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魔法少女は死んだ  作者: 茶竹抹茶竹
1章・too hard to hard to me
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【1-2】

1-2



人間の能力を超えた現象や結果をもたらすことの事を魔法と呼ぶ。1309年、イタリアのトマス・Jが著した「王宮記」に中世ヨーロッパにおける魔法観について詳細に知ることのできる記述がある。

 トマスの言葉を引用すれば、「魔法使いと呼ばれているその老人は、窓を開け暗闇に語りかけた。それは、あたかも自然と会話し、その力を請うようであった。翌朝、彼が語りかけた言葉通り数日間降り続いていた雨は止んでいた。」、とあるように魔法とは近・現代以前は自然の力を理解するものであった。

 人智を超えたもの全般を指し示す言葉である魔法であるが、当時の人々の想像力の限界がそこであったのだろう。

 それより後、近代化という波が押し寄せ科学技術の進展は魔法という言葉の性質を変えた。人間の技術では不可能なもの、理解できないもの。だが、技術の発展は次々と魔法の領域を狭めていった。

 そして現代。魔法の存在する領域は創作物の中にしか存在しないものとなった。

 そう、誰もが思っていた。




【魔法少女メルティ・リースは死んだ】

作者・茶竹抹茶竹-さたけまさたけ-



‐10時間前‐


 ふと、目が覚めた。ハッキリとしない意識の中で頭痛だけがした。時刻を告げる学内のチャイムの音がした。

 その音で、私、月夜風花-つや ふうか-は今が授業中であったことを思い出す。この北代々木高校の校内のチャイムは何処か音を外したような、とにかくひどく風変わりな音である。熟睡していた私を叩き起こすくらいに。

 枕にしていた腕から顔を上げると中年の数学教師が黒板を消しているのが見えた。瞬きをして私は額に手をやる。

 くしゃくしゃになった数学のノートは白紙のままで、今日の最後の授業である数学は呆気なく終わってしまったようだった。私のノートと同じように空白になった黒板を後にして数学教師が教室を出ていくと、今日のカリキュラムから解放された高校生はまるで暴徒と化した。鞄にヨレた教科書とノートを入れていると声をかけられる。


「月夜ちゃん、よく寝てたねー」


 私の前に立った女生徒はそう言った。少し吊り目がちで端正な顔立ちは所謂美人の類に入るであろう。いや、美人だと断言しても良い。セミロングの黒髪はピンで束ねてポニーテールにしてあり彼女の快活さを表しているようでよく似合っていた。冬用の指定制服であるブレザーの下に洒落たグレーのパーカーを着込んでいる。短くしたスカートからは黒のタイツが覗く。

 クラスメイトの、衛都楼水希-えとろう みずき-は何が楽しいのか身体を左右に揺らしながら私に話しかけてくる。


「昨日寝るの遅かったり? あ、もしかして深夜探偵観てた? あれ面白いよね」

「え? あ、いやそういうわけじゃないんだけど、何となく眠くて」


 最近人気の深夜ドラマがその、深夜探偵とかいうタイトルだった気がした。その事の話をしてきたのだろうと私は遅れながら理解する。私が否定すると衛都楼水希は残念そうに頷いた。


「月夜ちゃんって、ドラマとかあんまり観ない感じ?」

「そういうのは詳しくなくて」

「じゃあ音楽は? あ、そうだ今日カラオケ行こうよ。月夜ちゃん」

「ごめん。今日はちょっと予定があるから」

「あ、そうなんだ。じゃあ来週行こうよ。今日はどこかに行くの?」


 私は会話を打ち切るように鞄を持って席を立つ。


「ごめん、急いでるから」


 私は足早に教室を出る。廊下は授業が終わり帰宅しようとする生徒で溢れていた。私はそれを避けながら俯きがちに歩く。

 私には分からない。衛都楼水希が何故私の様な人間に話しかけてくるのか。彼女は入学してからずっとクラスメイトというだけで特に親しくもない私に構ってくる。

 私は衛都楼水希とは違って交友関係が広くない。彼女と違って明るい性格でもないし、集団の中心にもいない。衛都楼水希はその明るい性格で他人を引き付ける素質がある。誰かと関わること自体が面倒だと思ってしまう様な私では、決してなれない存在であった。

 そんな彼女が私に何を求めるというのだろうか。

 何度か肩をぶつけながらようやっと校舎を出ると弱い雨が降っていた。そこで私は折り畳み傘を教室に忘れた事に気が付く。溜息を吐いて覚悟を決めて、また教室に戻ろうとして所で私は肩を叩かれる。振り返ると笑顔の衛都楼水希が居た。一瞬私は身じろぐ。彼女は満面の笑みのまま、その右手にしていた花柄の長傘の柄を持ち上げてみせる。


「傘忘れたの? 一緒に帰ろ?」

「いや教室にあるから」


 衛都楼水希は私にその言葉を最後まで言わせなかった。私の肩を押して雨の下に出る。


「そんな気を使わなくて良いからー」


 衛都楼水希‐えとろう みずき‐は傘を開くと私の手を取った。花柄が拡がる。衛都楼水希に手を取られ、私は彼女に引き寄せられる。半ば観念して私は彼女に従った。彼女がさした傘を私の上に向けると私の肩に彼女は彼女の肩を寄せてくる。一つの傘に雨から逃げ込むように私達は身を寄せた。というよりも、少し濡れても気にしないので間を開けようとすると、衛都楼水希は身を寄せてくる。

 居心地の悪い距離感で、一本の傘の下、私と衛都楼水希は駅までの帰路を歩き出した。

 私が動く度に頭の上で花柄の景色が動く。靴の下で水の跳ね上がる音が聞こえる。私の真横に衛都楼水希が居ることが私をひどく緊張させる。

 別に親しくもない彼女と同じ傘で並んで帰るなんて思ってもいなかった。今の状況を苦手に思って俯いた私に衛都楼水希は言う。


「月夜‐つや‐ちゃんって何が好きなの? ドラマとか観ないんだよね、休みの日って何してるの? マンガとかは。あたし結構読むんだ、実はこう見えて読書も結構するんだよね。あ、そうだ。月夜ちゃんって運動神経良いしスポーツとかしてたり? ねぇねぇ、教えてよ」

「特に何が好きってわけでも。そんなに気になる?」


 それは半分、嫌味だった。何度素っ気ない返事をしても彼女は私との交流の糸口を作ろうとしてくる。いつだって彼女は私との距離を、私の作った壁を無視して詰めようとしてくる。私が幾らそういう事を苦手にしても、彼女は無邪気な風で私に構ってくるのだ。

 それはとても不思議でもあったし、煩わしくもあった。

 半分は嫌味を混ぜた言葉。そんな私の言葉の刺を、向けられた主は気にしてもいないかのようで。衛都楼水希はその指を小さくまとまった品の良い唇に当てて不思議そうに言う。


「えー、あたしは知りたいな。月夜ちゃんの事。あ、そうだ。明日土曜日だし映画観に行こうよ。月夜ちゃん、何か観たいのある? どういう系がいい? あたし観たいのがあるんだけど、小泉智香‐こいずみ ちか‐が主演やって……」

「何で私に構う」


 私の前で饒舌な衛都楼水希に、つい、私はその言葉を言ってしまう。弱い雨がずっと降り続いている今日の天気と、一人で勝手に幾らでも舌の回る彼女に少し苛ついてしまった。

 私の言葉に衛都楼水希は虚を突かれた顔をして、そうしてから丸くなった彼女の口元はゆっくり穏和そうな笑みに変わる。


「月夜ちゃんって、いつも一人で居るでしょ。だから、なんて言うか気になっちゃうんだよ。月夜ちゃんは自分から他の人を寄せ付けない雰囲気を出してるし、沢山の人と連んだりするのもあんまり好きじゃないってのも分かるんだけど」


 衛都楼水希が足下で雨の音を鳴らす。彼女は指先でその前髪をよけた。その横顔を見て私は彼女を本当に美人だと思う。外見も内面も、彼女は誰もが簡単に手には入らないものを全て持っている。そんな彼女が何故私の様な人間の内面まで手に入れたがるのだろう。

 私は彼女の言葉を待ったまま答えなかった。私の顔をのぞき込んで衛都楼水希は言う。


「でも。月夜ちゃん、寂しくない? 誰かと一緒に楽しんだりするのも絶対素敵なことだと思うなぁ。あたしだったら一人は耐えきれないよ。誰かと関わらないなんて寂しくてしょうがないよ。だから気になっちゃう。

 それに月夜ちゃんって、すっごい良い人だとあたしは思うんだ。そうやって冷たいフリする必要なんてないと思うんだよね。だからあたしは月夜ちゃんと仲良くなりたいんだ。それって……」

「別に。私は気にしない。一人の方が気楽だから。誰かに気を使うとか向いてないから」


 衛都楼水希の言葉を私は途中で遮った。強がりでも嘘でもない。私はそうやって生きてきた。

 衛都楼水希が私の言葉に何処か寂しそうな顔をする。

 まるで彼女がこの世界では正しいかのように。いや、きっとそうなのだ。彼女はいつだって正しくて、異質なのは私だ。彼女は沢山の物を持っていて、沢山の人と繋がっていて。だから彼女は知っている。でもそれに、私はなることなんて出来ない。

 衛都楼水希はその寂しそうな顔で言った。


「でも、それって悲しいよ」


 駅まで着くと私は衛都楼水希の傘から出た。彼女は此処から家まで徒歩だという。私は礼を言って改札へ向かおうとすると、衛都楼水希に手首を掴まれた。振り返ると彼女は通学鞄の中から水色の折りたたみ傘を取り出した。持ち手にはピンク色をしたクラゲのキャラクターのストラップが付いている。それを私に差し出して、彼女は笑顔をみせた。


「傘の予備持ってるから、貸すね」


 衛都楼水希から受け取った折りたたみ傘を持ったまま、改札を通り電車に乗った。十数分程、電車に揺られて家の最寄り駅に着く。駅から家までを歩いて帰ると、雨から雪に変わりそうな空の模様だった。

 駅前のビル群の一角にあるマンションビル。オートロックのエントランスを抜けてエレベーターに乗る。家に戻るといつも通り誰も居なかった。お風呂に入って、夕飯を食べて、明日からの土日は何をしようかと考えて、そして布団に入った私は、眠りに落ちようとして気が付く。

 衛都楼水希は、最初から予備の折りたたみ傘を貸してくれれば良かったのではないだろうか、と。窓の外の景色には雪が混じり始めていた。



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