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肆 ―3

「それで、わたしへの課題はこれで終了か」

「え? あ、あぁ、うん、そうね」

 戸惑う双葉は唇をへの字にしている。どこにでもいる、ただのちっぽけな人間だ。

「結局……未星さんがすごいってことしかわからなかったわね……。うーん、仕事の割り振りどうしようかしら」

「そんなくだらないことで悩むな。馬鹿め。わたしに直接訊けばいいだろう、できるか、と。なんなら、やれ、でもいいぞ」

「できないことをやる必要はないわ」

 まさかそんなことしないわよと双葉は小さく笑う。

 ああ、そうさ。おまえはそうでなくてはならない。ここにはあのメイドもいる。おまえは『成長』してはいけないのだ。

 愚かで、脆くて、惰弱な人間のままでなければならないのだ。そのために用意されたのだ。

 ここにいる……、

 背後でぎゃーぎゃーと目玉について文句を言っているメンバーたちを未星は見遣った。全員が怪訝そうにする。

(ここにいる者たちにとって、おまえが『夢を抱く』存在でなければならないのだから)

「未星さん?」

「なんだ」

「改めてよろしくね」

 差し出された手を見遣る。握るべきだろう。それが礼儀というものだ。

 未星はかなり嫌そうな顔をしてから手を握ろうとするが、引っ込めた。

「ああ。用があるなら呼べ。ただし、わたしは高いからな。使い方を誤るなよ」


***


 愛しい小鳥。あなたの姿を見た。

 あなたのまがいものの姿を。

 なんてことだと嘆く身体はもうない。

 自分を見ているのはあの井戸の底の瞳だけ。

 なぜ意識があるのかと不可思議に思う。

 ああそうか。

 なんて卑劣な。

 なんと恐ろしい。

 やはりおまえはあそこに居てはならない。居てはならないのだ。

「ほう、おまえの夢の中では、おまえの姿は『そう』なのか」

 感心したような声が響く。暗闇の中で、そこだけがはっきりとみえている。彼女が外敵、いや、招かれざる客だからだろう。

 だから。

 未星の本来の姿がここでは見えてしまう。

 彼女は闇の塊だった。影の塊と言い換えてもいい。

 ここに来れば、妖撃社の者たちも本性の姿に戻るだろう。

 気づくはずもない。彼らは人間ではあるが、同時にもはや妖魔の一種なのだ。

 人間という外殻の中身に彼らが気づいたとき、発狂してしまうのは明らかだった。だがこの女だけは例外だ。

 彼女は彼女が異物だと認識している。

「ここはおまえの記憶の残滓。そこから、おまえに命じた相手を読み取る」

 未星ははっきりと宣言した。

 そう、もはや彼の意識は、魂はない。目玉に蓄積された「記録」のみ。

 彼女は辿っていくのだろう、過去へ。

 そう、彼女は決して未来には進めない。その呪縛に囚われているのだから。

「そんなことをしても、意味はないよ」

 彼は警告をする。

 だが彼女が引き下がらないのも知っている。

「それを決めるのはわたしで、おまえじゃない」

 未星は、その男の記憶の沼へと……潜り込んだ。


 正気の人間ではなし得ないだろう。誤算だっただろうことだ、敵にとっては。

(わたしは『未完成』なのだから)

 そして見る。

 ある、戦いを。

 壮絶な、死闘を。

 そしてそれは、たった一年前の出来事だと…………思い知る。


**


 すべてを見終わったあと、未星はやはりかと確信をした。そして、敵の予想もついた。

 対策をしてもおそらく無駄だろう。まず一番最初に狙われるのは……自分だ。

(だがそれも誤算だ)

 『前』と同じことを再現したいのだろうが、再現に不適格な未星が来ているのだ。ここですでに敵の計画は破綻していると言っていいだろう。

 あのメイドは知っている。そして皆に黙っている。

 結末を知っているからこその英断とも言えたが、未星としてはくだらない理由だ。ただ、己が傷つきたくないだけなのだ。誰だってそうだろう。それは、この妖撃社に集められた誰もがそうだ。

(壊れたものは戻らない)

 なぜその理屈がわからないのだ、どいつもこいつも。

 例えば部品を交換して修理しても、それは「前」とは「違う」のだ。その認識をする者は少ない。

 脳内にフラッシュバックする光景を、瞼を閉じてから『固める』。きっと、役に立つはずだ。いいや、役に立たなくても構わない。

 目の前に置いていた妖魔の目を一瞬で塵にすると、未星は立ち上がる。与えられた彼女の部屋には何もなかった。家具も、道具も、何もかも。

(わたしが狙われなければ、次は……直接葦原双葉に接触してくるはずだ。たとえば)

 そう、『今』――――。



 事務室は騒然としていた。双葉は目を見開き、立ち上がる。

 扉を開けて、困ったように笑って姿を現したのは……。

「兄さん……」

 葦原双葉の実の兄だったのだ。


***


 アンヌはわざと「その場面」を見ないようにしていた。思い出して、しまうから。

 だから彼女は用事があると言って、あらかじめ外に出ていた。ある人物に逢うためでもある。

 彼が来たから、いるとは思っていた。

 車椅子に乗って、こちらを穏やかに見て微笑む「彼女」の姿にアンヌは絶望と、同時に不愉快さを覚える。

 いつもは結われている髪がほどかれ、ゆるいウェーブになっている。彼女は双葉と同じ16歳だ。だがまだ傷が癒えていないらしく、包帯で顔の左側が隠れているし、片腕もない。片足もなかった。

「ひさしぶり……?」

 声は完全に潰されている。喉をやられているのだから仕方ないが、それでもアンヌは暗い表情にならざるを得ない。

「お加減がよろしくないのに、よく日本まで来られましたわね。もうすぐクリスマスですわよ?」

「……うん」

 しゃがれ声で応じる彼女は、微笑んでいるだけだ。彼女は明かりのついた事務室を見上げる。

「フタバは、よくやっているみたい」

「ええ。彼女はとても優秀ですわ」

 否定したい。

 だが否定したところでどうにもできないことをアンヌは知っている。

 葦原双葉を起用するにあたり、条件が課された。彼女を、必要以上に『強く』させてはならないということだ。

 彼女はあくまで一般人の代表で、集まった部下たちに強力にそのことを刷り込む存在でなくてはならない。

 妖魔という敵から人類を守るために、そして部下である彼らが人間である部分を忘れないようにするために。

 自分たちは「人間」で、葦原双葉を常に見て、上司として行動する。アンヌはそういう意味ではうまく立ち回っている。

 適合者だけあり、双葉は勇気もあり、決断力もある。なにより部下を案じ、他者を重んじる。模範的な人間だ。

 だから。

(ここで彼女を一時的に退場させるんですのね)

 なんて残酷なんだろう。

 なんて恐ろしいのだろう。

 だがそれに適合しない人物が一人ここには居る。おそらく半分くらいは見抜かれているといっていい、未星の存在だ。あの一族が人材を無駄に割くとは思えないから尚更だった。

 一年前、富士の樹海で起こった出来事を調べるために未星はやって来たに違いないだろう。

「彼女を元の生活に戻すわ」

「はい」

「危険からも遠ざかる」

 いいえ違う。

(双葉お嬢様を脅かしているのは『あなた』)

 意図せず。

 理解せず。

 ただ、思っていることは。

 双葉がただの歯車の一部であるということだけだろう。

 アンヌは己の中で葛藤していた。双葉は好感の持てる人間だ。さすがに選ばれただけあって、度胸もあり、徐々に部下たちに信頼されてきている。彼女が何をしているか無自覚だからこそだろう。

 彼女は決して妖魔に対して悪印象を持たない。恐れることはあってもそれは一瞬だけで、持続しない。その危うさが……。

 ハッとして目の前の人物に視線を戻す。

 「彼女」は双葉の未来の姿でもあるのだ。それを考えれば……。

 仕方ない、のかもしれない。

 「彼女」は少し考えてから、頭上を見上げた。「見られてる」と。

 え、とアンヌは振り向いた。気配を察知させない未星だろうかと思っていたが、違った。屋上からこちらを見下ろしているのは、シンだ。

 闇夜の中で爛々と輝く赤い瞳と、薄笑いを浮かべた彼女の背後には蓬莱剣がぼんやりと輝いて浮いている。人選をミスをしたかもしれないと思った。

 シンは確かに戦闘能力はかなり秀でている。だが彼女の意識が蓬莱剣に呑まれることも多く、彼女自身が覚えていないが大量殺戮を何度もおこなっているのだ。

 アンヌは頬に汗が一瞬流れるが、気づいた。あそこに居るのはシンではない。蓬莱剣のほうだ。

 完全に乗っ取られた状態のシンであるならば、気配も消せるだろう。本体であるシンは隙だらけで、気配を消すのさえそれほど上手とは言えないからだ。

 殺気はないまま、シンはちょっと考え込むように首を傾げてそのままそこから消えた。おそらく屋上からいなくなったのだ。興味を持つ対照ではなかったのが幸いした。

(いま蓬莱剣に攻撃されれば、太刀打ちできませんでしたわ……!)

 安堵していると、「彼女」は小さく笑った。

「そこまで警戒するような相手じゃないと思うわよ?」

「いえ、蓬莱剣は甘くみてはいけませんわ。アレはほぼ寄生しているのと同等ですもの」

「そういうもの……? でも宿主がいなければどうせ意味などないわ」

 そこが問題なのだ。

 と、ここまで考えてからアンヌはぎょっとした。背後にシンが立っているのだ。

「ねえ」

 赤色の瞳と、その明るい口調から、どちらか判別しにくい。

 いつの間に。

「ソレ、なに?」

 指差した先の「彼女」に、シンは視線を遣っている。尋ねている相手はアンヌなのに、見ているのは「彼女」だ。

「やめてくんないかなぁ。そういうの」

「?」

 意味がわからずに困惑していると、シンは笑顔でアンヌを見た。

「見た目だけでも似てると、腹立つ」

 ゾッとした。

 蓬莱剣がシンを完全に乗っ取っていると思っていたが、違うのだろうか?

 どちらが喋っているのだ?

 そもそもなぜ、シンは双葉に執着しているのだ? その理由がアンヌにはわからない。双葉は確かにシンを恐れない。だが、それだけだ。

「こんにちは、蓬莱剣のシン」

 しゃがれた声で挨拶をされたが、シンは気にしない。真っ直ぐに剣を向けている。刃を向けた相手を一瞬で消滅させることもできるのだ。こんなところで戦闘をされてはたまったものではない。

「ひさしぶり、かしら?」

 呪縛だった。

 「彼女」の言葉にシンが完全に動きを止めたのだ。

「あ?」

 シンは声を聞いた途端にそのまま意識を失って倒れてしまう。同時に蓬莱剣が消えうせた。

 何をしたのかわからなかった。だが確かに「彼女」はシンの蓬莱剣を「止めた」。

 もう、止められない。

 最初から決まっていたことだ。

 だから。

 どうか。

(お嬢様……!)

 あなただけはどうか、『真実』に気づかないで欲しい――――。

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