「でも?」

「嘘はつくけど、完全な悪人だとは思わなかった。それだけでいいわ。名刺ももらったし、何かあったら使えばいいでしょ」

 アンヌは双葉の言葉に完全に絶句してから、それからふんわりと微笑んだ。

「本当に、お嬢様は優秀でございますね」

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