【7-3】
7-3
地下1階の廊下の壁に背を預け月夜風花-つや ふうか-は荒い息で呼吸をしていた。埃臭い空気が肺に入る度にせき込みそうになる。剣を握り締めて服の袖で汗を拭う。廊下と言っても縦長の一室の様な造りで階段を降りて数メートル先はもう行き止まりになっている。
「きっついなぁ」
手持ちの火力では足りない。浮瀬南陸斗-うきせな りくと-の「皇帝」の魔法のバリアは強固だ。弱点も見当たらない。展開中に大鎚による攻撃が出来ないくらいで、しかしそれも浮瀬南陸斗の言う通り、バリアと壁に押し込むだけで安定した強力な一手になる。
足音が反響して聞こえて顔を上げると、正面に浮瀬南陸斗が居た。「塔」のカードを装填し剣を構え直す。浮瀬南陸斗までの距離は4メートル程、その間に半透明の壁が見えた。
「陸斗さん。どうしてこんな事をするんだ」
「今更泣き脅しは通じねぇぜ」
「戦ってでも譲れない程のものなのか。ヘイムスクリングラの偽書っていうのは」
「この場にそれは必要なのかよっ!」
浮瀬南陸斗が動こうとしたので月夜風花が咄嗟に切っ先を向けて引き金を引いた。撃ち出された電流がバリアの表面を駆け巡る。
電流が走り回ったその瞬間、天井のスプリンクラーが反応した。一つが勢い良く水が吐き出すとそれに釣られて部屋中のスプリンクラーが起動する。月夜風花が天井を見ると、大量の水がまき散らされて目の前を細かい水の破片が舞っていた。冷たい感触に身体中が刺されて服が水を一気に含み重たくなる。大量の水が月夜風花を濡らした。
廊下に水が溜まっていき、くるぶし程の水位までなる。
「スプリンクラー?」
「まだ水道が生きてるのか」
そう言う浮瀬南陸斗は水で塗れていなかった。見えない壁の表面を水が流れ落ちていく。シャワーがバリアの表面にぶつかってはそのままバリアの形をなぞりながら滑り落ちる、その様で半透明だったバリアの全体の形状が確認できた。やはり浮瀬南陸斗から半径2メートル程の位置にドーム状のバリアがあった。
スプリンクラーの放水が止むと浮瀬南陸斗は一歩歩みを進め、月夜風花は一歩引き下がる。廊下は行き止まり。逃げ場はない。
浮瀬南陸斗の一歩で廊下に溜まった水が動いて音がした。足音が水音に変わる。水が引っかかって、それを蹴り飛ばした足によって波が立つ。
月夜風花はふと気が付いた。スプリンクラーの放水によって廊下に溜まった水。それに波を立てる浮瀬南陸斗の足。彼女の足は水に浸かっている。そしてそれでしか水面は揺れていない。
「降って湧いた幸運だ」
月夜風花はホルスターに指をかけカードを引き抜く。
「コード・ヴィクトア」
切っ先で足下の回りの水をかき混ぜるようにして切り裂く。「愚者」のカードが発動する。剣の触れた一定範囲の物質を強制的に状態変化させる魔法。それ故に月夜風花の足下の水は急速に凍結していく。高さ数センチの水位でありながら、綺麗に月夜風花の周囲だけが氷に変わった。
その理解出来ない行動に浮瀬南陸斗は足を止める。足下を凍らせて、しかもその中に足は沈めているのだ。両足に氷の塊という枷を付けて何をしようというのだろうか、と悩む。
月夜風花はカードを入れ替えてその切っ先を浮瀬南陸斗の方へ向ける。
「陸斗さんのバリアには特徴がある」
「は?」
「仕掛けは単純な物理障壁。発動者から特定距離にドーム状の壁を作り出す。発動者が移動すれば、壁も同一距離を保ったまま移動する」
故に、彼女はバリアを展開したままではその大鎚による一撃をたたき込めなかった。しかし、それは必要ない。単純に強固な壁での体当たりだけでそれは凶器となる。
「壁はその強固さと、使用者から一定距離に出現するという性質の為に圧殺という手に使える。でも、だとすればその壁には隙間がある。足下から十数センチ。地面とドーム状のバリアの間に隙間があるんだ。でなければ、接地面との摩擦が生じる筈だから」
水面は浮瀬南陸斗の足下でしか揺れなかった。見えない壁は水面には触れていなかった。浮瀬南陸斗も月夜風花と同様に水に足を突っ込んでいる。
もしバリアが接地面との僅かな隙間も出現しているならば最初のスプリンクラーによる放水で足下に水が来なかった筈なのだ。
バリアには隙間がある。地面との間に僅かな。ドーム状の壁は完全な円でもない。
「それで何が出来るってんだよ」
「私の一手を伝えるものがこの場には満ちている!」




