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魔法少女は死んだ  作者: 茶竹抹茶竹
1章・too hard to hard to me
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【1-3】

1-3


‐翌朝‐


 私は異様な違和感で目を覚ました。被った布団のせいで少し暑い。覚醒直後のはっきりとしない意識の中で認識したのは、目の前にいる幼い少女の存在だった。私の腕の内で静かに寝息を立てている少女、小学生に見える、年は十歳くらいであろうか。

 小さな鼻と口に、綺麗に切りそろえられた前髪から覗く閉じられた瞼。細く長い髪が少し身動きした少女の動きにあわせて流れていく。

 可愛いな、と私は率直に思った。そこで思考が停止した。ついに犯罪に手を染めてしまったのであろう自分に、頭をかきむしる。必死に昨夜の記憶を呼び起こす。

 見知らぬ女子小学生と一緒の布団で寝ている。これはどういうことなのだ。


 左手で布団を退けようとして、そこで私は左手が湿っぽい事に気が付く。ぎょっとして慌てて布団を退けると大量の水が染み込んでいた。弾かれるようにして少女の姿を確認する。彼女は緑一色のレインコートを着ていた。

 流石に少女にずぶ濡れのレインコートを着せたまま、一緒に寝る趣味は私には無い。段々と頭の中が冴えてきた。

 昨晩、この様な少女と出会った記憶はない。家に帰ってから私はずっと自分の部屋にいたのだ。

 つまり、どうやってかこの少女は私の家の鍵を開けて部屋に忍び込み、ずぶ濡れのレインコートを脱ぐこともしないまま私の布団に潜り込んだとしか考えられなかった。

 そんなことが有りうるだろうか、と湿り気に満ちた布団をベランダまで引っ張っていきながら私は考える。昨晩、夜中まで降り続いていた雪はすっかり止んだようで、眩しい白い太陽が見えた。ベランダの手すりに残っていた水っぽい雪を雑巾で払い布団を干す。

 少女を起こさないようにそっと抱え上げる。抱えてみるとその身体はあまりにも華奢で、予想していたよりもずっと軽かった。まだ濡れているレインコートをゆっくり脱がす。自分が酷く性的な事をしているようで、私の指先は少し震えた。

 レインコートの下に着ていた白い長袖のパーカーにグレーのスカートは濡れておらずレインコートを脱がした後はソファに寝かせる。少女が起きる気配はなく、私は濡れたシーツを洗濯機に放り込む。着ていたパジャマと洗剤も一緒に入れてスイッチを入れた。

 震え始めた洗濯機を前に私はようやく考え込む余裕が出来て、洗濯機の横の洗面台に手を付いたまま立ち尽くす。

 あの少女は誰だ。

 鏡の中の私を見ると、私は酷く動揺した表情をしていた。少しだけ暗い茶色に染めたショートカットの髪が汗で膨らんで毛先は散っている。顔立ちからいつも少年の様だと言われるのも、今の自分の強ばった顔を見れば何となく納得できた。

 鏡に写った私の背中の向こうに人影が見えた。そして遅れて声がする。


「あなたは誰なの」


 それを問いたいのは私の方だと思いながら振り返った。そこに居たのは件の少女であった。目の前に立たれるとその背の低さが際だって、私は彼女を見下ろすような形になる。彼女はスカートの裾を握り締めて真っ直ぐこちらを見つめている。その目に不安の色が見えて私は、彼女を不安にさせないように笑顔を作った。


「おはよう。私、風花‐ふうか‐って言うんだけどキミのお名前教えてもらってもいいかな」

「祐希奈‐ゆきな‐」

「祐希奈ちゃんって言うんだね。祐希奈ちゃんはどうして私の布団で寝てたのかな」


 私の問いかけに祐希奈と名乗った彼女は私の部屋を見回してから、私の方を向き直る。首を傾げる素振りと共に、鈴のような声を出す。


「誘拐されたから?」

「そっか、誘拐されたのかー。いや、してないしてない。私はまだ犯罪に手を染めてない」


 その言葉は半分は自分に言い聞かせているものでもあった。祐希奈は私の事を暫し見つめてからそのか細い声を出す。


「じゃあ、あなたが浮瀬南陸斗‐うきせな りくと‐? 魔法少女なの?」


 祐希奈が私に向かってそう聞いてきたので、それが人物の名前であることに気付くのに時間はかからなかった。私は浮瀬南陸斗という名前ではないし、先程には風花という名前を名乗ったばかりでもある。

 いやそれよりも。気になる単語が出てきた。祐希奈は魔法少女と言った。会話の内容から鑑みるに、浮瀬南陸斗なる人物は魔法少女という単語に結び付けられる人物らしい。アニメか何かのキャラか、いやだとしたら目の前の人間にそんなことは言わないだろうか。

 どうも良く分からないな、と思いながら私は自己紹介をする。


「私は風花。月夜風花‐つや ふうか‐。浮瀬南‐うきせな‐さんって人はちょっと分からないなぁ」

「祐希奈は先進情報伝達研究機構に引き渡される予定だった。なら、此処はどこ」


 どうも話が全く見えなかった。先進情報伝達研究機構。引き渡される。何が。恐らく、この子が。話が良く分からない。

 私が首をしきりに傾げていると祐希奈は口を半開きにしたまま首を傾げる。私と彼女の首の角度が重なって、祐希奈は言った。


「あなたが助けてくれた?」


 助けるという単語が先程の彼女の言葉に繋がる。急に祐希奈の言葉の端が何となくきな臭いような気がしてくる。どうも、厄介な事に巻き込まれたような気がしてならない。

 どうしたものかと思って私が曖昧に頷くと、祐希奈は突然私に抱き付いてくる。私は驚いて身動きも取れず、どうしたものかと持ち上げた手を空中で静止させた。腹の辺りに冷たい感触がした。祐希奈が私に抱きついたまま顔だけを私の方に向けるように上げた。その目の端に大粒の涙が浮かんでいるのが見えて私は息を呑む。


「怖かった。怖かったの」


 その言葉と同時に私は、細かいことの全てがもうどうでも良くなった。その涙の混じった声だけで十分になった。私は祐希奈の事を抱き締めた。私の腕の中で、その小さな彼女は身体を震わせていた。


 お湯を沸かしてココアを作りながら私はどうしたものかと思案する。よく分からないが祐希奈‐ゆきな‐は何か怖いものから逃げてきたらしい。ベランダに干した緑色のレインコートが風に揺れているのが見えた。

 唯一考えられる可能性は、同居している私の姉が昨日の夜に何処からか子供を預かってきたのだろう。

 この都内のマンションの一室に私は下宿している。大学生である姉が一人暮らしをしているこの部屋に、私は一緒に住ませてもらっていた。東京都内の高校に通いたい、私の希望は姉の元に下宿することで叶った。


「おねぇちゃん、今日はバイトだっけか」


 昼間は大学に、夜はバイトに、と同居人の姉が帰ってくるのは大抵夜中であったので、昨日も顔を合わせていない。夜中に子供の一人や二人連れ込んでも私は気付かないだろう。

 真相を確かめようにも、当の姉の姿はこのマンションの一室の中には無かった。バイトに行ったのだろうかと思い、電話をかけようとする。その瞬間、窓の外で轟音が轟いた。雷鳴が発光と共にして、地鳴りのように窓を叩く。

 先程までは晴れていた筈なのに、とぼやきながら私はベランダに飛び出した。布団を取り込もうとして気が付く。


「何だ、これ」


 それは異様な光景だった。一杯に広がる青空の中、雷光が瞬いていた。雷はビルの屋上に設置された避雷針に次々と落ちていく。その落雷の量も、雨雲一つ無い空も、私はそれらを上手く納得する術を知らなかった。

 強い閃光が何度も世界を白く瞬かせ、そしてその奥の一瞬に亀裂のような白い一閃が見えた。そしてそれに続いて大気を振動させる轟音が響きわたる。落雷が轟音と共に途絶えた数秒後にまた空が白く染められる。雷光が見えた。身構える間もなく轟音が落ちてくる。


「何でこんなに雷が、空は晴れてるのに」


 私がその光景から目を離せないでいると、祐希奈が飛び出してくる。ベランダに飛び出してきた祐希奈がその光景を見て手すりから身を乗り出して空を見る。危ないから、と祐希奈を部屋に戻そうとすると、彼女は弾かれたように室内に戻った。


「止めなきゃ」


 彼女はそう言ってマンションのこの一室を飛び出していく。私は訳も分からずスニーカーを足に引っかけて彼女を追いかけた。祐希奈はエレベーターを呼んで最上階へ向かおうとしていた。私は彼女に追い付くと慌てて問いかける。


「どうしたの祐希奈ちゃん」

「雷、止めなきゃ。あれはカードの効果だから」

「カード?」


 エレベーターに乗り込んで最上階のボタンを彼女は押した。スニーカーを履き直しながら私は問いかける。祐希奈は裸足であった。


「魔法なの、あれ」


 祐希奈が指先を噛む。祐希奈の必死な言葉に私は前髪を手で引っ張る。自分の中で渦を巻く良く分からない靄の様な物をかき消そうとする。あれは魔法であると彼女は真剣に言い出した。そんなこと認めたいはずも無い。


「あぁ、もう何なんだ。魔法少女とか魔法とか。そんなもの、この世には無い。あってたまるか」


 私の言葉に祐希奈が振り返る。強い口調で私に言う。


「魔法はあるよ」

「あってたまるか。無いんだよ、この世に魔法なんて。それで良いじゃないか。みんなそれで幸せじゃないか」

「もしかして、あなたは魔法を知ってるの?」


 祐希奈は私に動揺した風に聞いた。その言葉は最上階に付いたことを知らせるエレベーターの音にかき消される。ドアが開くと同時にエレベーターから飛び出した祐希奈は屋上への非常階段を見つけると、非常階段を封鎖している鍵の閉まった柵をよじ登ろうとした。私は慌てて祐希奈を止めようとする。


「ちょっと、待った。祐希奈ちゃんは、何がしたいの」


 祐希奈が私の問いかけを無視して、柵に片足をかけたのを見て私は溜息を吐き出す。あまりに必死な彼女の後ろ姿を私は両手で押し上げた。祐希奈が驚いて私を見るので、肩をすくめてみせる。


「あぁ、もう分かったよ」


 祐希奈を押し上げて柵を越えさせると、私も柵をよじ登って祐希奈の後を付いていく。必死に階段を駆け上る祐希奈の背中を追いかける。初めて立ち入ったマンションの屋上に出た。そこで私達が見たそれは異様な光景であった。

 屋上から見えるこのマンションの周囲一帯に広がる新宿のビル群の景色。一面に広がる青空の下で落雷が起きていた。強い風が何処からか巻き起こり私は強い風から腕で庇う。青白い閃光が何度も瞬いてビルの屋上に雷が次々と落ちていた。雷は落ちると同時に周囲に雷光を撒き散らし、まるで空中に青白い裂け目を作るようで。

 断続的に落ちる雷。それは有り得ないほど連続していた。突如、目の前で閃光が瞬く。このマンションの屋上に叩きつけられるようにして青白い電流の塊が落ちた。

 その雷光の内に、何かカードの様な物が見えた。このマンションの屋上に落ちた雷は、落下の衝撃でまるで砕け散ったように周囲に雷光が弾ける。弾けた雷光は一瞬で集束すると天へと昇っていく。


「今の落雷の一瞬に見えた。あれがカード」

「カード?」


 雷、そう何度か呟いて祐希奈は考え込む素振りを見せる。


「多分、コード・パオラ。16番目、塔のカード」

「何を言ってるの、祐希奈ちゃん」

「あれはカード。魔法術式を組み込んだ古代文明の遺産なの」


 頭痛がしてくる。祐希奈の言葉全てが頭の中で嫌な音を立てる。魔法だとか、古代文明だとか、そんなもの。有るわけがないのだ。無くて良いものなのだ。今、目の前の光景だって異常気象の一つで、祐希奈の言葉なんて有りうるわけがない。

 それを理解してしまえば、私はきっと戻れなくなる。この世界に魔法なんてものが存在しているなんてことを、一体誰が信じることが出来る。きっと夕方には東京で異常気象なんて記事が出て、今目の前の光景を科学的な理屈で説明してもらえるに決まっている。

 私が祐希奈に向けて否定の言葉を口にしようとすると、祐希奈が彼女の胸に手を当てて強い口調で言う。


「あれを封印するのは祐希奈の役目だから」



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