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壱 ―1

 季節は冬になろうとしている。温度も徐々にさがり、コートを着る者も増えてきた。

 芦原双葉が妖撃社の日本支部の部長代理になってからそれほど時間は経っていない。

 その日のうちに自己紹介を済ませ、歓迎会となったわけだが、双葉の受けた印象は……まず、一番最初に会った柳シン。……酒好きのバカ。

 次は眉目秀麗だが明らかに腹黒の子供、クゥ。偽名ですと本人は言っていた。

 パーラーメイドをしていました、という自己紹介をしたのはアンヌだ。客間女中のことらしいが、どう見てもヨウマとやらと戦えるとは思えない。

 そして最後、大き目のフードつきの灰色のパーカーを来た、もじもじした長身の青年……露日出マモルは見かけだけならこのメンツでも一番だったと言えなくもない。

 つゆひじ、という読み方をするのでみんなからはマモルと呼ばれていた彼は、双葉の前で恐る恐るパーカーをとった。長い銀髪だった。日本人の容姿なのに。

 だがその頭に、耳がついているのだ。本来あるはずの人間の耳の部分は髪で隠れていて見えないが、頭の両脇に、獣の耳があった。ちなみに尻尾も。

 狼人間、らしい。しかも……呪われてこうなっているのだとか。

 他にも清掃担当や、あれこれいるらしいが、攻撃主体として依頼をこなすのは……このメンバーとなるらしい。

 全員分の履歴書……というか、データ表をアンヌからもらって、あとはいまだに捕まっていない凶悪な妖魔に関しての資料を双葉は学校に持ち込み、休み時間に目を通していた。

 昼食もそれを見ているため、さすがに友人の美由が心配そうに声をかけてくる。双葉は意外にクラスでも目立ちもしない、普通の生徒だったのだ。

「葦原~、最近ずっとそれ見てない? なんのベンキョ?」

「経営」

「は?」

 首を傾げる美由に、双葉は渋い顔で尋ねる。

「個性的すぎる従業員をまとめる簡単な方法ってないかしら?」

「あ、葦原って将来どういう商売しようとしてんの?」

 ……心配されてしまった。


 双葉が日本支部長になっても相変わらず兄からの連絡は途絶えたままだ。やれやれと思いつつ、帰りにまた会社に顔を出さねばならないかと思うと気が重い。

 そもそも妖怪や幽霊など、最近まで遭遇すらしたことがなかったのだから。

(そもそもこの、超Aとか、Sランクの妖魔がこんなせっまい島国に来るとは思えないんだけど)

 よく日本を舞台にした小説を読むが、こんな狭い国に魅力があるとは双葉は思えなかった。かと言って、他にどこの国がいいかと問われても答えは持ち合わせていないのだが。

 歩道を歩きながら、儲けのことも考えなければならないことに頭が痛かった。

 悪霊にとり憑かれていると思い込んでやって来る客も確かに多いのだが、それを「いませんよ」と追い返すのは商売とは言わない。

 安心を売るのも商売なのだ。ここで一番役に立つのがあの腹黒のクゥなのだから厄介だ。本当に子供かと疑いたくなるほど知能は高い。

 メンバーがメンバーなのだから、胡散臭さはかなり高い。

 入り組んだ道の先にある二階建てのコンクリートの建物。一応「妖撃社」と出てはいるが、小さな看板だ。……これもまた、胡散臭さ倍増である。

 二階の事務所に入ると、アンヌが「お帰りなさいませ」と出迎えてくれる。ここに常時いるのはアンヌくらいだ。他のメンバーは自室にいることが多い。

 まず事情が一番複雑なシンは部屋でほとんど寝ているらしいし、クゥは他人と群れたがらない。マモルに至っては、あの外見のせいで外には出たがらない。

(ひきこもりばっかり……)

 うんざりである。

 支部長席に座る双葉は、アンヌの入れたハーブティーを飲みつつ、差し出された書類に目を通す。

「タイをうろついていたスネーカーを倒した? 妖撃社ってアジア圏内にだけしか出さないのは人手不足だから?」

「質問に一つずつお答えしますわね。通称・スネイカーと呼ばれる妖魔は本部が出した少数精鋭の手によって仕留められましたわ。

 もう一つは、お嬢様のおっしゃるとおりでございます。妖魔と戦える人間は極めて少ないので、いつでも人員募集中でございます」

「……スネイカーね。安直な名前なのはどうかと思うけど、なかなかえぐいのね……」

「お嬢様、妖怪、悪霊、幽霊など、人ではないものをまとめて『妖魔』と総称していますが、人間と同じで『種類』が色々あるのです」

「スネイカーは、いわゆる極悪犯ってやつなのよね」

「はい」

 双葉はやれやれと嘆息してしまう。

 人間の社会の闇に、いや、紛れていない妖魔もいるけれど極悪な連中どもは必ずこうして手配者リストにあがってくる。

 もちろん、敵も強いために倒すための報奨金も高い。会社ではあるので一定の給料は出るが、このような特別な極悪妖魔を倒せばいわゆる「ボーナス」が付加される。

 それに何もこのような妖魔を倒すのは妖撃社だけではない。個人でやっている者もいるし、徒党を組んでいる者たちもいるだろう。

 知らない世界のことで余計に気分が悪い。専門家でもないだけに余計にだ。

「あら」

 アンヌが顔をあげて振り向く。コンコンと控えめにノック音がした。そして次にドアの開かれる音。

 そそくさとアンヌが出迎えに行く間に、応接用としている衝立の中にあるソファに座る。机を挟んだ向かい側には依頼人が座るのだ。

 いつも思うのだが、制服姿の支部長が面談をするというのも双葉はあまりよくない気がしているが……ほかの面々にそれをさせるわけにもいかないだろう。

 心の中で行方知れずの兄を呪いながら、「こちらです」とアンヌに案内されて衝立から顔を覗かせたのはまだ若い高校生くらいの娘だった。

 化粧もあまりしておらず、真っ黒な長い髪は首の後ろで一つに縛っている。

 双葉の姿を見て少々戸惑ったようだが、アンヌに促されてソファに腰掛けた。

「ようこそ妖撃社へ。ご依頼内容を伺います。私は日本支部の支部長をしている、葦原双葉と申します」

 営業スマイルをするのもなかなか辛い。双葉は元々怒っているように見えるような無愛想顔だからだ。

 姿勢よく座った娘は、軽く頭をさげた。

「松本怜奈と言います。こちらには友人からの紹介できました」

「ご友人?」

 それほどこの会社にネットワークらしきものはあっただろうかと双葉は不審になる。

「島根の出雲にいる霊能力者なのですが、本人は名前を伏せることを希望しているので言えません。今回の依頼内容は、こちらに魔剣使いがいると聞いてのことです」

「確かにうちには魔剣使いはいますが、本部にもいますが」

「いえ、友人いわく、その魔剣使いでなければ無理だと言われたのです」

 蓬莱剣の威力は確かに凄まじいと聞いている。彼女の給料はその破壊された建造物の修復にほぼ使われているというし。

 アンヌが双葉と依頼者用にとお茶をそれぞれ用意する。双葉をそれを見計らい、依頼人に「どうぞ」と促す。

 松本怜奈は頷き、「来ていただきたいところがあるのです」と切り出した。

「場所は広島。島根と隣接していながらも、日本国で最悪の場所とされているところです」

「広島……」

 脳内で旅費を考えてしまうあたり、もしやこの仕事に慣れてきてしまったのだろうか……。

「友人では広島には近づけないのです。そして、そこに今、困ったことが起きています」

「国内にはほかにも霊能力者などもいるのでは……」

「霊能力では太刀打ちできないのです」

 松本は写真をハンドバッグから取り出して、机の上に置く。アンヌが少しだけ顔をしかめる。

 写っているのはやけに痩身の男だった。全身に刺青がある。

「『大喰らい』……グリード」

 アンヌの呟きに、松本は頷く。アンヌは一枚の資料を双葉の前に置く。そこにさっと目を通す。中国で『大喰らい』という異名をつけられているのは一人だけだ。

 見た目がなんとなく「蛇」のような印象を受けた。前傾に写真に写っているせいもあるのかもしれないが。

(内紛が起こっているところを転々と移動した痕跡あり……。『魂喰らい』?)

「広島と長崎……やつは先に長崎に現れたのです」

 どちらも核が落とされた場所ではないか。

「現在は広島にいます。足止めをしているのもあと1日が限界かと。なるべく急いでやつを退治しなければ……長崎の二の舞になると」

「長崎では何が?」

「支部長、おそらく長崎はいま霊的に機能していないのでは?」

 アンヌの言葉に怪訝そうにしてしまうが、松本が頷いた。

「そのとおりです。霊もこの世界の『一部』。グリードは内紛場所や、貧困で喘ぐ国に現れることが多い……」

 なんだろう。嫌な汗をかいている。背中を伝う汗がなんだか気持ち悪い。

 魂喰らい? 確か、生者も死者もわけ隔てなくその魂を摂取する妖魔だったはずだ。おそらく生者にするか、死者にするかは本人の好み次第ということだろうが。

「グリードを倒して……いいえ、殺していただきたいのです」


 依頼を引き受けることにしたのはアンヌの助言もあったからだ。

「危険すぎやしないかしら」

 腕組みをして椅子に背を預ける双葉は、また溜息をついてしまう。時間の猶予はないという。そもそもおかしいのだ。

「『グリード』を専属に追ってるハンターくらいいるんじゃないの?」

「お嬢様、『魂喰らい』は霊能力者と魔物の混血児なのです」

「は?」

 アンヌは手近な棚からファイルを持ってくる。開かれたページには、簡素ではあるが人間を大口を開けて丸呑みにしている絵が描かれている。

「魔物の中にはこうして人間そのものの捕食するタイプもおりますが、中には霊能力を持つ供物とされた人間を犯して子供を作る場合がありますの」

「ぐ、グロいのね……」

「こういった混血は新種が多く存在しますから、いまだに謎も多いのも事実。ですが今回は狙いもわかっていますし、場所もわかっています。

 ただ」

「ただ?」

「先ほどの依頼者、ひとではありませんでしたわ」

 え、と双葉は目を見開く。どこをどう見ても人間にしか……見えなかったのだが。

「急を要するのに、広島から東京までいちいち来るとも思えませんわ」

 そう言われればそうだ。電話一本で済む話である。

 わざわざ来る必要性がある……いや、もしや。

「うちに断られるのを防ぐため……かしら?」

「そうとも思えますわね。それに、あの使い魔を飛ばした方が動けない状態にあるのやもしれません」

 それは考えられる。双葉としては経験の浅さから判断しかねていた。

「状況の情報が少なすぎるし、情報収集する時間もないわね。引き受けてしまった以上、やらなきゃいけないし……」

 考えてみればこれは双葉が代理になってから初の大仕事になる。悩んでいると、くすくすと小さな笑い声が響いた。衝立の向こうから顔を覗かせたのは、予想通りクゥだ。相変わらず腹が立つ美少年面だ。

「こちらの人材不足がかなり悩ましいですね、フタバさん」

「クゥ……」

「日本の神道や、独自に発展したものを知る人材、欲しいですねえ」

 ちょこちょこと歩いて、アンヌの横に立つ。

「それで、大型の依頼が入ったようですがフタバさんとしてはどうするんです? 情報も少ないし、この事務所を空けるわけにもいかないし……どうします?」

「ぐっ」

 人数の少なさには本当に痛手だ。

「アンヌ、広島までは飛行機で行くわ。シン、それに私、マモルを連れて行くわ。ここの留守はアンヌに任せる。簡単な仕事なら、クゥに一任するわ」

「ほう」

 クゥはなんだか不思議そうな顔をしてからにっこり笑った。

「なかなか妥当な指示ですね。地理に不安なシンだけでは心配ですし、フタバさんは身を守るすべがないですからマモルを連れて行くと」

「悪かったわね……なんの力もなくて」

 睨んで言うと、クゥは笑顔を崩さずに可愛らしく首を傾げた。……なぜこの子供はいちいちムカつく動作をするのだろう。

「クゥ、お嬢様の判断は理にかなっています。敵が『グリード』である以上、シンが暴走した場合あなたでは太刀打ちできないのではありませんの?」

「アンヌさんはフタバさんに甘いですねえ」

「クゥはお嬢様をいじめるのがお好きで、趣味が本当に悪いですわねえ」

「…………」

 なんだろう。二人の間で変な火花が散っている気がする……。

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