【4-3】
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「月夜‐つや‐ちゃん、月夜ちゃん」
二学期最後の授業が終わって、私が伸びをしていると衛都楼水希‐えとろう みずき‐に話しかけられた。私が顔を向けると笑顔の彼女が居た。癖なのか、いつものように腕を後ろで組んで楽しそうに身体を左右に揺らしている。
あぁ、そうだ。と思い出して鞄の中から彼女から借りていた折り畳み傘を取り出して渡す。それを見て衛都楼水希はにへらと笑う。
「そんなの良いからさ、月夜ちゃん。この後遊びに行こうよ。だってもう明日から冬休みだよ」
「ごめん、司書の先生に図書室の整理を頼まれてるから」
「じゃあ、手伝うよ」
断ったのだが、遠慮しなくてもー、の言葉だけで彼女の勢いに押し切られてしまう。頼まれていたのは図書室の予備室に散乱した書籍の整理であった。作業としては決められた棚に戻すだけではあるが、予想以上の量である。あまりの惨状に私の口から無意識のうちに意図していない呻きが漏れた。
何をどうしたら此処まで雑多に本を散らばせることが出来るのだろうか。図書室に併設された一室は書棚が所狭しと並び、図書室に置けない、置かない本を保管している。その狭い一室には所狭しと、床が見えない程に本が落ちている。題名をアイウエオ順で書棚に戻せと言われても、まず足の踏み場の確保から始める必要がありそうだった。
私の横で衛都楼水希が腕まくりをして肩を回すのを見て、私も両手の平で自分の頬を叩いて気合いを入れる。
全て終わった頃には息が上がっていた。
「ありがとう、一人じゃ無理だった。何かお礼をするよ」
「じゃあ駅前の喫茶店のケーキ食べにいこう」
衛都楼水希がそう言うので、二つ返事で私は彼女に着いていく。昨日会った時に言っていた店らしい。相変わらず彼女はよく喋る。何がそんなに楽しいのか、嬉しそうに沢山の言葉を生み出す。彼女の話はひたすらに、その目当てのケーキの話であった。そこが如何に美味しいか、他店とは何が違うのかをひたすらに語る彼女の話に相槌を打っているとその喫茶店に着いた。
最近オープンした小さな喫茶店で、木造造り風の洒落た店であった。そんな店内に意気揚々と足を踏み入れた衛都楼水希はショーケースの前で悲鳴を上げる。何があったのかと私は彼女の肩越しに覗き込む。
「売り切れ?」
ショーケースは文字通り空っぽであった。まだ三時近い時間であるのにもう売り切れるのか、と私は店内を見渡す。妙な光景を見つけて私は衛都楼水希の肩を叩く。そうして私は人指し指を向ける。
「あの人のせいかと」
私が指さした先には、店内のテーブルいっぱいにケーキを並べた女性の姿があった。癖毛の黒髪のショートヘアーで、所々にグレーのメッシュが入っている。年齢は私と同じくらいか、少し上だろうか。そんな彼女は数十個のケーキを前に満足げな笑みを浮かべていた。買い占められたのでは、と私が言い切る前に衛都楼水希は彼女へ向かっていく。
「文句言ってくる」
「え」
「月夜ちゃんだってケーキ食べたいでしょ」
いや、私は一言もそんな事を言っていない。誘ったのも、決めたのも衛都楼水希である。私が引き留めようとするも、既に衛都楼水希はその女性の前に立っていた。衛都楼水希の後ろで私は溜め息を吐く。
「ちょっと、非常識じゃないですか。こんなに一人で食べれるんですか」
「んだよ、お前」
女性は面倒くさそうにケーキから顔を上げた。ケーキに囲まれた彼女は何かおとぎ話の世界にいるようで、けれどもそれに似合わない不機嫌そうな目をしていた。目の中を大きく動かして私と衛都楼水希の顔を交互に見比べる。
「言ってる事と、良いてぇ事は何となく察したつもりなんだが。けどよ、うちがこれを先に買った。だから食べる。何の問題もねぇじゃねぇか」
「この量はおかしいって言ってるんだよ」
「何なんだよお前。それを決めるのはうちだろ。ちょっとは常識的に物を言えよ」
「じゃあ常識的な量を食べなよ」
衛都楼水希の剣幕に私は少々たじろぐ。恐ろしい、糖質を巡った戦いであった。堂々巡りを始めた会話を、その女性は溜め息混じりの一言で断ち切った。
「分かったよ、そんなに言うならゲームで決着をつけようぜ」




