【6-6】
6-6
コード・ヴィクトア。愚者のカード。物質を強制的に状態変化させる魔法。
あの鉄の虎は金属質で、その形状を変化させた時には、まるで体表が液体であるかのように振る舞った。
そして、鉄の虎の一部が切り離されたとき粘度のある液体の様に地面に広がった。鉄の虎は、身体を構築する金属の液体と個体との間を自由に行き来してあの様な芸当を可能にしているのだと私は推測する。
愚者のカードが物質を強制的に状態変化させるなら、それの効果によって鉄の虎の身体を状態変化させてやればどうだろうか。あの固体状態では文字通り刃が立たないが、液状化させてやれば金属の身に刃を通せるのでは、と期待する。現に、尻尾が鎌のように変化した直後のあの時、剣で切断できた。
「だから! 通す!」
愚者のカードを発動させると刀身が淡く光った。虎の振り下ろした爪をかい潜り剣を背から振り下ろる。刃が触れた場所から鉄の虎の体表がぐにゃりと変化する。柔らかな感触に刃が通る。一気に押し込むと剣にまとわりついていた重たい感触が急に軽くなり、切っ先は宙を裂く。
切り抜けた私の背に分離した虎の一部があった。液状化した鉛色が地面に落ちる。浮瀬南陸斗-うきせな りくと-が動いたのが見えてそちらに気を取られていた私へと鉄の虎が突っ込んでくる。その突進に巻き込まれ私は地面を転がった。鉄の虎の前足に押さえ込まれた左肩に鈍い痛みが走る。背中を右肩が動く僅かな範囲だけ無理矢理浮かせて刃の切っ先をねじ込ませるように突き刺す。切っ先で揺れる淡い光が触れた部分から鉄の虎の体表に柔らかく切り込みを入れていく。
私の上で鉄の虎が吼えた。
「待ってたぜ! コード・ジークフリート!」
その瞬間、浮瀬南陸斗が落ちていた液状化した金属に向かって大鎚を振り下ろす。コード・ジークフリートと呼ばれた魔法を私は以前見ていない。そこで起きた光景に私は息を呑む。
大鎚を液状化した金属に勢いよく叩き付けた瞬間に、金属が突然膨らんだ。風船のように表面が張る。それを見た浮瀬南陸斗がもう一度大鎚を叩きつけると飛び退いた。鉄の虎へと向かっていく金属は明らかに今までとは様子が違った。地面を這うようにして重たく進んでいく。
それを取り込んだ鉄の虎が形状を変化させようとした。だが鉄の虎は取り込んだ液状化した鉄に押しつぶされる。地面に突っ伏した身動きが取れなくなっている。徐々に身体を再構築させているが、明らかに取り込んだ鉄の重量に負けていた。
「分離した金属の質量を増加させたのか……?
浮瀬南陸斗の魔法の効果としか思えない。小細工というのはこれだったのか。
鉄の虎の背にあったカードに表面を守るバリアが消えた。身体を再構築させている鉄の虎の動きが止まっている。
「イクス・ガンスノッドスエルツェ!」
引き金を引く、それと同時に剣が呼応する。剣の内部から確かな駆動の振動が手に伝わってくる。カード封印の為のシークエンスを剣が開始して液晶画面に「Shift over」の文字が表示される。
重厚な音が鳴って金属の噛み合わせがずれる音がした。剣に備え付けられた装甲の細部がずれ動く。装甲がずれ動いたことで内部フレームが露出して、その装甲の隙間から祐希奈が剣を呼び出した時と同じ緑色の光の粒子が大量に溢れ出す。
剣の切っ先を地面に向けて剣を斜めに構え直す。剣の駆動音が高ぶると放出される光の粒子が、一気に勢いを増した。大量に放出されて溢れ出した粒子が、私を中心に周囲で渦を巻いて新緑の旋風を起こす。私の視界一杯の粒子の先を睨み付ける。思い切り踏み込んで剣の切っ先をカードへ向けて突き立てる。
「封印!」
私の前で大量の光が弾けた。弾けた光はカードの元へ勢いよく集束する。封印したカードを手に取ると数字の7の刻印があった。
私が振り返ると、浮瀬南陸斗が私に大鎚を向けていた。浮瀬南陸斗の目的はあくまで、祐希奈-ゆきな-の持つヘイムスクリングラの偽書とやらだ。だから、この事態を少し予測してはいた。
「ヘイムスクリングラの偽書はうちにとって大切な物だ。渡せないと言うなら力づくでも奪わせて貰うぜ」
「ヘイムスクリングラの偽書とは一体何? どうして陸斗さんはそれを狙ってる?」
「教える筋合いはない」
「じゃあ渡せない。別の人に渡すように祐希奈ちゃんは言われているんだ」
逸賀灼-いちか あらた-という人物が何処の何者かは分からないが、祐希奈にヘイムスクリングラの偽書を渡した人間が、逸賀灼という人物に渡せと言っていたのだ。力づくでも奪おうとする人間に渡すよりはずっと良い。
それに。彼女と争ってでも、彼女とは争いたくなんて無かった。彼女には、きっと譲れないものが有るのだと言うのは分かる。だからこそ、それをただ曖昧な暴力で隠してしまうのが嫌だった。
衛都楼水希の言っていた言葉が今は何となく分かるのだ。浮瀬南陸斗という人間とただ何も解決しない結果で終わる争いなどしたくなかったのだ。
剣を構えた私を見て浮瀬南陸斗は言った。
「なら、答えは簡単だな」
【6枚目・薄氷、雪無、硝子細工の交差点 完】




