【7-4】
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月夜風花-つや ふうか-の言葉に浮瀬南陸斗-うきせな りくと-は、咄嗟に足下に目を遣る。浸水した床。それに立っている自分。そして月夜風花が持っているカード。
展開したバリアと地面の僅かな隙間。それがバリアの張られていない弱点となる部分であろうとも、その隙間を縫って一撃を入れるなど不可能だ。直線的な攻撃であれば足下しか攻撃できないそのモーションだって分かりやすい。月夜風花の持っている銃でその隙間を狙うなら、その動きで一目瞭然である。バリアから浮瀬南陸斗までは2メートル程は距離があるために直接物理的な攻撃は不可能。
だから、その弱点をどうすることなど出来ない筈であった。そう。筈であった。
「消防用スプリンクラーの水は特定消防法適用機種でない限り、通常の水道水。だから、それには塩素を始めとするイオンが存在している」
物質抵抗値、電気抵抗と言い換えても言い。
スプリンクラーの放水でこの場には塩素や二酸化炭素を含んだ水が廊下を満たしている。僅かなバリアの隙間に潜り込んだそれは、非常に物質抵抗値が低く通電性が高い、つまり電気を通しやすい。
月夜風花と浮瀬南陸斗を足下で結ぶ完全な導体がそこにはあった。そして月夜風花の持っている唯一の攻撃魔法。「塔」のカードの効果は雷撃。
月夜風花が切っ先を水面に向ける。その引き金に指をかける。確かにその一撃は浮瀬南陸斗へと届くだろう。導体で満ちた廊下を駆け巡るだろう。
浮瀬南陸斗は叫ぶ。
「そんなことをすれば、てめぇだってーーっ!」
そこで浮瀬南陸斗は気付いた。月夜風花のやっていた不可解な行動の意味を。彼女の打った一手を。
確かにこの廊下に満ちた水は通電性が低い。しかしそれだけではないのだ。水よりも遙かに電気抵抗の高い物質となった物が月夜風花の足下に存在しているのだ。固体化したそれは絶縁体とまではいかず半導体に留まるであろうが、導体で満ち溢れているこの状況に置いてその差は決定的なものとなる。
月夜風花の使用した「愚者」のカード。物質を強制的に状態変化させる魔法。彼女がそれによって作り上げたのは、彼女の足下一帯の氷の塊。固体化させた水。それは枷ではなく、鎧であったのだ。
「氷は電気を」
「通さない!」
月夜風花の放った雷撃が青い火花を散らしたのが見えて浮瀬南陸斗は息を呑んだ。雷撃は浮瀬南陸斗の遙か頭上、天井へと直撃しその天井を這うと蛍光灯が割れて細かな火花が散って水面に消えた。
電撃を外した。水面に向かって打つだけで十分のその雷撃を月夜風花は見当違いの所に撃った。その事実に浮瀬南陸斗は立ち尽くす。月夜風花が荒い呼吸で肩を上下させ、それでも剣の切っ先は浮瀬南陸斗へと向けて。そうして言う。
「私の勝ちだ。だから陸斗さん。降参して。私と話をして」
「何を言ってんだよ」
「ただ何も分からず争うなんて嫌なんだ」
そう言って月夜風花は剣の切っ先を下ろして、カードを引き抜きホルスターに仕舞う。彼女は手を浮瀬南陸斗へと差し出した。
「だから陸斗さん!」
「何で!」
浮瀬南陸斗が地面を蹴った。水しぶきを上げて、大鎚を振り上げて。月夜風花の元へ踏み込んで。けれども月夜風花は動かなかった。力なく剣を下ろしたままで。その姿に浮瀬南陸斗は大鎚を振り上げたまま手が止まる。
「何で」
「陸斗さんの答えがそれなら、私はもう何も出来ることがないから」
「てめぇは馬鹿だ」
浮瀬南陸斗はそう言いながら、床に崩れ落ちた。




