【3-7】
3-7
浮瀬南陸斗-うきせな りくと-は肌寒さで目が覚めた。ベッドの中で下着も付けずにいたせいだ、とゆっくりと毛布から抜け出して暖房のスイッチを押しにいく。癖の強い短い髪を左手でかきむしる。寝室の冷え切った空気に、朝の日差しが射し込んでいた。暖房のスイッチを入れて浮瀬南陸斗は欠伸をかみ殺した。
浮瀬南陸斗がベッドの元に戻ると毛布にくるまって猫の様に眠る高嶺-たかね-が艶っぽく呻いた。少しウェーブのかかったセミロングの茶色い髪。赤みの差した柔らかな頬。色っぽい唇は半開きでそこから寝息が漏れ出している。浮瀬南陸斗とあまり変わらないような年に見える。
高嶺を起こさないように浮瀬南陸斗は寝室をそっと抜け出してシャワーを浴びに行こうとする。鞄の中に入れていた携帯電話が鳴った。
浮瀬南陸斗は慌てて電話に出た。高嶺を起こしてしまったのではないかと目を遣るが、彼女はまだ眠りの内にいた。
「もしもし」
『あぁ、浮瀬南さん。おはよございます。イキナリですけど芦ヶ場‐あしがじょう‐さんと最近、連絡取りました?』
「いや。芦ヶ場ってアイツだろ、この前ウチにカフトワンダー渡しにきたやつだろ? あの雪の日に、逸賀‐いちか‐と遭遇した時の」
努めて冷静に浮瀬南陸斗は電話の向こうの相手に応えた。芦ヶ崎誠。ミズガルズの開発したカフトワンダーとその所有者の祐希奈を引き渡す際にあの現場に居た人間である。
電話の向こうの相手は浮瀬南陸斗の返事に少し考え込むような間を空けてから少し声を落として言う。
『芦ヶ場さん死にました。昨日の夜』
「は?」
『芦ヶ場さん、どっかの組織に裏切ってたみたいなんですよ。ヘイムスクリングラの書を誰かに渡そうとしてみたいで。ヘイムスクリングラの書、勝手に持ち出して誰かと待ち合わせてたところを銃でドカン、てね。裏切り者は処刑って事で殺されたみたいで』
「まじかよ。それで、ヘイムスクリングラの書は?」
『回収されたんじゃないですか。ミズガルズの連中としては芦ヶ場さんがどうこうじゃなくてヘイムスクリングラの書持ち出されたことが一番やばかったからやっちまった気がしますけどね』
「やべぇなアイツら。ガイソウが出張ってくるかもしれねぇし、うちらは大人しくしてた方がいいか」
ガイソウの逸賀灼‐いちか あらた‐の事の顔を思い浮かべる。事件の真相にたどり着けるものだろうか、彼女はどれくらいの実力のものだろうか。
『そうですね。カードの回収の方に力注いじゃって下さい』
「分かったよ」
電話を終えて浮瀬南陸斗は大きく溜め息を吐いた。突然後ろから抱き締められて振り返る。いつの間にか起きていた高嶺が浮瀬南陸斗の後ろから抱きついてその背中に顔を押し付けていた。何も着ていない高嶺の肌の感触に浮瀬南陸斗は少し昂揚を覚えた。
浮瀬南陸斗は高嶺の方へ向き直ると、真正面から抱き締めて高嶺の髪を撫でた。
「どうしたんだよ、たかちゃん」
「今日の浮瀬南はなんか怖いよぉ」
「芦ヶ場が殺されたって情報が回ってきた」
「もうバレたんだ。早いね」
高嶺の不安げな声に浮瀬南陸斗はその手に力を込める。浮瀬南陸斗に強く抱き締められて高嶺が嬉しそうな悲鳴を上げた。浮瀬南陸斗は高嶺の首筋に口付けをすると耳元で囁いた。
「問題ねぇよ。何もバレてねぇ」
「でもでも、浮瀬南が」
「うちはもう大丈夫。何か次の手は考える」
そう言うと浮瀬南陸斗は高嶺の頬に口付けをした。高嶺が恥ずかしそうにはにかんで、浮瀬南陸斗の唇を指先で軽く触った。
「ねぇ、浮瀬南の事。凄く心配してるんだからね」
「分かってる。大丈夫。うちには立ち止まる選択肢はねぇんだ」
浮瀬南陸斗は強い口調で言い切った。それでもなお、高嶺が迷いながら言葉を続けようとしたので、浮瀬南陸斗は彼女から腕を放した。床に落ちた高嶺と自分の下着を拾い上げながら浮瀬南陸斗は言う。
「疑われても何だ。カードでも探しに行くか」
「うん」
「一つ大暴れしてぇ気分だ」
【3話・冬の霞は二度枯れる 完】




