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参 ―2

 マモルはちょっと考えてから口を開く。

「害がないですけど、ストーカー行為ってだんだんエスカレートしていくっていうし、俺、今回の仕事が終わったらこのバラの調査しましょうか?」

「でももうすぐ満月だから無理しなくていいのよ? それに放っておいても」

「いえ、なんかほんと俺も気持ち悪いなって思ったし」

 苦笑するマモルに、双葉は「そう」と素っ気無く頷いただけだ。どうやら調査をしてもいいらしい。

 マモルは事務室をあとにする。不思議だったのだ。あのバラは生花だったし、確かにバラの香りもしていた。紛れもなく本物だというのに、それ以外の……手紙につけられた香水以外の香りがしなかったのだ。

 害意のある敵がいれば間違いなくシンが起きて、とそこまで思っていると、建物の外側についている階段のところにシンがいるのが見えた。

「シン、そんなところでどうしたの?」

「ビールが切れたのと、頭冷やしてる」

 日本と違ってお酒の飲める年齢が違うからと、シンは見てみぬふりをされているが……マモルとしては少しおかしいなと思っているのだ。

 以前の支部にいた時、シンは自分でビールを買いに行っていたが日本に来てからはアンヌが前もって補充してくれているのだ。シンは何も疑っていないようだが、クゥとマモルは絶対に何かあると思っている。

 仲間を疑っているわけではない。一度か二度だが、マモルはシンとクゥが恐ろしい戦闘技術を使って殺戮をしていたのを見たことがある。だが、アンヌだけは見かけたことがない。彼女は本部にいたと言ってたし、会ったことのないメンバーももっといる。

 ただの、ビールなのだろうか?

 などと思ったりしてはいけないのだろう。

 マモルは仕事以外は一定距離上シンには近づかない。蓬莱剣という厄介なもののせいで、シンは異性を強烈に誘惑する色香を出すのだから。

「マモルは明日から新しい仕事?」

 振り向きもせずに、夜空を見上げているシンは手すりに座っている。危ないが……本人が落ちることなど想像できない。

「うん。護衛なんだって。狙ってるのは淫魔らしいけど、ハーフで」

「ああ、うん。悪魔の類いは実体化するやつもいるから気をつけたほうがいいよ」

 あれ。

(もしかして、シン……ちゃんと聞いてない?)

 ぼーっとしているということはよくない兆候だ。マモルは一瞬だけ半歩分だけ後退したが、ぐっと拳を作ってから事務室に戻った。

 アンヌは買い物にちょうど入れ違いのように出たようで、残っているのは書類に目を通している双葉しかいなかった。

「あ! あの!」

「ん? あら、まだ何か心配事?」

「シンが、外階段のところでボーっとしてます……」

 瞬間、双葉が眉間にすごい皺を寄せる。うわあ、と思わずマモルが視線を逸らす。

 彼女はやれやれと息を吐いた。

「ちょうどアンヌがビールを買いに行ってるから、帰ってくるまでの辛抱よ」

「ほ、放っておいていいんですか?」

「でも、あなたもクゥも男性だから近寄れないでしょ?」

 だから双葉に頼んでいるのだが……。

 もじもじと両手の指を絡めていると、双葉は仕方なさそうに立ち上がる。

「わかったわよ」

 すごい溜息交じりである。気持ちはわからなくもない。

 女性とはいえあの強烈な色気に晒されると気分的によくないだろう。

「じゃあ留守番おね……いや、ちょっと怖いから来てくれる?」

「怖い?」

「襲われそうになったら、悪いけど……全力でシンにチョップかましてちょうだい」

 そっちの「怖い」か。

 ちくん、と胸の奥が痛くなる。結局自分だって妖撃社しか行くところがないから……。

 世間に、世界に、人間たちに拒絶された孤独な……存在なのだ。

 イスから立ち上がった双葉をじっと見てしまう。彼女は一般人だし、ちょっと感覚が変わっているけど……。

「支部長って、怖くないんですか?」

 あの広島でのシンの攻撃を見ても、怖がるどころかビンタしたのだが、彼女は。

 双葉はマモルを見てから「そうね、バラを寄越すストーカーはちょっと怖いわね……」とぼやく。

(そ、そっちじゃないんだけどな……)

 事務室のドアを開けて、外階段へと向かう。ちょうど別の廊下からクゥがのろのろと歩いてくるのが見えた。

「あれ、クゥどうしたの?」

「マモル? いえ、ちょっと近くのコンビニに買い物を……。二人とも、何してるんですか?」

「外階段にシンがいるみたいで、マモルが心配だって言うから」

 クゥが白い目でマモルを見てくるが、まあ仕方ないかと嘆息した。

 双葉を先頭に外階段に近づく。クゥとマモルは途中で足を止める。あまり近寄ると餌食になるからだ。

「フタバさんて、なんていうか変な人ですよね」

 マモルはクゥに話しかけられていることに驚き、それからうんうんと頷く。

「そういえばさっきちょっとわかったかも」

「? なにがです?」

「双葉さんて、人外の存在を……宇宙人くらいのぺらい認識なんだと俺、思った」

「ああ、UMAとかそういう……」

 いるかもしれない。でも未確認でしょう?

 と上から目線で言いそうな双葉を二人は同時に想像してしまう。

 双葉はシンに近づき、声をかけている。うろんな目で双葉のほうを振り向くシンに、マモルは数歩後退する。

「マモルにはかなり強烈ですから、戻っててもいいで」

 す、まで言葉が続かなかった。

 シンが切なそうに目を細めた途端、双葉の腕を強く掴んだのだ。かなり体が柔らかいのか、シンは素晴らしいバランス感覚で振り向いた。

 やばい。

 という本能がマモルにも働いた。クゥも一気に階段を駆け下りている。

 シンが、双葉に顔を近づける。驚く双葉の唇がうば……。

「ぎゃーああああああああ!」

 クゥが双葉を後ろに引っ張り、マモルは渾身の力でシンを突き飛ばした。二階から落ちたくらいでシンが死ぬわけないからだ。

 はあ、はあ、と二人が荒い息を吐く。

 クゥは慌てて双葉をうかがう。

「大丈夫ですか? どこか触れました? なんかされました? ま、まさかと思いますが、未遂だと思いますが、口付けなどされてませんよね!?」

「え、ええ、顔が近かっただけよ」

「よかった……」

 ほーっと、クゥとマモルが一安心する。落ちたシンは階段からじりじりとあがってきている。まるでホラー映画だ。無傷の女が、じわじわと……。

「なんで邪魔するんだよぉ……」

 涙目で睨んでじりじりとあがってくるシンの雰囲気は異様だ。

「ひぃっ!」

 強い色気に衝撃を受けてマモルが蹲る。クゥだけはまだ平気なようで、背後に双葉を庇うように前に出ている。

 シンの目は明らかに正気ではない。

「もうちょっと我慢しなさい! たぶんアンヌさんがビールを買ってきてくれますから!」

「やだっ!」

 叫んでクゥに反論するシンは、まっすぐに双葉を見ている。

「だ、だって、だってあたし、フタバのことす」

 ごすっ。

 背後からビニール袋に入った大量の何かが後頭部に当たったシンがそのまま前のめりになって階段にずるずると倒れ込む。

「おほほ。手元が狂いましたわ~」

 ほほほほほと笑っているのは、階段下にいるアンヌだ。どうやら転がっている物体を見るところ、大量のビールの入ったバッグをそのまま投げた……わけではないだろう。

 すごい音がしたことから察するに、おそらく遠心力を使って投げて見事に後頭部にぶち当てたのだろう。おそるべし、だ。

 シンの意識が消えたおかげか、マモルが「ふわ~……」と心底安心したように息を吐いた。

 双葉は目を細める。

「いくらシンが頑丈とはいえ、ビール缶をそれだけ当てたらまずいんじゃないの?」

「平気ですわ。蓬莱剣が『主』を死なせるようなことだけはしませんもの」

 アンヌの言葉にクゥがムッと顔をしかめるが、双葉からはちょうど見えない位置だったので気づかれなかった。

 階段を転がり落ちてくるビール缶を拾いつつ、うずくまっているマモルにアンヌが声をかけた。

「マモル、敵に気をつけてくださいませね。シンより威力は薄いですし、相手はインキュバスの半魔。しかし、いい予行演習になりましたわね」

 笑顔を向けてくるアンヌに「そ、そうですね」と小さくマモルは頷いておいた。



 マモルの外見はどうすることもできないので、そのまま大き目の衣服で誤魔化し、なるべく気づかれないようにと依頼人からは距離をとっていた。これも、狼の嗅覚や聴覚のおかげだ。

 依頼人を朝から尾行し、大学の正門を通る。もちろんマモルは直接的に通れないので、別のルートから構内に侵入をする。学内の地図も渡されているので、きちんと覚えている。

 依頼人からは目を離さず、離れず。

 だが昨日嗅いだ淫魔の香りはどこにもしない。今日中には接触があるだろうかと思うが、護衛が三日だけなのでそれを乗り切ればいいだけの話だ。

(三日……)

 なぜ、『三日』なのだろう。解決するまで依頼するお金がない、とか? だが気前よく前金で支払ったというし。

 謎だらけだし、マモルは考えるのは苦手だ。

 ぴく、とマモルの耳が反応してしまう。菅原梓が誰かと廊下で会っている。

(? なんだ、様子がおかしい)

 気持ち悪いこの感じはなんだろう。違和感が拭えないが、マモルがいる場所からは相手の顔が見えない。同い年くらいの女子大生のようだが……。

 ようす? いや、そういうことじゃなくて。

(あ! そうか。あの匂いがあっちの女の子のほうからしてるんだ!)

 だがどう見ても敵、ではないようだし……。

「…………」

 一応報告しておくべきだろう。だが護衛のためには24時間張り付いていなければならないし……。


 大学生活かぁ、とマモルは梓の行動を監視しながら見守る。呪いがなければ自分もこうやって大学に通っていたのだろうか?

 そういえば依頼人とは同い年だ。……そうか、とマモルはぼんやりしてしまう。

 インカムが反応したので、マモルは物陰に隠れて応答する。

「はい」

<気になることがあるってことだけど>

「実は昨日アンヌさんに嗅がせてもらった香りをまとった女性がいるんです、同じ構内に。それがよくわからなくて」

<女性? わかったわ。ちょっと待って、増員予定の人物が今日来るの。その人はかなり日本の霊障に詳しいから聞いてみるわ>

「はい、お願いします。引き続き、護衛を続けます」

 携帯電話だと落としてしまうということで、小型の交流用の小道具になるのだがかなり高性能のものらしい。マモルはピッと通話を切って、ほっと安堵した。

 ん?

(増員?)

 そういえば、今のままでは明らかに人員不足だと双葉がすごい顔……眉間に皺を寄せていたことがあった。

 本部から誰かが来るのだろうか? でも日本に詳しいってことは、日本人なのかな……。

 菅原梓が帰宅しても、変化らしいものはなかった。マモルは空を見上げる。東京は、あまり好きではない。マモルの出身はもっと田舎のほうだし、こんなに高い建物ばかりの場所は不安になるのだ。

 狼男だからというのもあるが、こういう都会はなんだか居心地が悪い。適度な距離を保ってマンションの様子を伺う。腕時計はせずに、月の位置で時間を確認する。

 途中で買っておいたハンバーガーを食べながらひたすら監視を続ける。深夜の2時をまわった頃だろうか、変化が訪れた。

(ん?)

 マンションの前に人が立っている。遠目にも誰かわかった。敵とされている淫魔だ。日本人ではないし、アンヌの説明によれば霊体化して体は荷物として日本に入国させたので名前もわからないそうだ。むちゃくちゃすぎる。

 そいつは家を確認してから見つからないように物陰に隠れてしまう。マモルとしては気配は感じ続けているので、逃げたわけではないらしい。

(あそこで何をしているんだろ……。こ、これ、実体だから俺にまわってきた仕事だよね?)

 不安になるが、ハッと我に返る。そういえば、クゥの作った符がある。早速これを使うのは抵抗が若干あったが、早めに解決するならそれでいいだろう。

(ん? いやいやよくない。仕事の内容は三日間の護衛で……)

 そう思いつつ、符を片手に、願う。あれこれと十枚くらい渡されていたが、視界の変換……つまりは、霊障が「見える」ようになるように一時的に目をいじる符だ。

 瞼を閉じて、開く。やはり慣れなくてびくっとしてしまう。

 見えていなかったはずの幽霊も見えるので、視界に入ると思わず汗が出る。なんかふよふよと青白いものも飛んでいるが無視しよう。

 視線をマンションに戻す。

(え?)

 マンションの周辺に結界が張ってある。どういうことだ?

 マモルは怪訝になりつつ、双葉へと連絡する。

<どうしたの?>

 こんな時間なのにと後悔した時には遅かったが、双葉が出たことに驚いた。いくら今日が土曜とはいえ、こんな時間まで事務室で仕事をしているのか?

(知らなかった……)

 いくらなんでも体調が心配だ。この仕事が終わったら何か好きなものでも差し入れよう。そう考えて、マモルは彼女が何が好きなのか知らないことに「あ」と洩らす。

(は、恥ずかしい……うちの上司の好物も知らないなんて……!)

 頬を赤らめつつ、手出しができないとわかって敵は去っていった。

 油断は、しない。

(アンヌさんも、支部長も油断するなって言ってたんだ。するもんか)

 今の日本支部で一番の役立たずであっても、だ。やるべきことをするだけだ。

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