【4-6】
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月夜風花‐つや ふうか‐は指先に掴んだカードを構える。ゆっくりと足を踏み出して数歩歩みを進めると、そこで止まった。
人差し指で剣の一番目の引き金を引いた。剣の装甲が展開する。カードの差し込み口に金属製のカードを挿入する。コード・ルートヴィッヒ。死刑囚のカードを押し込んだ。金属が噛み合う音がして展開した装甲が元に戻る。剣の液晶に「Set」の文字が浮かび上がる。剣の切っ先を正面へと向けると引き金を引いた。
一つ目帽子が反応した。靄の鎧が変化し、瞼を開いた視線の先に月夜風花の姿を捉えカードがそちらを向く。それを見て月夜風花は自信の推測が当たっていたことを確信する。
読みは当たっていた。一つ目帽子の特性は範囲内の動く物に攻撃を加えること。そしてそれは視覚的情報に頼っていると言うこと。初めは音かと思ったが、鍵を投げて音を立てても無反応であった。仕組みはともかく、カードから一定距離以内に反応を見つけるとあの帽子の先を伸ばして鞭のように振るって攻撃する。
現に今、範囲内に進入した月夜風花の姿に一つ目帽子は視線を向けた。月夜風花は身動きもせずそれを見つめていた。
「それは、正確で強力な一撃だ」
「風花ちゃん!」
祐希奈‐ゆきな‐がそれを見て叫ぶ。一つ目帽子の先端が伸びると、鞭のように黒い一閃が空を裂いた。しなりを持って遠心力を得た鞭によって、呆然と立ち尽くす月夜風花の元に一撃が振り下ろされる。剣を構えもしない月夜風花の姿に祐希奈が息を呑んだ。
鞭の先端が月夜風花の頭頂部からを打ちのめした、様に祐希奈には見えた。黒い鞭が触れると同時に月夜風花の姿がぶれる。まるでピントの合わないプロジェクターのようであった。そしてその姿が消える。鞭の一撃を無防備に食らった瞬間に消滅した月夜風花の姿に、祐希奈が呆けた声を出す。
「惜しい」
月夜風花はそう呟いた。
カードが勢い良く動いて真逆の方向に視線を向ける。逆さ天秤の直ぐ側、背中を取った形で月夜風花の姿があった。
一つ目帽子の特性のもう一つ。それは形態の変化だ。黒い靄が通常はカードを覆い隠すようになっていてまるで鎧と化す。その強固な守りは切りつけるだけでは、簡単に突破できそうにないのだ。だがカードが露出する瞬間が出現する。それは範囲内に反応があり攻撃する瞬間。
その一瞬の隙を突く。正確で高速、かつ強力なあの鞭の一撃を放つ瞬間。あの攻撃を誘発させつつ、接近して剣でカードに触れる方法。
「死刑囚のカード。効果は身代わりの出現」
月夜風花は剣を構えた。
一つ目帽子は音でなく、視覚で反応する。なら自身と同じ姿形が出現すればどうだろうか、と月夜風花は考えた。そして死刑囚のカードを使った。死刑囚のカードの効果は、自身と同じ姿形の身代わりを出現させ自身の姿を消すというもの。その身代わりに一つ目帽子が気を取られ攻撃を行う事でカードが露出する瞬間。それが月夜風花の狙いであった。
そして、それは完璧な形で実現した。
背後に回り込んだ月夜風花の姿を確認して、一つ目帽子が鞭のように伸ばした先端を動かす。黒い一閃、それが勢い良く月夜風花へと向かう。だが一つ目帽子の背後に回り込んだ月夜風花までは、その鞭は遠すぎる距離にあった。
「遅い!」
月夜風花は引き金を引く、それと同時に剣が呼応した。剣の内部から確かな駆動の振動が手に伝わってくる。液晶画面に「Shift over」という文字が表示されて、重厚な音と共に金属の噛み合わせがずれる音がした。剣に備え付けられた装甲の細部がずれ動く。装甲がずれ動いたことで内部フレームが露出し、その隙間から鮮やかな緑色の光の粒子が大量に溢れ出す。剣の駆動音が高ぶると放出される光の粒子が、一気に勢いを増した。大量に放出されて溢れ出した粒子が、月夜風花を中心に周囲で渦を巻いて新緑の旋風を起こす。
「封印!」
月夜風花が背中に回して構えていた剣を叫び声と共に振り抜く。空を裂く重たい音が耳元で鳴って、振り回されるように剣を振り下ろした。重たい刃がまとわりつく空気を切り裂き、その先に確かな手応えがあった。剣の重さに引きずられカードを斬り抜ける。
斬り抜けた背後で甲高い金属音がした。振り返ると一枚のカードが空中を回転しながら舞っていた。剣の内から響いていた駆動音はいつの間にか消え、一瞬の静寂の後に突如周囲に散っていた光が集束する。金属を引っかくような雑音が轟音と化して周囲の景色は滅茶苦茶になる。その発光は白い塊に変わっていき、集束した光が消えていくとカードは地面に落ちた。
駆け寄ってきた祐希奈にカードを見せる。
「コード・ヴィクトア。愚者のカード。意味は変換」
「変換?」
今の一つ目帽子の形態は魔力の塊であったが、物質的な質量を有していた。変換とはそういう意味であろうかと月夜風花は悩む。一度、使ってみないと効果はイマイチ分からないかもしれない。説明書の類がある訳でもない。
「今回のは危なかったの」
「そう? 割と余裕だったけど」
「そうじゃなくて、もしこれが別の場所に出現していたら沢山の人が怪我してたよ」
今回の暴走したカードは今までのとは違い明確な攻撃意志があった。範囲内の物に対して攻撃を加えていた。あの鞭の様な一撃はまともに食らえば、軽傷では済みそうもない。例えば街中で発動していたらどれだけの被害が出ていただろうか。
「みんなの事を風花ちゃんが助けたの。風花ちゃんは否定したけど魔法でみんなの事を助けれるんだよ」
祐希奈の言葉に私は視線を外す。
祐希奈はそんな言葉を以前も言った。魔法は誰かを救うための力になると。もしかしたら、そうなのかもしれない。けれども。
「そんな事、あるわけがない」
兎に角、この場を離れようと祐希奈を抱き抱えようとした刹那。
轟音。
背後で轟音が生じた。
月夜風花が咄嗟に振り返ると、其処ではビルのコンクリートが砕けて白い粉塵が舞っていた。破片が落ちる細かな音がして、その粉塵の先に人影が見えた。月夜風花は剣を構える。
おかしい。今居るのは15階立ての廃ビルの屋上だ。そこに一体何がどうやって出現する。先程の轟音は空から降ってきたとでも言うのだろうか。なら、その人影は何だ。そんなものがあると言うのか。
心臓の鼓動が激しくなるのに反比例して粉塵が風に流され消えていく。その向こうにいたもの。
最初に認識したのは大きな鎚だった。手元にはゴム製のグリップが巻いてあり身の丈を超える長いグレーの柄が続く。石突きの部分は透明な結晶体がはめ込まれている。柄頭の部分には大振りの打撃部が付いており、その面は六角になってだった。本体は黒地で、派手な金の差し色が入っている。左右対称の打撃部の中心には何か機関部の様な物が備えられていた。大鎚としか呼びようにないそれは、自立しているわけではない。それを持っている人間がいた。
「んだよ、もう終わっちまってるのかぁ?」
祐希奈は言っていた。魔力を人工的に生成し操る兵器、カフトワンダー。それを持つ存在を魔法少女と呼ぶと言っていた。それはつまり。前例があると言うことだ。そう呼ばれる存在が居ると言うことだ。この世界には魔法は無い。なのに、魔法少女という言葉を祐希奈は使っていた。月夜風花と初めて会ったとき、彼女は魔法少女という単語を口にした。それを恐れていた。月夜風花という存在が、何も知らないあの時に。
そして祐希奈は二人と。
「まさか、逸賀以外の魔法少女に会うとは思っても居なかったぜ」
乱暴な口調。癖毛の黒髪のショートヘアー。グレーのメッシュ。不敵な笑み。その姿に月夜風花は息を呑む。状況を理解できない。思考が追い付かない。その女性は躊躇いもなく、ゆっくりと歩みを進めてくる。
「何で」
浮瀬南陸斗‐うきせな りくと‐が其処にいた。
【4枚目・罪の名を呼んでみよ、空に描いた境界線 完】




