壱 ―2
広島空港に降り立ち、アンヌの調べてくれたバスに乗って、近くの駅を目指す。
明らかに目をきらきらさせて楽しそうに落ち着きのないシンと、不審者みたいに静かなマモル……引率者にしては一番若い双葉。……心配すぎるメンバーだ。
「ねえシン、シンは日本に来る前はどんな感じで仕事をしていたの?」
話題がないことと、早朝のせいでバスの中には三人しかいない。沈黙に耐えられなかった。
「仕事かあ。言われたことやってただけだね。うん」
「……誰かがナビゲーションしてくれたりとか……」
「全部クゥがやってたし、あたし、暴れてると記憶が吹っ飛んじゃうこと多くて」
てへへと照れ笑いをしているシンを、双葉が信じられないというように青ざめた顔で呆れて見つめる。
「それにさ、あたしとクゥは上海だったし、敵の動く範囲ってそんなに広くないっていうか」
「?」
「日本に来て思ったけど、すごく不思議な国だなって思うよ」
うまく言葉にできないのか、シンが小言でぼそぼそ言う。すぐ後ろに座っていたマモルも軽く頷いた。
「なんていうかな、この国って統一感がないんだよ。ほかの国の何もかもを受け入れてしまうっていうか……だから、なんていうかここに妖魔は来ちゃうんだと思う」
うー、説明むずかしいなあとシンはもぞもぞしている。要するに、他国の文化などを取り入れている日本には、これといって主流になるような何かがない
「え、と」
駅に到着してから今度は広島駅へと向かうべく乗り込む。
東京育ちの双葉からしてみれば、電車が一時間に数本しかないことに驚きを隠せない。
二十分ほど待って広島市行きの電車に三人で乗る。時間帯からして人がまばらにいる。なるべく目立たないようにと三人で並んで座っていたが……やはり無理があるようだ。
「支部長、広島駅に着いたらどうするんです?」
控えめに小声で心配そうに尋ねてくるマモルに、双葉はカバンから手帳を取り出す。
「依頼人からの要請で、まずは広島駅に出迎えが来るそうよ。ここには不慣れだし、『グリード』が今どこにいるのか私たちは把握していないわ」
迎えが来るだけましだと双葉は思った。依頼しただけで放置されることも視野に入れていたのだから。
広島駅に近づくにつれ、乗客も増えていく。銀髪に銀の瞳のマモルはさらにフードを強く下に引っ張って顔を隠していた。逆にシンは物珍しそうにきょろきょろしている。
腕時計の時間と、広島駅に到着の時間を確認しつつ、双葉は目を通せるだけのぶんだけの『グリード』の資料に目を通した。
『魂喰らい』と呼ばれる種類の妖魔の大きな特徴は、魂のみを食べるのを目的としているからだろう。だが『魂喰らい』のほとんどは病院近くに現れることが多いという。確かに病院は食べ物としての『魂』を簡単に調達できる場所だ。
人間に危害を加える種類もいるために知られているが、そうでなければ『魂喰らい』たちは見つかることなく過ごしていたかもしれない。
(グリード……かなり厄介な相手になっている理由は、魂を必要以上にたべているからなんだろうけど)
だけど、どれくらい?
色々考えてしまうことはあるが、知識も経験も足りない。
広島駅にやっと到着し、三人は降りて改札口を通った。そしてその改札口を出たところに、松本怜奈は立っていたのだ。
「お待ちしておりました。案内します」
小説やマンガなら、と何度か思った。この仕事をするようになってから。
悪魔とか悪霊とか、そういう不気味なものは、存在は夜に出歩くことが多いから昼間は平気だと。
だがそれは違った。
広島には路面電車があり、今度はそれに乗るという。松本に従って乗り込み、目的場所へと向かう。それほど時間はかからないらしい。
「路面電車、初めて……」
マモルがうずうずしているので、なんとなく心配してしまう。尻尾とか振っていなければいいが……。
松本は三人を見回し、「今からある人物に会ってもらいます」と言った。
「ある人物……本当の依頼者ですね」
「はい。私の使い手であります。彼女は霊能力はあれど、それほど攻撃に秀でているわけでもない……本当に普通の、そういう人間です」
普通の人間が、使い魔みたいなものを作れるだろうか?
双葉としては頭上に不疑問符が浮かんでしまう。
松本の指示に従って電車を降りる。わりと行き交う人も多いが、松本はまっすぐに小道に入っていく。おそらく夜になると居酒屋が一斉に開く区画なのだろう。
ほぼシャッターの閉まった店の前を通り過ぎる三人は、人の少なさになんだか気味の悪さを感じる。いや、だがこういう光景はどこにでもあるのだ。
松本は地下へと通じる階段へと促す。先頭を歩くのはシン、次に双葉、最後にマモルだ。
地下はほぼ倉庫のようになっており、その一部屋のドアをノックもせずに松本が開けた。
室内に明かりはなく、双葉は目を凝らす。だが何かがいるのはシンが片手を双葉の前に出したからわかったことだ。
松本がその場で消え失せ、そこにははらりと人に似た形の紙が落ちているだけだった。
毛布のような、汚いタオルケットをかぶった何かが蠢き、立ち上がった。瞬時にシンの雰囲気が変わった。ゾッとする色気に当てられて双葉の意識がぐらりと揺れる。
「待ってください、待って」
気弱な声の主はタオルケットから顔を出した。お世辞にも美人とは言えない。顔色も悪く、目も落ち窪んでいる。
「妖撃社の、魔剣使い……?」
「ええ」
頷いたのは代表者として双葉だった。肯定に痩身の女は安堵して、それからうずくまる。
「そうか……あなたたちは霊力がないのね。なくて、本当に良かったわ」
まるで皮肉のような言い方に、双葉は引っ掛かりを覚える。
「あなたが本物の松本怜奈ね? こんなところで何をしているの?」
無言になる松本がそっと近づいてきた。警戒するシンに無理に微笑み、それから一枚の符を取り出す。クゥがよく使うものとは描かれた文字が違っていた。
双葉の目元部分にそっとその符を近づけて何か呟く。そして符を一瞬で消してしまった。
変化は、ない。
なにも、だ。
怪訝そうにしていると、部屋の奥に何かがいるのが見えた。
子供だ。幼い兄と妹だろう。たぶん、「だろう」なのだ。皮膚は焼け爛れ、ほぼ黒ずんだ塊のようにしか見えない。そんな黒い塊が室内のあちこちに、いる。
「防空壕だったのかもしれないけど、私にはわからないの」
松本がなんだか辛そうな顔をして、三人に部屋を出るように促す。出た瞬間、双葉が軽く悲鳴をあげる。あちこちにみえる物体は、人間なのか、それとも。
「ああ、あなたへの術は解いておくわ」
松本は人差し指と中指をすっと双葉の瞼に触れさせて、離す。途端、何も見えなくなった。幻……ではないと思うが。
「奥の2つ先の部屋には一応結界を張っているの。そこで話をさせてくれる?」
三人は松本の言葉に頷いた。
明かりひとつない廊下を歩く。天井にあるべき電灯は壊れていて、直される気配もない。しかしシンもマモルもこの暗闇も見通せているようだ。マモルは明らかに瞳が金色に変色しているし、シンはシンで足取りに迷いがない。
足音が四人分しか響いていないので、ほかに人はいないのだろうか……。
松本はドアの前に立ち止まり、開く。「どうぞ」と皆に中に入るように精一杯微笑む。もしかして、表情を動かすのが苦手な人なのかもしれない。
中は一時的に住めるようにと簡易コンロややかんも見える。寝袋のようなものも。
なんとか座れるようにと、マットのようなものを奥から松本が引っ張り出してきた。
「こんなところでごめんなさい。ほかに場所がなくて」
謝る松本に、双葉は意を決して尋ねた。
「事情を聞かせていただけますか」
「はい」
松本は頷いた。
双葉を挟むようにシンとマモルが両隣に座るので、狭い。なんとかならなかと双葉は思ってしまうが、彼らなりに松本も警戒しているのだろう。
「『グリード』については私も詳しくはわかりません。ただ、やつはこの地に害をなそうとしています」
「害、とは? 資料によれば、『グリード』は生きている人間に害を出しているという報告はあがっていませんけれど」
「…………」
少しだけ無言で軽く俯いたのは一瞬で、松本はまた無理に笑う。
「広島と長崎に核が落とされたのは、ご存知ですよね」
「え、ええ」
「私の祖母はそこで被爆したんです。だから私はたとえ『よくはなくても』それがありのままの姿だからなんとかしたいと思って、妖撃社を頼りました。
胡散臭い名前だけど、ここ最近業績を伸ばしてるところだって島根の友人も言っていたので」
「……引っかかる言い方をしますね、松本さん。よくはなくても、とはどういう意味です?」
「あなたがた三人に霊感がなかったのは幸いでした。身を守るすべを持たない霊能者は広島に来るのを嫌うんですよ」
柔らかい、というよりは力のない笑みだった。
「私は祖母からしか話を聞けていませんし、まだ外はなんの変化もありません。ここにはまだ『グリード』がきていませんから」
「? どういう意味ですか?」
「先ほどあなたにわざと見せた光景は、地上ではもっとひどいものなんです」
「え……」
「『見えないほうがいい』とよく言われますが、まさにその通りなんです、ここは」
聞かないほうがいい、そう判断して双葉は続きを促す。
「私も正直、『グリード』についてはあまり知りません。それほどあなたたちの業界に精通していませんしね。
それに関わりたくもなかった……。でも、結局はこうして関わってしまっている」
「松本さんの依頼は、『グリード』を退治することでしたね。なぜ魔剣使いでなければと?」
「友人の助言なんです……まあこれも、予想、というか……よく『視える』知り合いがいて、そのつてで」
よくわからない。
(誰か解説して……説明してくれないとこういうのわからないわよ……)
むぅ、と唇をへの字にしているが、シンもマモルも説明してくれないし……そういうタイプではないのだろう。せめてアンヌがいれば……。
(『グリード』は本当に生きてる人間に害をほとんど出していないせいもあって、それほど危険視されるタイプの妖魔じゃないはずなのに……なぜかランクはA。最高レベルSに近いAなのよね)
広島に来ている間に、集められるだけ情報をとアンヌに頼んではきたが……果たしてどうなることか。
「『グリード』は、生きているものの魂もたべますから」
「え?」
いや、それは、そう……だろう。
なんだか一瞬背筋がぞわっとしたのだ。怖い、のとはちょっと違うような。
「今もあいつは広島のどこかをうろうろして、魂を喰べていると思います。際限がないと、友人は言っていましたし……私も、目の当たりにしたので」
「見たんですか?」
「はい。私は長崎にいたんです。事情があって、そちらに、その友人と」
「…………」
「そこで……『グリード』に遭遇したんです」
「なんか、へんだ!」
シンが突然大声でそう言うなり、松本を指差した。
「あたしは日本語がそんなにうまくないけど、説明がわかりづらい!」
(あんたそんなはっきり……)
空気を察しなさいよと心の中でツッコミを入れたかったが、双葉としてもあまり時間を費やすのは好みではない。
「あいつは地縛霊を、いえ、核で死んだ魂を中心に喰べていたんです」
(! そういえばあいつは扮装地帯によく出ていたとあったわね……。でも理由がいまいちわからないというか……。味でも違うのかしら)
うーんと考えていると、松本はタオルケットに包まれたまま申し訳なさそうに頭をさげた。
「やつが最終的に来るのはこの近辺だと思っているのですが、それ以上は……。こんな曖昧な情報しかなくて申し訳ないのですが、引き受けてもらってもよろしいですか?」
引き受けたから飛行機代まで払ったのだ! 今更帰れるわけがない。
(それに策がないわけじゃないわ)
双葉は「引き受けたからにはやり遂げるわ」と言って立ち上がった。松本はほっとしたように微笑む。
なんだか、奇妙だった。
「……どうしてあなたはここにいるの。霊能者は広島には来たがらないんでしょ」
「そうですね。『あのとき』に死んだ魂がたくさんいますし、見ているとかなり精神的にきますから。
でも、ここは私の祖母の生まれて死んだ場所。……大切なんです」
「…………そう」
双葉はきびすを返し、立ち上がって部屋をあとにした。マモルとシンが後ろをついてくる。
「ちょっと! どっちか前を歩いてよ! 私は暗いと見えないのよ!?」
「ご、ご、ごめん支部長」
マモルが慌てて双葉の前を歩きだした。背後を歩くシンは何度も振り返る。
「? どうしたの?」
「……フタバ、あのひと、なんなの?」
「は?」
意味がわからずに肩越しに振り向いてぎょっとする。シンは一度はおさまっていたはずなのに、あの色香が全開状態になっていた。
怪しげな雰囲気と、威圧感。焦る双葉のほうを彼女は見てきた。目が合っただけで虜にされそうで、双葉は「ぎえっ」と声をあげて両腕で顔の前をガードした。




