【11-3】
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麻希-まき-の言葉に逸賀灼-いちか あらた-は少し沈黙した。本来ならあの現場に残って事態収容、そして報告の義務がある。月夜風花-つや ふうか-も身柄を確保し、然るべき施設に送るべきである。しかしその全てを放棄し、月夜風花を連れて逸賀灼が現場を離脱したのには理由がある。
都宏-つひろ-議員と独立行政法人の先進情報伝達研究機構がこの一件に絡んできた以上、機関ミズカルズと、カフトワンダー、これらに政府関係者が関与しているとしか考えられない。
衛都楼水希-えとろう みずき-には懸念があった。この一件の捜査に上層部からの圧力がかかるのではないかという事だ。もし本当に機関ミズカルズに政府関係者が関与しているなら、予想以上に大きな陰謀が渦巻いていたことになる。魔法の存在の発見、人工魔力生成装置の製造、魔法少女の所有。これを実現する機関ミズカルズは、かなりの規模の組織であると推測していた。だが、政府が介入していたとすれば。
「月夜風花-つや ふうか-。魔法の私的利用、カードとカフトワンダーの所有。そして魔法について知っているあなたは、本来であれば拘束しなければなりません」
「私は、……水希-みずき-さんに会いに行く」
「それをして何になるのですか」
逸賀灼は月夜風花について何も知らない。彼女の目的や意識、信念も知らない。何故彼女が魔法少女という選択肢を選んだのかは分からない。それを問い詰める時間も、理解している暇も無い。
「衛都楼水希-えとろう みずき-とは何者ですか」
「分からない。私の知っている水希さんは完璧な人で、いつだって正解の様な人で。だけど彼女はただの同級生で、なんでこんな事になったのかは分からない。でも、だから私は水希さんに会いに行く」
迷いながらも、強い言葉に逸賀灼は舌打ちをした。
「あの時、カフトワンダーに表示された数字は恐らく座標、緯度と経度です。衛都楼水希が何かしらの目的で其処を探していたのなら、そこへ向かったのでしょう」
逸賀灼はそう言いながら片手で携帯電話の地図に緯度と経度を入力してみる。地図上では山中の一画を指し示していた。
「岐阜県……?」
何の場所であろうか、と衛都楼水希は考え込む。衛都楼水希がラグナロクと呼んでいたものは何なのであろうか。カードが全て集まることが、何らかの起動要因となった筈である。カードは魔法術式を組み込んだある種のソフトという役割だけではなかったということだろうか。
「灼さん、これ」
麻希が手を止めた。逸賀灼は画面をのぞき込む。ヘイムスクリングラの偽書の解析結果が出た。出てきた文字を見て逸賀灼は気が付く。何かの名簿であると。人名が幾つも並んでいる。
上幹-かみもとき-代表の名前があったことで逸賀灼はとある名前を探す。都宏-つひろ-議員の名前があった。まさか、と思い芦ヶ場-あしがじょう-の名前を入れてみた。
「芦ヶ場の名前がある。それに浮瀬南陸斗の名前も。……まさか」
「灼さん、何でしょうかこれ。一番最後に住所らしきものが」
「機関ミズカルズの名簿ではないでしょうか、これ」
芦ヶ場は機関ミズカルズの関係者だと目されていた。カフトワンダーの譲渡の際に現場におり、そして何者かに殺害されヘイムスクリングラの書を奪取された。そしてヘイムスクリングラの書は何故か都宏議員の手に渡り、ヘイムスクリングラの書との組み合わせになっているヘイムスクリングラの偽書を浮瀬南陸斗は持っていた。だがヘイムスクリングラの偽書は、そもそも機関ミズカルズが引き渡そうとしていたカフトワンダー所持者である祐希奈-ゆきな-が持っていたものだ。
そしてカフトワンダーの譲渡の情報をリークしてきたのは上幹代表の児童養護施設「ひまわり」のサーバーを経由したメールであった。
ヘイムスクリングラの書、そして偽書が機関ミズカルズの人員名簿であったとしたら。
月夜風花が口を挟む。
「なら何で祐希奈ちゃんは、ヘイムスクリングラの偽書をあなたに渡すように言われていた」
「はい?」
「祐希奈ちゃんはヘイムスクリングラの偽書をという人間にしか渡してはならないって言われていた」
芦ヶ場はヘイムスクリングラの書を渡そうとして殺害され、それを奪われた。ヘイムスクリングラの書を渡そうとしていた相手は「ロキ」という名前だった。
「芦ヶ場は機関ミズカルズを内部告発しようとしていたのでは無いでしょうか」
芦ヶ場はカフトワンダー譲渡の情報をリークし、人員名簿を持ち出し、それがきっかけで殺害された。芦ヶ場が会おうとしていた「ロキ」という人物。北欧神話におけるロキは、最後の戦いで神々を裏切る。
浮瀬南陸斗はヘイムスクリングラの偽書を渡すとともに真実の公表を求めた。それも踏まえれば、芦ヶ場と浮瀬南陸斗は機関ミズカルズを裏切りその実態を警察に公表するつもりであったのでは無いだろうか。
逸賀灼は自身のこめかみを指で押す。飛躍しすぎな推測であるだろうか。いや、筋が通っている様な気がしてならない。
もし本当にそうであるならば、カフトワンダー譲渡のリークを流す際に「ひまわり」を利用したのは意味があるのではないだろうか。
「ひまわりの捜査令状を取りましょう。やはり何かあるはずです」
逸賀灼は上司の稲墨-いなずみ-に電話を入れる。電話の向こうで声を潜めた稲墨の声がした。
『逸賀、今何処にいる』
「はい?」
『上は、機関ミズカルズの捜査からガイソウを外すことを決定した』
逸賀灼は舌打ちする寸前で止めた。何故、このタイミングで急遽そんなことが決定するというのだ。そう疑問視しながら逸賀灼は結論をもう出してもいた。やはり機関ミズカルズには政府が絡んでいる。警察上層部に口を出せる位の人物が。都宏議員だけでは無いはずである。
稲墨が言う。
『今すぐ戻ってこい』
「僕は真実に向かうことを選びます」
逸賀灼はその言葉と共に電話を切る。不安そうな目をした麻希へと逸賀灼は力強く頷く。
「ラグナロクについても気になりますし、あの魔法少女も捕まえなくてはなりません。ですが上層部からの介入がある前に、僕はミズカルズに乗り込む必要があると考えます。この機を逃せばまた逃げられる」
機関ミズカルズがカードについてその詳細を知っているのなら、衛都楼水希の行動の意味も分かるかもしれないと逸賀灼は考える。
「月夜風花、状況が変わりました。ですが、月夜沙也花-つや さやか-の妹であることに免じてこの場は見逃します。あなたがあの魔法少女に会いに行くことを止めはしません。
取引です。あの魔法少女を捕まえて戻ってくるのなら、あなた達の行動についての処罰と待遇に恩赦を与えることを、尽力します」




