【3-4】
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推測は正しかった。逆さ天秤の前に出現する銀色の皿。あれに触れたものは消えたのではなく、吸い込まれていたのだ。
そして私は、スパナを投げつけ電撃を放った。そのどちらも逆さ天秤には直撃しなかった。銀色の皿に吸い込まれ、そしてそれは撃ち返された。最初の魔力の光球と電撃の時も恐らく同じことが起きたのだろう。
物理、エネルギー関係なくあの逆さ天秤は触れたものを吸収する性質がある。そして吸収したものを相手に向けて撃ち返すのだ。移動している私に向けて正確に撃ち返してきた。だからあの逆さ天秤には何らかの知覚する力もある。
「さて、どうする」
剣に内蔵されたハンドガンの威力は低い、と祐希奈は言っていた。それに比較すれば塔のカードによる電撃はかなりの威力であるが、それでも逆さ天秤は突破できなかった。逆さ天秤の防御機構を突破できないのが威力の問題であるとすれば、手持ちの火力ではどうしようもない。
足下で引っかけた先程のスパナが音を立てた。あの時、スパナは電流を帯びていた。構えていた剣に直撃した時、金属音がした。
「天秤……」
一つの考えが過ぎった。私は、宙を蹴って一旦その場を離れる事にする。逆さ天秤の性質に一つ気にかかる点があった。その性質を利用できるかもしれない。少なくとも現状は、手詰まりだ。
ビルの屋上の上を飛んで祐希奈‐ゆきな‐を置いてきたビルまで移動した。祐希奈を見つけて彼女の前に降り立つ。祐希奈が驚いた顔をして私に駆け寄ってくる。
「ちょっと作戦変更」
「何があったの」
「お助けアイテムを買ってくる。逆さ天秤が、あのまま大人しくしてくれてれば良いんだけど」
私はそう言って祐希奈を抱えると地面を蹴って飛び上がる。飛行というのはこんなに簡単なものなのだろうか。これもカフトワンダーの恩恵ということであろうか。魔力の制御が上手くいく。
空から周囲に目をやって目当ての場所を探す。上がった呼吸を整え直す。私の腕の中の祐希奈が問いかけてきた。抱え上げられて飛行する祐希奈は両足を不安げにふらつかせていた。
「カードの効果は何だったの?」
「偽物の幻影と攻撃の吸収。性質が全く違うように思えるんだけど、何のカードか分かる?」
「なんか全然違うカードを混ぜたみたい」
「混ぜた、か」
空の上から目当ての場所を見つけてそこへ向かって高度を下げる。あったのはセルフのガソリンスタンドだった。人目に付かない近くの路地に降りると、誰も居ないことを確認してガソリンスタンドまで走った。敷地の脇に置いてあるポリタンクを一つ頂戴すると私は給油のノズルをポリタンクの口に突っ込む。
私の行動に祐希奈が不思議がっていた。ガソリンをポリタンクに詰め終わると私は再び祐希奈を腕に抱える。
「重たいけど剣持ってて。ポリタンクと祐希奈ちゃんで手がふさがっちゃう」
「う、うん。でもどうするのそれ?」
「合体魔法を使う」
私は祐希奈を抱えポリタンクを持つと地面を蹴る。その重量に少しよろめきながら宙へ飛び上がる。巫女装束の裾が風でなびいた。
逆さ天秤のいるビルの屋上に急ぎ戻る。あの逆さ天秤は変わらず其処にいた。祐希奈を屋上に下ろすと、逆さ天秤の姿を観察して彼女は言う。
「カードが露出してない。あの天秤がカードを守る膜の様な役割をしてるの」
「あいつをぶちのめすしか無い?」
「うん。でも攻撃を吸収するんでしょ?」
「そこで合体魔法」
「合体魔法?」
私は祐希奈から剣を受け取る。祐希奈を下がらせる。
逆さ天秤を前に私は呼吸を整える。柄を握り締める。剣が重たい。推測が違えばタダでは済まない。けれど。
緊張のあまり、天秤が動いたように錯覚した。私は咄嗟に重たいポリタンクを右手にして逆さ天秤の元へと走り込む。中身が揺れてより重たく感じられる。歯を食いしばり遠心力に引っ張られるようになりながら、逆さ天秤の目の前で右手にしたポリタンクを思い切り叩きつける。
逆さ天秤の正面に銀色の皿が出現し私が投げつけたポリタンクが触れると同時に吸収される。触れた側から消えていくポリタンクを見て私は飛び退いた。その場から飛び退いた私が祐希奈の側に立つと、剣の引き金を引く。逆さ天秤へと向けた切っ先から電撃が放たれる。青白い激しい閃光が空中に裂け目のような軌跡を描き出す。
電撃が逆さ天秤の正面に出現した銀色の皿に吸収されていく。閃光がかき消える様を前に私は剣を握る手を緩めた。
必ず二回攻撃を受けた後に逆さ天秤は吸収したものを撃ち返してきた。
「初回の巨大な光弾。あの魔力量は私の銃撃のものより多かった。だから恐らく、吸収したものをあの逆さ天秤は混ぜ合わせて撃ち出してる」
「じゃあ今、吸収させたのって」
「ガソリンと電流を呑み込ませて、起きるであろう結果は」
逆さ天秤の正面に銀の皿が出現する。防御機構として出現する時と違う。今までに吸収してきた物質を纏めて撃ち出す時の予備動作。それを見て私は剣を右手に持ち替えて構え直す。祐希奈が一歩身を引いた。私は逆さ天秤を見つめて呟く。
「引火だ」
「それ合体魔法じゃないよ!」
逆さ天秤が突如、勢い良く炎上した。吹き上げられた炎が揺らめく。橙の混じった赤色が勢い良く広がって立ち上る。火の粉すら散らない程の炎の内から刺激臭がした。
燃え上がった逆さ天秤の姿がぶれた。まるで溶けだした天秤が炎に煽られている様であった。その光景の中にカードを見る。逆さ天秤から露出した金属製のカードは二枚が重なり合っていた。それを見て祐希奈が叫ぶ。
「見えた、カード! 二枚も!」
「分かってる、イクス・ガンスノッドスエルツェ!」
引き金を引く、それと同時に剣が呼応する。剣の内部から確かな駆動の振動が手に伝わってくる。起動したことを確信した。液晶画面に「Shift over」という文字が表示される。
重厚な音が鳴って金属の噛み合わせがずれる音がした。剣に備え付けられた装甲の細部がずれ動く。装甲がずれ動いたことで内部フレームが露出して、その装甲の隙間から祐希奈が剣を呼び出した時と同じ緑色の光の粒子が大量に溢れ出す。
剣を肩に担ぐようにして構え直す。片足を引いて重心を落とし柄を握る手に力を込める。剣の駆動音が高ぶると放出される光の粒子が、一気に勢いを増した。大量に放出されて溢れ出した粒子が、私を中心に周囲で渦を巻いて新緑の旋風を起こす。私の視界一杯の粒子の先を睨み付ける。
周囲を焦がす熱が私を撫でる。
それを無視して目の前で燃え上がる逆さ天秤へと思い切り踏み込んだ。背中に回して構えていた剣を叫び声と共に振り抜く。空を裂く重たい音が耳元で鳴って、振り回されるように剣を振り下ろした。重たい刃がまとわりつく空気を切り裂き、その先に確かな手応えがあった。剣の重さに引きずられカードを斬り抜ける。
「封印!」
斬り抜けた私の背後で甲高い金属音がした。振り返ると二枚のカードが空中を回転しながら舞っていた。剣の内から響いていた駆動音はいつの間にか消えていた。一瞬の静寂の内、突如周囲に散っていた光が集束する。
金属を引っかくような雑音が轟音と化して私の目の前が滅茶苦茶になる。白い塊に変わっていく。集束した光が消えていくとカードは地面に落ちた。
祐希奈に拾い上げたカードを見せる。
「12と14。死刑囚と節制のカードなの。同時に暴走していたみたい」
「死刑囚が偽物の出現で、節制のカードが攻撃の吸収?」
「うん。
12番目のカード。死刑囚、コード・ルートヴィッヒ。意味は忍耐。14番目のカード。節制、コード・ノルトポール。意味は調和」
「調和?」
周囲に散っていた鮮やかな緑色の粒子が消えていく。私が手にしていた剣とカードは一瞬で泡のように弾けていき、手の内から逃げていくように無数の光の粒子へと変わった。粒子は風に流されていき、そして手の内には何も無くなって。塔のカードは変身時に出現したホルスターの中にあった。どういう仕組みか分からないが剣とカードは何処かに収納されるらしい。
「空間からカフトワンダーとカードを呼び出してるけどさ、あれってどういう仕組み?」
「な、内緒なの」




