陸 -4
正面から出てきた双葉に、未星も青年も黙って視線を向けてくる。
「二人とも、ありがとう。未星さんは耳もいいのね」
「当たり前だ」
偉そうに腕組みをする未星に、青年は目を細めている。やはりあまり二人は相性は良くないようだ。
「とりあえず、今のところは……一段落、ということか。わたしとしては、あまり納得できない『経過』だがな」
未星は無表情だが明らかに不機嫌そうだ。双葉は思わず苦笑してしまう。
「でも、未星さんご希望のカムイはたぶん……やって来るはずよ?」
「そうかな。わたしはそう安直には考えない」
きっぱりと言う未星に、青年も頷く。
「それは俺も同感だ、双葉。あいつは一年間姿を現していない。表に出ていないんだ」
「…………」
ふいに、どこにいるのだろうかと双葉は考えてしまう。
妖撃社の本社にいるわけはない。そもそも……。
ちらりと青年を見ると、彼はなんだかちょっと焦ったように視線を逸らした。
「な、なんだ」
ぶっきらぼうに言う様子は、『普段の彼』とは思えないものだった。なぜか頬まで少し赤いし。
「色々ありがとうね」
「……俺だって、ロキたちの悔しさがわからないわけではない」
ぼそりと洩らすが、未星としては胡散臭いようだった。
まあそのあたりは、彼があまりにも用心深いせいもあると思うのだが。
双葉は振り向く。そして仰いだ。
この支部は、ずっと双葉が代理をしてきたことになっていたのだ。
その裏工作は、双葉の実の兄と、この青年のおかげなのだが……。しかし本当に、彼はなんというか……。
(用意周到というか……)
兄は兄で、まだ『あのこと』を信じているようだし……。なにがなんでも双葉を死なせたくないようだ。
一年も放置していたというのにわりと綺麗だったのは、青年が定期的にきて少しだけ掃除をしていたからだった。なんともまめな。いや、そもそも性格はかなり几帳面だったか。
(ぶちぶち文句言うくせに、そういうところは変わらないのね……)
「では、またな」
「え? 帰っちゃうの?」
驚く双葉に彼は小さく笑った。
「時がくれば、また会える」
そう言って彼の姿が気配と共に消える。実際に消えたわけではないのだろう。おそらく未星には見えているだろうし。
(普通の人間っていうのは、こういう時に不便よね)
でも、それでもいいのだ。ソレが、葦原双葉なのだから。
双葉は空を見上げる。
雨の降る空。それは鉛色をしていて、ちっとも気分を晴れさせない。そして同時に、双葉も微妙な気分になった。
ロキが死んだのに、確かに死を悼んでいるというのに……それほど悲しみらしきものがない。
これは彼が奪った感情のせいだろうか……おそらくはその後遺症だとは思うのだが……。
「早く中に戻らないのか、葦原双葉」
声を未星にかけられて「あ、うん」と頷く。
事務室に戻ると、迎えてくれたのはクゥだ。彼はにっこりと微笑む。
「お帰りなさい、フタバさん」
「…………」
思わず未星と同時に無言になってしまう。
「た、ただいまクゥ」
「アンヌさんがいないので、今度から御茶当番は僕ですかねぇ」
首を傾げながら微笑む妖艶な美少年に、なんともいえない顔しかできない双葉だった。
*
まずはマモルの部屋だ。一番近いこともある。
ノックをするが返事がない。マスターキーを使って中に入ると、部屋の中心で気絶している彼の姿にさすがに慌てた。
「……おい、いくらしばらく食べなくても平気とはいえ、水くらいは飲め……」
呆れを通しこして頭痛でもするのか、未星が状態をすぐに把握してそう洩らした。
その次はシンの部屋だ。ドアの前に着く直前にバーンと開き、両手を広げて彼女が「おーかーえー」り、と続けたかったのだろうが、未星が素早く黒い棍棒で足を薙ぎ払って転ばせ、クゥが双葉を後方へと引いた。
強かに顔をぶつけたシンは、痛みに呻きながらも顔をあげる。
「なにするんだよ、二人ともぉ。ひどいぃ」
「不必要に葦原に迫るからだ」
「あなたがなんだか野生の獣に見えました」
と、二人の感想がなかなかにひどい言い草で、シンは言葉をあまり理解できないものの、侮辱されているということだけはわかったようで腹を立てていた。
戻って来たのだと認識しながら、双葉はこれからのことを考えて頭が痛くなってくる。
……やれやれ。だ。




