伍 -1
「ええっ?」
受話器から届く兄の声に、双葉は怒りを覚えた。なんだかよくわからないが、代理をしろと言うのだ。
<いや~、ちょっとこっちで大怪我しちゃってさ。悪いけど、もう発足しちゃうってことだし、頼むよ>
「いい加減にしてよ! 迷惑!」
思いっきり受話器を電話に叩きつけて、通話を断ち切った。
「で」
どうして学校に向かおうとした矢先、変な人たちが待ち構えているわけ?
理不尽に怒りが爆発しそうだった。
「チワー!」
元気に挨拶してきたのは金髪の少年だった。見たところ、自分より少し年上のようだ。
その横には長身の黒髪の青年が立っている。髪が長いせいか、表情すら隠している。
西洋人、と東洋人のコンビだった。
「おたくのお兄さんに言われて迎えに来た、ロキだ」
「…………セイロン」
双葉は顔をしかめると同時に携帯電話を取り出して、ボタンを押していく。
「あ、すみません警察ですか?」
と。金髪の少年にいつの間にか携帯電話を取り上げられていた。
「こええー! なにいきなり通報しようとしてんの!?」
「……そんなの当然でしょ。不審者がいたらおまわりさんを呼ぶのは」
「フシンシャじゃないって! 妖撃社日本支部のね、まだ完全な決定じゃないけど一応仮のメンバーなんだからさ」
「…………やはり不審者だったのね」
「うおおおおい! なんで『やはり』なんだよ!」
唇を尖らせるロキに、セイロンが嘆息してみせた。
「こんな娘が支部長の代理をするのか……不安だ」
「だったら迎えになんて来なければいいでしょ!」
そんな口喧嘩ばかりしていた。最初の三日は事務所の掃除だった。
汚い二階建てのコンクリートの建物を三人でギャーギャー言いながら綺麗にしていった。
その合間にセイロンによるよくわからない説明が幾つもされていた。妖魔を倒すために自分たちは来たのだと。
「てか、そもそも日本支部ってまだ発足決定って段階なんでしょ? 掃除とかしててもいいわけ? 決定が覆ったらどうするのよ?」
双葉の言葉にロキはかかかと笑う。
「そんなことねぇと思うぜ? なにせ、日本って島国は、霊脈や龍脈があちこちに走ってるんだ。
人外の存在にはこれほど居心地のいい場所はないって思ってるしな」
「なんかよくわかんないけど、日本てそんな魅力的?」
「まあ逆に思うやつもいると思うがな」
淡々にセイロンが言う。するとロキがむすっとしてしまう。
掃除も終わり、四日目になった頃、兄から電話がかかってきた。同時に、ロキとセイロンにも緊急の連絡が。
それが双葉が代理で受けた、最初で最後の依頼となった。
*
緊急的措置として、本部から数人増援が送られた。
帽子をかぶった見た目は明らかに十代前半の少年、イーグル。
ガンマンのような出で立ちの釣り目の金髪少女に、メイド服姿の娘。この三人が追加された。
「え、えっと」
全員に注目されている中、ロキが双葉の頭をぐりぐり撫でてみんなに紹介する。
「支部長代理をしてる、双葉だ! ちびっこだし、知識ほとんどねーけど、オレらの代表だからな!」
「そういうことだ。彼女の決定がすべてなことには変わりはない」
セイロンまで言うものだから、双葉は余計に緊張してしまう。
半ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、イーグルは「フーン」と唇を尖らせた。
「仕事の邪魔さえしなければそれでいいよ、ボク」
「同様ネ! ワタシも、邪魔さえしなければそれでいい」
そう言ったのはガンマン風の格好の少女であるケリーだ。小さく笑ったのは、メイドのリラだった。
「では支部長代理様は、わたくしがお守りしましょう」
「よ、よろしくお願いします」
頭をさげようとする双葉のそれを、セイロンが掴んだ。
「ちょ、ちょっとセイロン?」
「簡単に頭をさげるな。おまえは我らの代表なのだ」
「とは言っても代理なんだけど……」
「セイロンの言うとーりだぜ! おまえはどーんと構えてりゃいいんだよ!」
「わ、わかったから髪の毛ぐちゃぐちゃになるからもうぐりぐり撫でるのやめて!」
そんな遣り取りもした。
はっきり言えば、双葉にとっては迷惑極まりない。
けど……三日も経てば情がわいてしまうのも仕方ない、とも言えた。
出発の日までそれほど時間はない。短時間決着をしなければならない依頼だったのだ。
なるべく動きやすい衣服でと言われたが、考えつかなかったので双葉は学校指定のジャージ姿で事務所に現れた。
それを大笑いされてこめかみが震えたが、リラが「よいご判断だと思いますが、防御能力ゼロのただの衣服ですからね」と困ったように笑っていた。言われてみればそうだ。
奇抜な格好をしてはいるが、メンバーの衣服は特殊なものらしい。……疑わしいが。
用意されたマイクロバスに乗り込み、目的地へと向かう。そう、富士の樹海だ。
バス内で、全員で作戦をもう一度確認する。
目標としている敵は一名。
なぜ樹海にいるのか、その目的はわからない。けれどもそれでいいのだ。
妖撃社は依頼を受け、それを完遂するのみ。余計な情報は混乱を起こさせるだけだ。
双葉はバスの中でも書類に必死に目を通していた。どうなるか不安でたまらなかった。
その時だ。隣にどかっと座ったのはロキだ。
「辛気くせぇ顔すんなよ、支部長殿」
「っ、せ、セイロンはどうしたの?」
「俺はあんたの真後ろだが?」
本当に後ろの席から声が聞こえてヒッと双葉が小さく悲鳴をあげる。
「き、緊張感ないわね、あんたたち! 相手は恐ろしい魔剣使いなんでしょ!」
「まーでも、そんなに悲観することないと思うけど~?」
気楽なロキの言葉に双葉はうんざりする。どこをどうすれば、そういう思考回路になるのか。
「まあまあ、オレたち結構強いからさ!」
ばんばんと強く肩を叩くロキを、双葉が睨んだ。
「あんたねええ! 油断は命取りなんだから自覚しなさいよ!」
「あはは! 威勢がいいなあ!」
からからと笑うロキに怒りの視線を向けるが、彼は気にした様子はなかった。
バスの中で他の面子をちらりと見てみると、セイロンは寝ているし、イーグルは読書をしている。
ケリーは何やら自前の武器のチェックをしているし、リラは何か音楽を聴いていた。だ、大丈夫だろうか、このメンバー。
*
踏み込んだ樹海に対して思ったことは、特にない。想像していたようなものではない。
死体がそこらへんにごろごろあるのかと思っていたがそうでもないようだ。いや、もっと奥に踏み込めばそういう光景になるのかもしれないが。
夜の不気味さもあってか、双葉はやはり緊張してしまう。懐中電灯は持ってくるなという指示から所持していないが、どうやって奥へと進むのだろうか。
「では」
一歩踏み出したリラがイヤホンを外し、瞼を閉じる。
彼女が深呼吸をして何かを歌い始めた。だが聞こえない。
「相変わらずうるせー」
ぼやくロキに驚くが、どうやら双葉にだけ聞きとれていないようだ。……仕方ない。自分は普通の人間なのだから。
歌い終わったらしいリラがにっこり微笑む。
「結界作成完了。では作戦通りに進みましょうか」
あいよーとかロキは言っているが、双葉は緊張で体が震えた。
何が待ち受けているのか不明瞭なのが、双葉にとっては一番腹の立つ、そして胸の中がもやもやすることなのだ。
「いくぞー、双葉」
な? と明るく笑うロキが肩に手を回してくるが、その手を素早くセイロンが払った。
「気安く支部長に触るな。セクハラ野郎」
「ムッツリに言われたくねえなあ」
火花を散らす二人を他の三人が無視しているので、仕方なく双葉が仲裁に入った。
セイロンは何やら札のようなものを取り出すと、双葉の目元をそれで拭った。何をするのかと思ったが、瞼を開けるとまるで明るい日の光の中にいるような錯覚を受ける。どうやったのか不思議でならない。
「これで暗闇でも多少まともに動けるはずだ」
「あ、ありがとうセイロン」
お礼を言うと、彼はちょっと無言になって「べつに」とぷいっと顔を逸らした。
メンバーは奥へと進む。進む先、目標ポイントはちょうど樹海の真ん中あたりだ。
そこに居る者を退治するのだ。
自分に何ができるのかと双葉は悩んでしまう。実際、そんなことは後から考えればどうでもいいことだったのだが。
ゴーグルをしていたイーグルが何かを発見したらしく、全員に止まれとジェスチャーをしてきた。
ゴーグルを押し上げた彼の瞳は完全に真っ白で、焦点が合っているのかさえわからない。イーグルは無言の双葉のほうを見て、半眼になる。
「どーせ気味悪いとか思ってんだろ?」
「? どうして?」
純粋にそう思って、そう言葉にした双葉にイーグルが驚いて硬直してしまう。その様子にロキが笑いだした。
「まあちょっと変わってんだよ、うちの支部長さんはさ」
「か、変わってないわよ! ふつうよ!」
必死に言う双葉だったが、イーグルはゴーグルを元に戻しまっすぐに前を指差す。
「正確な距離はちょっとわからないな。移動してるみたいだ。せめて止まってくれればここからでも攻撃できるのに」
(え? どこどこ?)
双葉は瞼をごしごしと擦るが、誰の姿も見えない。
「位置がわかれば予測してこっから撃てるけド?」
軽い調子で笑うケリーが明らかに小型の銃を片手で弄んでいる。
しかし遠距離ならば狙うのはライフルではないのだろうか? 種類まではわからないが、あの小ささでは届く距離が短すぎるはずだ。
「いや、移動速度が速すぎるね。ケリーは追尾用の弾丸もある?」
「チッ。そんなもんあるわけないデショ。そういう小難しい弾は持ってきてませ~ン」
「……使えない女」
ボソッとイーグルが呟く。ケリーがこめかみに青筋を浮かべたが、なんとか我慢したようだ。
双葉はまったく緊張していないメンバーを眺めてから、申し訳ない気持ちで俯いてしまう。
場違い過ぎる。
たった一人を追い詰めるために、五人も必要。それほど敵は強いのだろうか。そもそも双葉はロキやセイロンが戦ったところなど見たことがない。
仕事の割り振りをするように書類には目を一応通していたが、それだけだ。彼らの得意分野も把握しているが、やはり「それだけ」なのだ。
「元気ないな」
セイロンがそう声をかけてきたので、双葉はなんと応じていいのかわからず「ん」と洩らす。
「私が居てもいいのかなって……」
「べつに居ても居なくても関係ないと思う」
セイロンの冷たい言葉にロキが呆れたように溜息をついた。
「軽い仕事ならいいけど、今回は特別任務だし、支部長がいないとまずいんだよ」
「どうして?」
「…………誰かが死んだら、報告しないといけないからな」
ぽつんとロキが洩らした。
あ、と彼は目を丸くする。
「あのな! 双葉は絶対に護るから安心しろって! そのためにリラもいるんだし」
「ええ」
微笑むリラに、「そう」と双葉は小さく呟くだけだ。
「戦闘になったら本当に……なんつーかな、やばいんだよ」
「? 主語をつけなさいよ」
「見てれば、わかる」
ロキがちょっと悲しそうに、困ったように笑った。




