【9枚目・ガールズ,ギャンビット】
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「なんで、なんでこんな」
衛都楼水希-えとろうみずき-の姿を前にして私は剣の柄を握り締める。何処にぶつけていいのか分からない衝動が指先で迷う。衛都楼水希はその手に日本刀を手にしており、その姿は魔法少女を思わせる風変わりなもので。淡い青を基調としたゴシックドレス風の姿。
彼女の後ろには静玖-しずく-が居て。衛都楼水希は、まるで当たり前の様に魔法少女として其処にいた。
私の指先に挟んだカードに軽く視線をやって衛都楼水希は前髪を指先で払う。
「星のカードだけは渡してもらわないと、困るんだよね」
「何でだよ、水希さん!」
「だから、月夜-つや-ちゃん。ごめん」
衛都楼水希が動いた。
速い。その感想が浮かぶ間すら無く、私の目の前に鋼の煌めきがあった。咄嗟に身を仰け反らせて刀の一突きを避ける。その姿勢の無理を突いて衛都楼水希が私の足下に蹴りを入れる。足を引っかけられて私の視界は一瞬で空に変わる。背中から勢い良く地面に倒れて一瞬目の前が眩む。砂を踏みしめる鋭い摩擦音がして、私が瞬きをすると、私を跨ぐように立って此方を見下す衛都楼水希の姿があった。
その目は何処か寂しそうで、何処にも迷いが無さそうで、何処も見ていないかの様で。彼女に向けられた刀の切っ先に私は息を呑む。
衛都楼水希は、私の左手に握られた「星」のカードを指先で抜き取り呟いた。
「ごめん、月夜ちゃん」
【9枚目・ガールズ,ギャンビット】
逸賀灼-いちか あらた-は見直していた児童養護施設「ひまわり」の資料の中に不自然な一点を見つけて堪えきれず口笛を吹いた。ひまわりの所属児童数が何の断りも無く一人減っている。移動、自立、死亡のどれにも当てはまらない。ただ数字だけが減っているのだ。その前年と比較して新しく受け入れた児童は二人。しかし全体数は前年と比較して一人しか増えていない。二人受け入れたのに一人しか増えていないことになっている。既に所属していた筈の児童が一人消えているのだ。
「水希-みずき-。この子か」
過去のひまわりの資料を漁っていくと、消えた所属児童を見つける。水希という少女がリストには確かに存在していたのに、その翌年のリストには名前が無い。
逸賀灼はそこで思考が止まる。ひまわりの所属児童リストから水希という少女が消えたのは今から六年前。リストによれば消えた時の水希の年齢は九歳の筈。
六年前。九歳の少女。
山盤寺-さんばんじ-医師の一連の事件と一致する。山盤寺医師が緊急搬送された少女を担当したのは六年前、九歳の少女。そして山盤寺医師はその同じ年に、ひまわりの上幹-かみもとき-代表を脅迫している。ファシロペウムという謎の単語だけを人質に。
繋がるのは六年前、そして九歳という少女というだけ。けれども、その偶然の一致はとても偶然であるようには思えなかった。月夜沙也花-つや さやか-は言っていた。山盤寺医師が担当した少女の名前は水希という名前であるらしい、と。
山盤寺医師が担当したのは、ひまわりの児童なのではないだろうか。山盤寺医師がひまわりの上幹代表を脅迫した接点は其処なのではないのだろうか。
「山盤寺医師は何を見たっていうんですか」
独り言をぼやくと突然、逸賀灼の携帯電話が鳴った。電話の相手は麻希-まき-であった。国会議員の都宏-つひろ-を張っていた麻希からの連絡に、嫌な予感がして逸賀灼は素早く電話に出る。
電話の向こうで声を潜めて麻希が言う。
「都宏議員が、先進情報伝達研究機構との会合に今から出席するそうですわ」
その聞き慣れない団体に逸賀灼が首を傾げるより先に麻希は言葉を続ける。
「都宏議員が言ったんですわ。ヘイムスクリングラの書を渡す、と」
ヘイムスクリングラの書。上野の殺人事件で芦ヶ場-あしがじょう-が持っていたとされる何らかのブツ。芦ヶ場が何者かに譲渡しようとして奪われた筈のそれを、何故都宏議員が持っているというのだ。
そして、それを何故先進情報伝達研究機構に渡すというのだ。
繋がると思っていなかった全く別の事件が、嫌な線で結ばれてきた。
麻希にそのまま都宏議員の動向を観察する様に指示を出して逸賀灼は身を起こし、投げ捨ておいていたコートを拾い上げ袖を通す。都宏議員はお台場のホテルで先進情報伝達研究機構の人間と会うという。
「それと、麻希さん。ヘイムスクリングラの書が確保出来るなら手段の是非は問いません。何としても手に入れなくては。あれは上野の殺人事件、そして今カフトワンダーの極秘譲渡の物証になるはずです」




