【8枚目・ 海底座標は「X」】
8-1
浮瀬南陸斗-うきせな りくと-との一戦を終えた翌日の早朝。私はまたあの廃ビルへと来ていた。剣を呼び出さずに私は自分の手の先に魔力を込める。
かつて私は魔法から逃げ出した。魔力を有しながらも、それを操り魔法とする事が出来なかったからだ。しかし、ここ何度も剣とカードの力ではあるが魔法を使用している。
魔法を使うという、その感覚が掴めそうだった。そんな事を何気なく言うと祐希奈は私に魔法の練習することを提案してきた。誰も居ない静まり返った廃ビルの中で、空中を撫でる。魔力を電気へ、そしてそれをより強力な物へと変換するイメージを造り上げる。
手のひらで突然の熱い感覚に咄嗟に私は手を払う。雷光が視界を覆って、払った手の平から電撃が散る。宙を駆け抜けた青白い閃光。
何のカタルシスも無く成功した私の魔法に、私は拍子抜けした。かつて否定した存在を気付けば私は肯定している。
「すごい、やっぱり風花-ふうか-ちゃんには魔法の才能があったんだよ」
無邪気に喜ぶ祐希奈-ゆきな-に返事も出来ず私は自分の手の平を見つめる。
使えてしまった。あんなにも嫌悪した魔法を。もしこれが今。あの時、あの場所であったなら。私はどうしただろうか。喜んだろうか、それともそれすらも海の底へ沈めてしまっただろうか。
あの時の少女の名前を私はもう覚えていない。
「風花ちゃん、電話鳴ってるよ」
そう言われて私は初めてそれに気が付いて、慌てて携帯電話を引っ張り出した。表示された画面には衛都楼水希-えとろう みずき-の名前があって。どうやら彼女は冬期休暇の間も規則的な生活を送っているのは間違いないようだった。
電話に出ると衛都楼水希の声がした。
「月夜-つや-ちゃん、朝からごめんね。あのさ、今日お台場に行こうよ」
【8枚目・ 海底座標は「X」】
電話先で勢い良く喋り散らした衛都楼水希の話を要約すると、彼女の持っているお台場の複合レジャー施設の優待券の期限が今日までらしい。都合良く四枚あるというので祐希奈を連れて行くことにした。というよりも、私と衛都楼水希の会話を聞いた祐希奈が物凄い勢いで食いついたので、私はあまり乗り気でなかったものの祐希奈と共に行かざるを得なくなった。
優待券が四枚あるというのだ。衛都楼水希と私と祐希奈と、もう一人誰かが来る筈である。衛都楼水希だけでも私は緊張して上手くやれる気がしないのに、知らない人間がその場に一人居るなんて私には敷居が高すぎると思うのだ。
現地集合と言われて、そんな事を考えながら少し憂鬱に待っていた私は衛都楼水希に呼ばれて振り返る。
「月夜ちゃん、おはよ。良かったねー晴れてて。あ、でも屋内施設だからあんまり関係ないかな。ダイバー行ったことある? ダイバーって今日行くレジャー施設のことなんだけどさ、あたし無いんだよね。どんな感じなんだろね。
それとこっちはね、静玖-しずく-っていうんだけどあたしの友達。ちょっと人見知りする子だけど悪い子じゃないから。で、そっちは祐希奈ちゃんだ。祐希奈ちゃん可愛いねぇ、あたしの妹になっちゃいなよ」
「妹ってどうやったらなれるの?」
「それはねぇ簡単だよ。あたしとチューするだけで全部オッケーなんだよ。あたしの妹になってくれたら、そうだねぇー、毎日モンブラン食べさせてあげる」
静玖とは以前に一度、新宿のデパートで会っていることを衛都楼水希は忘れているようだった。衛都楼水希は相変わらずよく喋る。衛都楼水希と祐希奈が楽しく話している様子に私と静玖は取り残されたようで、何とも言えない反応を目だけで交わした。
二人組が二つではなく、二人組と一人と一人の組み合わせになる辺り静玖という人間も私と同じ類であるようだった。
私はぎこちなく静玖へと向かって笑顔を向ける。そんな私を無視して静玖が衛都楼水希の手を取る。
「水希、行こう?」
「そうだね、じゃあ出発」
衛都楼水希と静玖が歩き出したのを私は祐希奈と付いていく。どうも静玖という人間と仲良くなるのは私には無理そうだった。後ろを歩く私へと振り返り衛都楼水希は言った。
「なんか月夜ちゃん、良いことあった?」
「?」
「なんて言うかさ、悩みがぜーんぶ解決したような顔をしてる」
「……喧嘩になった人と和解できた、様な気がする」
浮瀬南陸斗-うきせな りくと-の事を思い出して私はそんな風に答えた。衛都楼水希はその答えで満足したのか、満面の笑顔を作った。
「良いことだね。でも月夜ちゃんが誰かと喧嘩するなんて想像できないなぁ」
「私もみっともないと思ってる」
「ううん。喧嘩ってのは、どうしても譲れない物があるからでしょ。そういう人はきっと素敵だと思うよ。誰かとぶつかることを恐れず、自分の意志と信念を相手に伝える。それってなかなか出来る事じゃないし、それはとっても大事な事だと思うなぁ」
「でも誰かとぶつかるってことはどっちかが間違っているって事」
「正解なんてたぶん一杯あるんだよ」
お台場の名前を捩った「ダイバーポイント」というのが、その屋内型複合レジャー施設の名称である。五年前に開園した施設であり、端的に言うならば巨大なゲームセンターと言える。
衛都楼水希が持っているのはそのダイバーポイントの中にあるボーリング場の利用料無料券であった。
「これの半券で、他の施設も割引になるみたいなんだよね。とりあえずボーリングやる? 祐希奈ちゃんだとちょっと難しいかな」
「大丈夫だよ」
そう祐希奈が答えたので、ボーリングをやる次第となった。衛都楼水希はこんな事まで器用にこなしていた。一投目でいきなりストライクをとる。そもそもあの細い腕で15ポンドのボールを投げている事から驚異だ。静玖とハイタッチをした衛都楼水希が無邪気に笑ってVサインを私に向けた。私は控えめな拍手をすると衛都楼水希は私の両手を取って喜ぶ。
「やったよ月夜ちゃん。ストライクだって!」
「凄いね。ボーリング得意なんだ?」
「ううん、初めてやったんだけど。で、ストライクって凄いんだよね? スペアより偉い?」
まるで当たり前であるかのように衛都楼水希は常人離れした結果を見せて。そんな彼女の姿に私は何故か切なくなる。きっと私にはなれない存在で、彼女はいつだって世界の正しい方に居る存在で。
「あれ、ガーターが一番偉いんだっけ?」
「ある意味、一番エラいことにはなってる」
祐希奈が重たそうにボーリングの球を持ったのを見て衛都楼水希が一緒にレーンまで歩いていく。そんな後ろ姿を眺めていると静玖が私のことを睨みつけているのが視界の端で見えた。何の心当たりもなく、私はぎこちなく笑顔を作る。そんな私に静玖は棘のある言葉を吐き出す。
「なんで君が水希のお気に入りなわけ?」
「え?」




