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壱 ―3

「? フタバ、なにしてるの?」

「なんでもないから続けなさい!」

「ん? うん……なんていうか、存在がうっすい」

「うすい?」

「それは俺も思いました、支部長」

 マモルまで言う。

 しかし双葉には二人がそう言っても、よくわからないのだ。うすい? なにが?

「とりあえず地図は買ってあるし、めぼしいところはちょっと歩いてみて回りましょう」

 双葉の提案に二人は頷く。シンも元の雰囲気に戻ったので、双葉はほっと安堵する。

 元来た道を戻り、地上へと出る。空は淡い青で、快晴とは言えなかった。

「東京と違って建物、あんまり高くないから変な錯覚しちゃうね」

 シンの言葉にどう返すべきか悩んでいると、携帯電話が鳴った。アンヌからだ。

「もしもし、双葉だけど」

<お嬢様、ご要望通り、現時点での情報をお伝えに電話をしました>

 ゆ、優秀すぎる、と双葉は思ってしまうがそうでなければ会社としてもだめだろう。

<依頼者の松本怜奈様ですが、こちらの素性などはよろしいですか?>

「今は直接関係ないのはいいわ。ターゲットの『グリード』のことを優先して」

<承知しましたわ。うちの会社の者に優秀なダウジング使いがいるので追わせておりますが、『グリード』は広島市の中区へ向かっているようですわ>

 なかく?

 地図を開いて確認する双葉は、わりと近くだと判断する。

<平和公園に向かっているようです>

「平和公園?」

 なんでそんなところに。

 不思議になる双葉だったが、隣のシンがざわりと奇妙な気配を発した。マモルもだ。

「マモル……なんか近くに『いる』ぞ」

 シンの囁きは、恐れでも高揚でもなく……ただ何か気持ちの悪いものを発見したとばかりの声だった。マモルが頷き、いきなり双葉を脇に抱えた。えっ、と双葉が思う間もなく、一瞬でビルの壁を蹴り上げて二人は建物の屋上へと着地する。

「………………」

 唖然とする双葉は思わず携帯電話を落としそうになってしまう。その電話をシンが奪った。

「アンヌ、『グリード』かはわからないけど、気持ち悪いのがいる!」

<間違いなく『グリード』ですわ。シン、そこから確認できます?>

 二人は双葉を抱えたまま跳躍した。そして路面電車が走っている表通りまで戻ってくる。

 屋上から下の様子を三人はそっと覗いた。双葉はごちゃごちゃと人が行き交っているようにしか見えないが、シンとマモルは一瞬で目的の相手を見つけたようだ。

「いた! えと、なんだ? 普通に歩いてる! け、ど、なんだ? なんか、きも、ち、わ、」

 徐々にシンの言葉が途切れていく。とうとう彼女は蹲り、口元をおさえた。なにが起こっているのか双葉にはわからない。マモルを見上げるが、マモルにもよくわかっていないようだ。

「ぎ、え」

 呻きに近い声をぎりりと軋ませた歯の間からシンが洩らした。

「は、吐きそう……」

「えーっ! ちょ、マモル、ビニール袋用意して!」

「ええっ!」

 慌てる二人だったが、ふいに双葉は携帯電話を取り戻す。

「アンヌ、シンが気持ち悪くなって動けなくなったわ。どういうことかわかる?」

<見えてはいませんが、『グリード』が何をしているか本能的に気づいたのでしょう>

「……なにって、魂を喰べてるんじゃないの?」

 ただそれだけではないのか?

 つ、と双葉の頬に汗が流れる。もしも見えていたら? そう思うと恐ろしくなる。

<お嬢様、日中にシンを戦わせても構いませんが、『グリード』をひと気のない場所におびき寄せなければなりません>

「そんなのどこにあるのよ! ここの周辺は人があふれ返ってるのよ!」

<マモルに特殊な符を持たせています。さすがに平和公園で暴れて破損したら、弁償代金が洒落になりませんもの。別の場所へ誘導するように今から言うとおりにしてくださいませ>

「わかったわ」

 頷き、シンに向き合う。

「シン、移動するわよ。立てる?」

 う。もうちょっと優しい声をかけてあげるべきだっただろうかと、ちょっと思ってしまう。双葉はどうしても口調が厳しいものになってしまうのだ。そういう口調なのだから意識しないと変えられなくて損をしているとよく言われるが。

 俯いていたシンはぐっと顔をあげた。真っ青だ。

「っ、し、シン!」

 慌てて双葉が覗き込む。

「顔色が酷いわ! マモル、ちょっとここで休んでから……」

「ううん、大丈夫だよ」

 明らかに無理をしているとわかるような声音で言われて、双葉は硬直してしまう。自分はシンのことも、マモルのことも……それほど親しいわけではない。

 だから彼らが何を思っているか、抱えているかなど…………わかる、わけが。

「ないでしょうがああああ!」

 悲鳴のような大声をあげた双葉にマモルもシンも驚いて目を見開いている。双葉はマモルの腕から逃れると、二人をその場に正座させた。

「あんたたちはなんなの!」

「え? え、と……柳シン、です」

「ちがうっ! そうじゃなくて、あんたたちはうちの、日本支部の大事な戦力で、社員ってことよ!」

 ぱちぱちと二人が瞬きをして、顔を見合わせている。

「今までどういう扱いを受けてきて、仕事してきたかなんて私は知らないわ! 私はね! 今回がまともにやる仕事第一号なの!」

 こくこくと二人は素直に頷く。

 双葉は腕組みして、二人をこれでもかというくらい見下ろした。いや、みくだした。

「つまりはね、社員に無理させてこき使って、非効率的なことを私はしたくないのよ」

 双葉が腕組みをといて、それぞれに人差し指を向ける。

「無駄なことがだいっ嫌いなの! わかった!?」

「は、はい」

 二人が同時に深く頷く。よし、とばかりに双葉はシンの前に屈んだ。

「どうして体調がおかしくなったか原因はわかる? 少し休めばよくなる?」

「え、と」

 シンは顔を近づけられたせいか、顔色が少しだけほんのりと赤色になっている。

「少し、休めば。たぶん、蓬莱剣がすごく反応しちゃったのかなって、思うから」

「そう。じゃあ少しここで休みましょう。

 マモル、アンヌにもう一度電話をかけるわ。見張ってて」

「は、はいっ」

 双葉は早速携帯電話と地図を持って、二人から離れていく。もうひとつ、スマートフォンも持ってるので、何かに使っているのだろう。

 マモルは正座を崩して座っているシンに、なんともいえない表情を向けている。

「す、すごい支部長が来たね」

「うん」

 マモルは別の支部で数度しか依頼をこなしていない新米だが、シンは違う。それだけに、ショックは大きかった。

 シンは風におさげ髪をなびかせながら毅然とした顔をしてアンヌと通話している双葉をこっそりと盗み見た。

「フタバは、一般人だっていうし……こっちの業界のことに詳しくないからってクゥは言って馬鹿にしてたけど」

 それは違う気がする。

 確かに彼女は、彼女の知らない世界が多い。こちら側に本当に偶然に踏み込んできただけの一時的な支部長だ。だけど。

 膝を抱えるシンは目を細めた。

「…………やばい」


「スマホのアプリで上空写真は確認したわ。地図と照らし合わせて、うん、ここへ誘導ね? マモルが持ってる符だと確実に『グリード』はくるのね?」

<ええ。お嬢様、さすがでございます。その場に居合わせられないのが残念でなりませんわ>

「あのね……シンがいきなり体調不良になったり、ここで私までうろたえても意味なんてないでしょう!? やるべきことをやって、さっさと東京に帰るに限るわ」

<…………お嬢様、すごいですわ>

 なぜかぽかんとしたように言われて双葉はさらに不機嫌になる。だがあえて何も言うまい……。

<マモルに囮役をしてもらい、シンとお嬢様は先回りを。マモルから黄色い符をもらってくださいませ。それで結界を作りますので>

「そのケッカイとかいうのもよくわからないのよね……一般人の目にさらさないようにとか、胡散臭い!」

 電話の向こうでクゥが「ぶっ」と吹いたのが聞こえた。どうやら近くで会話を聞いていたようだ。

<そういうものなのだと理解してくださいませ。お嬢様、なるべく破壊するものが少ない場所を選びましたが、シンが我を失ったら止めるのは大変なので……疲れるまで放置しておいてくださって構わないので>

「……なんなのその獣扱いは……」

 通話を終了させて、双葉は二人のところに戻る。……なんだ、あの珍獣を見るような目は。

(悪かったわね。どうせ私はただの一般人よ)

 効率が悪いのが嫌いだと言い切ったのはいいが、彼らは数をこなしているのだ。双葉よりもこの界隈では『先輩』になるのか。

 だが真っ青な顔で「大丈夫だよ」とか言われても説得力は皆無だし、そうかと頷いて「やれるな」などと言えるほど双葉は慣れていない。そもそも、体調が悪い人間に無茶をさせていいことがあるとは思えなかった。

「ん? 少しは顔色戻ったわね」

「うん。フタバのおかげだよ!」

 元気よく言われても……と目を細めて嫌そうにしてしまう。シンの元気さはちょっと……引くレベルだ。双葉は苦手なのである。

「そ、そう。それはよかったわ。

 じゃあちょっと、作戦を説明するわね。アンヌの話だと、昼間のうちに決着をつけたほうがいいみたいね」

 広げた地図を三人が覗き込む。

「今あたしたちがいるのがここ。ここは繁華街みたいなところなのよね。周辺にもデパートとか多いし、この周辺からは早々に離れるに限るわ。

 あと、ここが平和公園。『グリード』はここも通過予定だけど、逆方向におびき寄せるわ。あいつはどうせ広島中を歩き回るのが目的らしいし。

 マモルは符をもって、『グリード』をおびき寄せて。あたしとシンは先回りをして、ケッカイというのを張っておくから」

 うまくいくなんて思っていない。双葉は現実的だ。

 計画通りにいけばいい。だがそうならない場合だってある。その時に自分に何ができるだろう。できることなどほとんどないだからこそ。

(この二人を信頼することだけだもの、私にできることは)

 ぐっと拳を握り締める。そして。

(どうでもいいけど……寒いんだけど、ここ)

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