伍 -2
森の奥へと歩を進めるメンバーは、やはり何度見ても派手な集団だ。ジャージ姿の双葉にそう思われるのも、きっと彼らは嫌だろうが。
イーグルは常に敵を監視するように見ているようで、進む先を示している。リラの張った「結界」とやらのせいで、相手の動きも制限されているうえ、相手も逃げ場がないようだ。
ただし、相手がリラを攻撃、もしくはリラの能力を上回る力で結界を破壊したならば意味はなくなる。
敵。
それは、双葉にとっては特に耳慣れない言葉ではない。
人間にだって外敵は多い。それは、例え同族間でもだ。その最たるものが、「いじめ」ではないか。「差別」ではないか。
べつになんてことはない。突然ふって現れた言葉でもない。敵というものは、どこにでも存在している。それが当たり前の世界なのだ。
徐々に距離を詰めているのがさすがに双葉でさえわかる。それは双葉を護るようにして歩いている部下たちからの圧迫感が変わってきているからだ。唯一変わらないのはロキくらいだろう。
人が踏み込むことを前提にしていない場所だから、歩き難いはずなのにそれも感じない。やはりこれも、部下たちのおかげだろう。
イーグルが足を止めた刹那、全員も同様に止まる。双葉も緊張していたのですぐに止まれた。
「もうここからだとケリーでも狙える射程距離じゃない?」
どこか挑発的な言い方をするイーグルに、ケリーはハッと鼻で笑う。持っている小型銃をくるくると指先で回して遊んでから、唐突に、雰囲気が変わった。
銃口の狙った先は、双葉には見えない。ここからでは、わからない。
ケリーは静かにけれども一度もその構えを崩さない。相手は動いているはずだ。なのにどうして。
じっとまっすぐに見ている彼女は瞬きもしない。ただ、待っていた。そして。
撃った。
本当にそれだけだ。
発射された弾丸は人間の目には見えない。見えないのはわかっているというのに、なぜだろう。きもちわるい。
発射されたその軌跡が、「残痕」している。空中を、そこを進んだのがわかるように痕跡が残っている。そう、空気を、その空間を、突き抜けた傷跡だ。
この異様な光景に双葉が目を見開いた時には、どうやら弾丸が敵に当たったようだ。ケリーが舌打ちする。
「こめかみにぶち当てたのに、まだ動いてる! アンデットなんて報告、受けてないケド!」
「イーグル」
セイロンに声をかけられて凝視していたイーグルが眉間に皺を寄せた。
「アンデットでもグールでもない。そういう依頼じゃないし、敵もそうじゃない」
ならなぜ、というケリーに、リラがしまったというように顔をしかめる。
「ケリーさんの弾丸、『どれを使いました』?」
その言葉にケリーがは、として青ざめた。慌てて彼女は弾丸を詰め直す。何やら特殊なものに変更するようだ。
いや、おそらく先程も何か特別な弾丸だったのだ。だがその効果が出ていないのだろう。
「逃げる!」
イーグルが声をあげると、セイロンがずっ、と足を引きずるように前に出た。彼は両手を長い両袖で隠していたが、やっと見せてくれた。ずらりと符を持った、その両手を。
投げつけた先まで紙が届くわけがないという常識は、通用しない。セイロンの放った符は意志があるように一直線に敵に向けて飛ぶ。
「極小結界だが、それほどもつまい」
セイロンが小さくそう言い、また両手を袖の中に隠した。
双葉の心臓のどきどきが激しくなっていく。ここは本当に自分がいていい場所なのだろうか。彼らが一斉に走り出したら間違いなくおいていかれる……。
イーグルが顔をしかめる。
「これ以上近づくの、どうかと思うけど」
「狙撃で死ぬと思うような敵じゃないデショ」
ケリーの言葉にイーグルは唇をへの字に曲げる。そしてかぶっていた帽子のつばをくいっと下に引くと、その陰になった部分から相手を見据える。
「なら、今度はボクが『戦るよ』」
彼が両手を大きく左右に広げる。それをセイロンが止めた。
「よせ! おまえの攻撃は強力だが相手にこちらの居場所が」
「判明しておりまして」
静かな声に、全員が目を見開く。
空中に人間が浮かんでいる。うろんな瞳をした、前髪も後ろ髪もまっすぐに切り揃えた市松人形のような若い娘が。
あまりにも色白すぎて双葉はゾッとしてしまう。あれは……本当に生きている?
は、と一番に気づいたのは奇跡に近かった。森の木々をぬって、こちらに細い何かが放たれている。物凄い速度で、イーグルを狙っている。
「あぶない!」
うまく言えなかったとは思うが、双葉がイーグルを突き飛ばした。刹那だ、その「線」は双葉を貫いた。
「あ、? が、」
針金、ではない。なんだろうかと思う。うまく息ができない。血は出ていない。
「双葉!」
ロキがそう声をかけてくるが返事ができない。イーグルが尻もちをついてこちらを見上げている。何か言おうとしている。文句だろうか。
「おや、失敗してしまった。そちらの少年を狙ったのに」
別の場所から声が聞こえる。
忍装束の背の高い男が軽く笑う。どういうことだ。敵は一人のはずだ。イーグルも、ほかの者たちも気づかなかった。
リラが眉根を寄せている。
「対魔術……」
「そんなたいそうなもんじゃないんですよ、西洋のお譲さん」
若者はそう言い、それからセイロンを見遣る。
「うちのボスにかけた結界を解いてくれませんやろかね。あんたら殺して解除できる保証がないから、迂闊に手が出せんし」
声が笑っていた。
空中に浮かぶ少女もふわりと降りてくる。その一瞬で、ケリーが弾丸をばづん、と発射していた。早業すぎてわからなかった。
市松人形のような少女の顔の半分以上が吹っ飛ぶ。脳漿を撒き散らし、ぐらんと揺れて「あらぁ」と洩らした。
「残念でした。先程の聖言の弾丸なら、『効きました』のに」
「だろうな」
ケリーは続けて発する。今度は間違いなく首から上を吹っ飛ばした。さらに容赦なく三発目を。
喋ることもできなくなった少女を見て、青年が「あらら」と洩らした。
「うまいことやりますなぁ。予想してましたん?」
「うるせーナ」
二発目に撃ったのがどうやら彼女に致命傷を負わせるものだったらしい。三発目は、それよりは威力が劣るが似たようなものだったのだろう。
ケリーは両手にそれぞれ銃を持っている。おそらく、装填されている弾丸の種類は、「すべて違う威力」を発するものだろう。冷静に相手を見て、彼女は攻撃をしたのだ。
市松人形の少女は動くこともできずにそのまま倒れた。双葉は吐き気がしたが、ぐいぐいと後ろから引っ張られる。抵抗することもできない。
「う、」
くそ、と思った時には場所が完全に移動していた。
森の中ではあるが、そこは開けていた。そこに座り込んでいるのは、一人の少年だ。暗い瞳をした彼は、小さな檻の中に閉じ込められているような、窮屈な姿勢をしている。
彼の周囲には輝く符が何重を待っている。セイロンのものだろう。
黒髪の、黒の瞳の少年だった。全身が黒い。黒のパーカーに、黒のジーンズ。どこにでもいそうな、けれども。
双葉は直感した。
こいつ、人間ジャナイ。
そう、言うなればロキたちのような、異能を持つ者だ。しかも……ロキたちには感じなかったどす黒い部分を感じる。
目つきは鋭くない。ただひどく澱んでいるのだ。
彼は双葉を見遣り、怪訝そうにした。
「にんげん……?」
なぜただの人間がいるのだと彼は訝しんでいるようだ。双葉は体の自由を奪われたまま、そのまま彼の目前までまた一瞬で移動させられた。
澱んだ瞳と、目が合う。
「本当に、人間、だ」
彼は掠れた声でそう言うと、双葉に手を伸ばす。だがセイロンの結界が邪魔でそれを阻まれた。途端、舌打ちする。
「イチョウ、さっさとそいつらを殺せ」
誰に向けて言っているのかわかった。先程の長身の青年だろう。どれくらいの距離があるのかわからない。戦闘が開始されたのだろうか。
気になって森のほうへと視線を動かすと、その視線が動かなくなった。自由を奪われた。完全に、少年を見据えるようにさせられる。
「名は?」
問いかけには応じてはいけない。これはリラが言ったのだ。日本の術の中に、言葉、つまりコトダマを遣う者がいる。迂闊に本名を言うのは得策ではない。
それに、応じて何かが変わるとも思えなかった。
問いかけに問いかけで返す気も双葉はなかった。ただ、睨んだ。
部下から引き離され、なぜそうも、己よりもえらぶった態度で名を問われる必要があるのだ。
人の優劣をおまえが決めるなと、双葉はこれでもかというほど目に力を込めて相手を睨んだ。
少年は少しだけ軽く引き、悩んだようだ。
「これでも、殺気を抑えている。おまえは、馬鹿なのか?」
意味を理解できない双葉は態度を崩さない。
「俺が殺気を本気で放てば、なんの抵抗力もないおまえはその場で全身の毛穴から血を出して死ぬ……。
こう説明すれば、わかるか」
「だからなんだというの」
双葉は怒っていた。そしてどうやら声を出すことができるようになったことにも気づいた。
おまえより力があるんだからひれ伏すのは当然とでもいうのだろうか。馬鹿にするのもいい加減にして欲しい。
初めて「敵」と出会った。おそらくロキたちはこういう敵に出会うのは初めてではない。
おそらく彼らの中では「力」、持っている「能力」でその優劣が決まる。馬鹿馬鹿しいにもほどがあった。
それは、子供が大人に逆らえないという理屈と似ている。子供には、どうやっても大人の持つ大人特有の力には勝てない仕組みになっている。
「あなたは確かに私より強いと思うし、私はあなたの気分次第ですぐにでも殺される。だから言うこと聞けっていうの。あなたの命令通りに」
「……理解、できていないようだ。命令しては、いない。応じなければ殺すだけ」
「だったら殺せば?」
双葉の言葉に少年は不思議そうに瞬きをした。
「あんたらみたいに、力をたくさん持ってる人たちにはわからないわよ。それはね、人間の世界でも同じなの。たくさんのお金を持ってるやつは、貧乏人の気持ちがわからないのと同じ。
それは『同列』じゃないからよ。
でもね、あなた勘違いしてるわ」
「かんちがい……」
「私は確かに人間の一人だし、あなたにとったら取るにたらないクズみたいな存在でしょうけど、あんたに『個』があるように、私みたいなクズにも『個』が存在する。
つまりね、次に捕まえた人間は『私』じゃないってこと。もちろん、その人間があなたに従うかどうかはわからないけど、間違いなく私とは違う名前だし、顔も違うし、声も違う。おわかりいただけた?」
双葉の言葉に、少年は唖然としていた。
しばし視線を伏せ、それからこちらをじっと見てくる。
「『おまえ』を殺した時点で『おまえ』という存在は消える。誰もその代わりにはならない。そう、言いたいのか」
「あなたは私に名を尋ねた。それは『私』という『個』に何か思ったからかもしれないし、ただの暇つぶしかもしれない。
でも、易々と『己が優位に立っている』などと、傲慢な考えを私の前でひけらかすのはやめてちょうだい!」
「死ぬのが、怖くないのか。どんな、ひどい死が、待っているかおまえはわかっていない」
「そうね。後悔するかもしれないし、ここでの発言を嫌というほどやめておけばよかったと反省するかもしれない。あんたの言うとおり、私は酷い殺され方をするんでしょうよ」
死ぬのは怖い。
双葉の囁きに、少年は動かない。
「でも、暴力でおさえつけられて、言うことをきけと言われるのは我慢ならない」
「プライドというものか」
「違うわ。同じことをあんた自身されて、いい気分になると? 自分の身に置き換えて想像してみなさいよ」
「……俺より強いやつはそうはいないと思うが」
「想像力が足りないのね」
そう言われては、少年としても多少はムッとしてしまう。彼は視線を伏せて、双葉の言っていることを想像していた。
圧倒的に自分より強い者に……いるとは思えないが、そういう相手に自由を奪われて名前を言えと……。
正直、腹の底がなんだかむかついたのが感想となった。少年は瞳をあげると、唇を開く。
「おまえたちは俺を退治にきたから名前を知っているはずだ」
「知ってるから、おまえも名乗れって?」
「…………カムイだ」
ぼそりと洩らした彼に、双葉はやはりと納得した。ここで偽の名前を告げるのはよくない。まあどうせ、殺されるとは思うが。




