【3枚目・冬の霞は二度枯れる】
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目の前で四体に増えた「逆さ天秤」を前に私は戸惑う。攻撃は直撃したがダメージを与えたようには見えずそれは分離した。二組の両方ともに攻撃を与えても変わらずに分離したのだ。ゲーム的に考えてみれば、こういう敵は大抵、何かしらの弱点がある。特定の弱点を突く必要があるのだ。しかしこれはゲームではないし、そしてそれに。
どういうことなのだろうか、これは。
四体に増えた以外、特に様子も変わらず私達から逃げるように移動していく逆さ天秤の姿に私は少し悩む。逆さ天秤は移動していくだけで何か起こそうという風にも見えない。あれ自身に何か損害を与える力があるようにもあまり見えなかった。
魔力を調整してゆっくりと空中からビルの屋上に降り立つ。抱き抱えていた祐希奈‐ゆきな‐を下ろす。
「カードは何か被害を起こすって祐希奈ちゃんは言ってたよね」
「うん」
前回の「雷もどき」。祐希奈が塔のカードと呼んでいたあれは確かに危険であった。基本的な性質は雷だ。引火や怪我人という可能性が考慮出来た。だかあの逆さ天秤はどうだろうか。
祐希奈が私の言わんとしている事に気が付いたのか、逆さ天秤の方に目をやる。
「あれが何のカードかは分からないけど、あの天秤が例えば人体に触れても大丈夫なのかは分からない。それに魔力はとっても強力な力を持っているの。カードが暴走している今、魔力がどんな形で変容するか予測できないの」
「その、前も言ってたけど暴走ってのはどういうこと」
「あのカードはカフトワンダーによって人為的に発動されたんじゃなくて、周囲の魔力を取り込んでカード自体が勝手に起動してるの。基本はカードに組み込まれた術式によって魔法を起こすと思うけど、誰かがコントロールしてるわけじゃないから、カードが周囲から取り込んだ魔力を暴走させちゃうかも。魔力は強大なエネルギーだから、爆発とかする可能性があるんだよ」
術式とは魔法を発動させるための魔力の操作を式にしたものであると祐希奈が言っていた。カードには魔法の術式が組み込まれているので、あの逆さ天秤もカードの術式に倣って魔力を操り、そして得た結果という事になる。
だが、カードは誰かにコントロールされている訳ではない。周囲の魔力に反応して勝手に起動したのだ。故に、カードが周囲の魔力を集めるだけ集めて制御しきれなくなれば、不安定な状態となっている魔力が爆発等を起こすことは充分にあり得る、そう祐希奈は言った。
魔力は強大なエネルギーだ。現在の人々では知覚できないだけで、この世界には魔力が満ちあふれている。そんなものが不安定な状態になればどんな結果を引き起こすか想像に難く無い。
「分かった。ちょっと、一人でやってみる」
【3話・冬の霞は二度枯れる】
私は足下を蹴る。逆さ天秤は少し離れてしまっていた。周囲一体のビルの屋上より高い場所を一定のスピードで飛んでいく逆さ天秤。それはかなりのスピードであるがそこまで引き離されては居なかった。その理由は直ぐに分かった。進行方向は一直線で無いからだ。高度が変わることは無いが、進行方向は緩やかにカーブしている。
私から逃げているというわけでも無さそうだ。右手に剣を、左手に銃を再び握り締める。空中を蹴って真横に急加速をかける。
緩やかなカーブをしていく逆さ天秤がそのまま進行すれば通るであろう位置にショートカットで向かう。
「あれ、この高度」
逆さ天秤の進行方向を確認する。このまま高度を変えずに直進すれば逆さ天秤はビルの屋上に設置された空調の排気ダクトにぶつかる。それを注視していると、逆さ天秤は高度も進行方向も変えなかった。排気ダクトにぶつかる、そう思えたが逆さ天秤は排気ダクトをすり抜けていく。何の変化も見られない。まるでぶつかっていないかのようだった。
「試してみるか」
逆さ天秤の位置から緩やかにカーブしていく方角に辺りを付けた。恐らく逆さ天秤は大きく旋回する。私は銃の引き金に指をかける。読み通りだった。逆さ天秤が徐々に旋回するようにこちらに向かってくる。
狙いを付けた。二回目に分裂して増えた一体。祐希奈が言っていたおおよその射程距離に入った瞬間に、引き金を引く。鮮やかな緑色の光が散った。その色と同じ光弾が連続で撃ち出される。真正面から逆さ天秤の本体を貫いた。逆さ天秤の姿がぶれる。二重に重なっていたかのように、その姿が一体からずれて現れる。
「ならこっちは」
ハンドガンを剣の装甲部に格納する。ハンドガンの銃身に埋め込まれていた液晶に「Recharge」の文字が映る。このハンドガンが撃ち出しているのは明らかに銃弾ではない。反動の軽さも火薬の存在を否定していた。液晶の文字と撃ち出している光弾から推測するに、この銃の弾丸は魔力の塊だ。この銃は引き金を引くだけで魔力を破壊性のあるエネルギーに変換し、撃ち出している。そしてその魔力は剣本体から供給するらしい。
カフトワンダーは魔力を生成する機関だと祐希奈は言っていた。剣の内部に魔力生成の為の機関が組み込まれており、銃自体にはその機能は無いと考えられる。銃のグリップ部分は恐らく本物の銃のようにマガジンの様な物が存在し、剣本体から供給される魔力を蓄えているのだ。
「この剣は重たい」
銃で撃ち出していたのは魔力の塊、つまりエネルギーである。そして、この剣は質量がある。物質的な衝撃を伴う。
剣を構える。向かってくる逆さ天秤を睨みつける。足を踏み込んで剣の柄を思い切り握り締める。逆さ天秤は進行方向は変わらず真っ直ぐ進んでくる。剣を構えると思い切り振り抜いた。
逆さ天秤が通り過ぎる瞬間に振り抜いた剣が重なる。斬った。確かにそう思えた。しかし、何の手応えもなく剣は逆さ天秤の本体をすり抜けていく。
何事も無かったかのように逆さ天秤は私を通り過ぎていった。剣では触れることも出来ない。魔力を受けると分裂する。
実体。物理干渉。カード。制御。経路。分裂。排気ダクト。反応。透過。影。魔力。不安定。弾丸。刃。高度。移動。液晶。封印。暴走。知覚。曲線。
恐らく、と私は仮説を立てる。考えられる可能性はただ一つ。
「あなたは誰の身代わりだ」




