【9-3】
9-3
麻希-まき-が彼女の細い指を逸賀灼の指へと絡ませて彼女の手を握りしめる。逸賀灼-いちか あらた-は麻希の手の内に感じた温もりを強く引き寄せた。麻希と空いた片方の手の平同士を合わせる。
合わせた手を放す。その間に紅色の細かな光が散った。麻希が逸賀灼と絡ませていた指を離し、指先でその空中に散っている紅色の光の結晶をなぞる。指先の軌跡に合わせて弧を描いた光はまるで弓のように見えた。麻希が逸賀灼の手を下から支えて持ち上げて、その光に触れさせる。
「灼さん」
「はい」
「気を付けて」
「はい」
逸賀灼がその弓と化した光の軌跡を掴んだ。掴むと同時に光は実体があるかのように、振る舞い、その光は爆ぜ、その内から実体のある弓が現れた。逸賀灼の身の丈程はある大振りの弓。フレームは非常に強固に出来ているようで、レーダーサイトとスタビライザーの付いた機械的な様はアーチェリーのリカーブボウを連想させる。グリップの脇には長方形で銀色のケースの様なものが取り付けてある。口が開いておりカード状の物であれば差し込めそうであった。左手で掴むフレーム部の側には四つ階段状に並ぶ引き金が取り付けられていた。
弓が出現すると同時に逸賀灼の全身が光に包まれて、それは弾けて消える。逸賀灼の魔防膜は深い朱色のロングコートだけという非常にシンプルなものであった。口元まで隠す高い襟を上まで止め、膝までを覆い隠すようなコートである。
急速に落下していた二人は、逸賀灼が宙を蹴ったことで空中で姿勢を立て直す。麻希を抱えたまま魔法による空中制御によって飛行すると、逸賀灼は飛び出してきたホテルを見上げた。
逸賀灼は舌打ちする。浮瀬南陸斗-うきせな りくと-の存在は相も変わらず想定外であった。本来ならあのまま強制捜査をしていた筈が、浮瀬南陸斗の存在により彼女との交戦を避けるので精一杯になってしまった。ヘイムスクリングラの書を奪取したものの、浮瀬南陸斗は必ず追ってくる筈だ。そうした時、麻希を抱えて飛べば彼女の速度は振り切れない。
かといって、真正面からやり合って勝てる相手ではない。
とにかく、一つはっきりしたことがあった。浮瀬南陸斗は政府側の人間だと逸賀灼は確信する。
「ここで浮瀬南陸斗を食い止めます。麻希さんは離脱して下さい」
「でも、灼さんが」
「お荷物抱えて勝てるほど、浮瀬南陸斗は甘くないんです」
アタッシュケースを両腕一杯に抱えた麻希にそう言って、彼女を地面に降ろす。言葉に出さず先に行けというジェスチャーを繰り返す逸賀灼に頷いて麻希は駆けだした。地面を蹴って逸賀灼は空中へと飛び上がる。
もしヘイムスクリングラの書が本当に重大な物であれば、浮瀬南陸斗はその追跡に出るだろう。都宏-つひろ-議員が居ることからも、一連の事件には何か裏があるとしか逸賀灼は考えられなかった。そして、故に、何か糸口が無ければこの一件は解決しないとも。
機関ミズガルズの人間と目されている芦ヶ場-あしがじょう-、そして彼が奪われたヘイムスクリングラの書。
「蛇が出るか、それとも、いや。やっぱり蛇しか出そうにないですね」
逸賀灼は右手を払うとその手の中で瞬いた一本の光線が矢へと変わる。現れた矢をつがえて弦を引き絞る。上空に見えた黒い影に向けて指を離した。空を切り裂く音が鳴って、矢が飛翔した。
浮瀬南陸斗が空中を蹴って軌道を直角に変えて矢を回避する。
「逸賀!」
好都合だ、と逸賀灼は思う。ヘイムスクリングラの書は麻希が持っている。浮瀬南陸斗の陽動に成功すれば十分である。
浮瀬南陸斗が指先でカードを引き抜いたのが見えて逸賀灼はホルスターからカードを選び出す。
その瞬間。閃光がこの場にて走った。真昼へと変わったと勘違いするほどに周囲が白く染め上げられる。視界に景色が戻ると、閃光が発せられた場所には三つの光体が存在していた。
「これはまさかカードですか」
「さっきのデカい揺れはやっぱりそういうことか!」
三つの光体が互いに接触し合うと変化した。光の色が変化し真っ白となると、その形状は人型に変化する。その異様な姿に逸賀灼は目を凝らす。王冠を被った女性の姿であった。顔は輪郭線と鼻筋しかないが、長い髪で女性と分かる。全身は真っ白で石膏像の様であった。
彼女のその手には杖とランタンと思わしき物を掲げていた。その背後には金の輪が浮いており、空中で静止したその石膏像の背後でゆらゆらと動いている。
「またこんな時に。しかも三枚同時発動ですか」
「タイミングが悪いぜ……。いや、好都合かこれは」
三枚のカードの同時発動。王冠、杖とランタン、そして輪。それぞれが「女帝」、「隠者」、「運命の輪」のカードであると逸賀灼は気が付く。それぞれの効果は分からないが、少なくとも三枚ものカードが同時に暴走すれば何が起きるか予想も付かない。
石膏像がその手にした杖を翳した。その杖の先に光が瞬いて一閃のレーザー光線の様な物が真下へと向けて駆け抜けた。地表へと放たれたレーザー光線が地面を抉ると、それに続いて爆炎が上がる。衝撃波が広がって轟音と化す。それは地表を抉りその傷跡は上空からもはっきり確認できた。
「何ですかあの熱量は」
石膏像が再び杖を翳す。その先へ光が集束するのを見て浮瀬南陸斗は怒鳴る。
「撃たせるな、逸賀!」




