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魔法少女は死んだ  作者: 茶竹抹茶竹
1章・too hard to hard to me
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【1枚目・空の星に沈めてみせたのは】

1-1

【1枚目・空の星に沈めてみせたのは】



 昼過ぎからずっと降り続いていた弱い雨には、いつの間にか雪が混じり始めた。雪の影が降り散る度に街灯の光を隠していく。深夜2時の新宿駅西口前のバスロータリーは昼間の喧騒が嘘であったかのように静まり返っていた。暖色の街灯が一面の白を照らすと、その光景はより一層の寒さを感じさせる。


 静寂の雪が降る中、傘もささずに歩いてくる二人組がいた。片方は非常に長身の男で、細かな雪の破片が貼りつくのも気にせず丈の長いコートのフードを目深に被り顔を伏せて歩いてくる。もう片方は緑一色のレインコートを被っており、ぶかぶかに着ているその様子と身長から少女であるように見えたが、顔は長身の男と同様にレインコートのフードで隠れており確信までは出来なかった。真夜中の雪降る中に現れた二人は迷う素振りもなく、バスロータリーの三番乗り場のベンチに座った。バスなど来るはずも無いバス停で彼らは何かを待っているようだった。

 そんな彼らの事をビルの屋上から眺める姿があった。

 駅ビルの屋上でグレーのビニールシートを覆い被って眼下を眺める「逸賀灼‐いちか あらた‐」は、その側で同じようにグレーのビニールシートを被り身体を伏せている少女、「麻希‐まき‐」に小声で問い掛ける。


「見えますか?」


 逸賀灼の声は寒さで震えていた。ミニスコープを目から外して、逸賀灼は明るい茶色に染めたボブヘアーについた雪を軽く払う。年齢は二十歳。切れ長の瞳に細く延びた輪郭線。着込んだ重そうな防弾ベストは女子大生の様な彼女の見た目にはとても似合わなかった。


「えぇ。時間通りですわね」


 逸賀灼に返事をしながら寒さに下唇を噛んだ麻希は端から見れば欧米人の様であった。綺麗に染めた金髪のロングヘアーに緩くパーマを当てている。髪色が映える透き通るような白い肌。緩やかに弧を描いている目に大きな瞳。年齢は逸賀灼より二つ年上である。逸賀灼と同様に防弾ベストを着込んでいる。

 雪の下、微動だにせずビニールシートを被った二人は深夜2時に現れバス停の前に座った不審な、あくまで逸賀灼から見て不審な、二人組から視線を外すことはしなかった。

 逸賀灼は右手の親指を立てて真っ直ぐ腕をその二人組へと伸ばした。片方の目を瞑り距離を目測で見る。伸ばした手に雪が触れる。二人組の小さな姿が逸賀灼の親指の先に写る。それを見て逸賀灼は少し考え込んでから言う。


「此処からでは狙撃しづらいですね」

「指令は確保ですわよ」

「相手の手に渡ることだけは避けなくては」


 少し感情を露にした麻希を宥めようとしていた逸賀灼はそこで言葉を止めた。一台の車両もない道路の遠方に車のヘッドライトの光が見えた。逸賀灼は装着したヘッドセットに短く、警戒、とだけ呟く。ヘッドセットの向こうから無線に乗ったくぐもった複数の返事が聞こえた。

 滑り込むように一台の乗用車がバス亭の前で止まった。長身の男と緑のレインコートの二人組は立ち上がる。それは、彼らが待っていた約束の相手が来たように見えた。乗用車の運転席から男が一人降りてくる。

 それを見た麻希が逸賀灼へと視線を向けようとする前に、逸賀灼はヘッドセット越しに指示を飛ばした。


「行動開始。カフトワンダーと機関ミズガルズの交渉人を確保してください」


 逸賀灼のその言葉と同時に物陰から三人の人間が飛び出した。バス停の周囲に潜んでいたエージェントが二人組へ向かって一目散に駆けていく。突然現れた人間に二人組は動揺しているように見えた。乗用車の運転席から運転手が飛び出してくる。逸賀灼が周囲に人影は無い事を確認して。


「灼さん!」


 突然の麻希の声に、弾かれたように逸賀灼は視線を空へと向けた。

 見上げた曇天からその場へと何かが落ちてくる。落ちてきたそれは積もった粉雪を巻き上げて、それで生じた白い煙の中で人影が動いた。煙の中から勢いよく飛び出してきた鈍器が一人を吹き飛ばす。その勢いで粉雪がまた宙へと昇り散って、白い煙がかき消える。

 空から降ってきたそれは、巨大な大鎚を担いだ少女であった。彼女が大きく大鎚を振り回し素早く残りの二人を吹き飛ばす。まるでそれが人形であるかのように少女は大の男達を軽々と打ち上げた。長身の男とレインコートの二人組の前で立ちふさがった少女の姿に逸賀灼は舌打ちする。

 癖毛の黒髪のショートヘアーで、所々にグレーのメッシュが入っている。柔らかい丸みを帯びた頬はあどけなさを感じさせ、それが彼女の持つ大鎚をより一層異様なものであると際立たせる。手元はゴム製のグリップが巻いてあり身の丈を超える長いグレーの柄が続く。石突きの部分は透明な結晶体がはめ込まれていた。柄頭の部分には大振りの打撃部が付いている。面は六角になっており、本体は黒地で金の差し色が入っている。左右対称の打撃部の中心には何か機関部の様な物が備えられていた。

 機械的であまりにも異質なその大鎚を軽々と担いだその少女の名を逸賀灼は忌々しげに呟く。


「浮瀬南陸斗‐うきせな りくと‐ですか。

麻希さん!」


 逸賀灼が立ち上がり麻希へと手を伸ばす。麻希が何も言わずにその手を取った。彼女の指を麻希の細い指へと絡ませて彼女の手を握りしめる。麻希の手の内に感じた温もりを強く引き寄せた。麻希と空いた片方の手の平同士を合わせる。

 合わせた手を放す。その間に赤色の細かな光が散った。麻希が逸賀灼と絡ませていた指を離し、指先でその空中に散っている赤色の光の結晶をなぞる。指先の軌跡に合わせて弧を描いた光はまるで弓のように見えた。麻希が彼女の手を下から支えて持ち上げて、その光に触れさせる。麻希が逸賀灼の瞳を見つめて言う。


「ツェット・オクタ解放」


 逸賀灼がその弓と化した光の軌跡を掴んだ。掴むと同時に光は実体があるかのように、振る舞い、その光は爆ぜ、その内から実体のある弓が現れた。逸賀灼の身の丈程はある大振りの弓。フレームは非常に強固に出来ているようで、レーダーサイトとスタビライザーの付いた機械的な様はアーチェリーのリカーブボウを連想させる。グリップの脇には長方形で銀色のケースの様なものが取り付けてある。口が開いておりカード状の物であれば差し込めそうであった。左手で掴むフレーム部の側には四つ階段状に並ぶ引き金が取り付けられていた。

 ツェット・オクタと呼んだ弓を担ぎ逸賀灼はビルの屋上の淵に足をかけた。麻希が咄嗟に逸賀灼の手を後ろから取る。驚いて振り返る逸賀灼に麻希は笑顔を造った。


「気を付けて」

「はい」


 麻希の手を振りほどき逸賀灼は足元を蹴ってビルの屋上から飛び降りた。強い風が吹き付けて逸賀灼の身体がふわりと浮き上がる。それと同時に逸賀灼は弓を構えた。彼女の足元で赤い光の粒子が散って落下する身体の速度を緩やかなものにする。

 右手を払うとその手に一本の光線が矢へと変わる。現れた矢をつがえて弦を引き絞る。親指を擦りずらすかの様にして逸賀灼は矢を放つ。空を切り裂く音が鳴って、矢が飛翔した。

 真っ直ぐ飛んでいく矢は眼下の世界へと呑み込まれるようにして、そうして運転手の男の身体を貫いた。射抜かれた男が上げた悲鳴で浮瀬南陸斗は振り返る。そこへ矢が浮瀬南陸斗の足元へ突き刺さり光を散らした。咄嗟に飛び退いた浮瀬南陸斗が空を見上げ、逸賀灼の姿を認める。


「逸賀!?」

「浮瀬南陸斗っ!」


 逸賀灼が次の矢をつがえると、浮瀬南陸斗が地面を蹴った。彼女の足元で黄金の光が舞って浮瀬南陸斗が高さ数メートルの宙へと難なく飛翔する。加速して飛び出して浮瀬南陸斗は空中で身を捩り逸賀灼の放った矢を潜り抜る。逸賀灼は空中で姿勢を立て直し、そこへ浮瀬南陸斗がハンマーを降り下ろした。

 風圧だけで押し潰されるかと錯覚する程の力。寸前で躱すも逸賀灼は風圧に吹き飛ばされた。空中を蹴って浮瀬南陸斗が加速する。空中で体勢を立て直した逸賀灼は迫ってくる浮瀬南陸斗を見て掴んでいた矢を投げ捨てる。

 右手で背中に背負っていたサブマシンガンmp5のベルトを引っ張り身体の側面へと回してくる。ストックを肩に当て片手で銃身を水平に保つと引き金を引いた。断続的な銃声が轟いて闇天に金の閃光が散った。距離を浮瀬南陸斗から離すように後退して空中飛行しながら引き金を引き続ける。

 浮瀬南陸斗が急加速をかけて高度を上げた。浮瀬南陸斗が目の前の空間を撫でるようにして手を払う。そうして腰の脇に備えたホルスターのレバーを指先で引っ掻く。ホルスターが蛇腹状に展開した。その中から浮瀬南陸斗は収納していたカードを引き抜く。手のひら程の大きさで厚さは2センチ程。金属製のパーツを幾重にも重ね合わせており、その中心は窪んでいて水晶体が嵌め込んである。そのカードで大鎚の石突きを叩くと、小さな幾何学模様の陣が空中に展開する。浮瀬南陸斗が大槌を振り回して、声を上げる。


「行くぜイュプスィロン・エイロード! コード・ ジークフリート!」


 浮瀬南陸斗が左手で何かを真上へ放り投げる。それは手の平大の石だった。放り投げて重力に引かれ落下してきたその石を浮瀬南陸斗が大鎚で弾き上げた。

 石を弾いた瞬間、幾何学模様が大鎚の面で展開される。打ち上げられた石が巨大化した。浮瀬南陸斗の手の平に収まっていた石は浮瀬南陸斗の身の丈程ある岩石へと姿を変えていた。大鎚で弾き上げられた岩石がゆっくりと落下する。それ目掛けて思い切り大鎚を振り抜きその岩石をぶち抜いた。砕け散った破片が逸賀灼へと、勢いよく降り注ぐ。


「太陽のカードですか!」


 逸賀灼が空中で身を捩り宙を蹴った。足下で光が散って逸賀灼の身体が加速する。視界の端に影が見えて千賀灼は半身を引くと、身体のすぐ側を岩石の破片が通り過ぎた。勢い良く側を通り過ぎた破片が逸賀灼の服を擦って短い音を立てる。

 素早く体勢を戻して逸賀灼は引き金を引いた。銃身が跳ね上がるより前に照準の内に捉えていた浮瀬南陸斗の姿が消える。咄嗟に真上に急加速して飛び上がった浮瀬南陸斗が空中で身を側転させて大槌を構え直した。

 逸賀灼は舌打ちと同時に引き金を引く。銃声が断続的に轟いて弾丸が金の閃光が闇夜を裂く。それを置き去りにするかのように、浮瀬南陸斗が急加速して逸賀灼へと距離を詰めにいった。急速に近付いてきて大鎚を振りかぶる少女の姿に逸賀灼は銃声に舌打ちを混ぜた。


「今日こそいい加減に!」


 空中戦にもつれ込んだ浮瀬南陸斗と逸賀灼の姿を唖然と見つめる二人組の側へと、浮瀬南陸斗が弾き飛ばした岩石の破片が空中より落下した。目の前に落ちてきた岩が鈍い音を立てて砕け散って、飛んできた破片に長身の男はよろける。男が握っていた手がそれ故に弛んで、レインコートの少女が咄嗟に掴まれた手を振り払った。そして一目散に彼女は走り出す。それに気付いた長身の男がそれを追い掛けようとした刹那。

 この場にて閃光が走った。真昼へと変わったと勘違いするほどに周囲が白く染め上げられる。閃光が発せられた元には、何処から現れたのか一枚のカードがあった。そうカード。金属製で当たり前の様に空中に浮いており、浮瀬南陸斗が持っていたものと同じであった。荘厳な何かで有るように、突如出現したそれに、誰もが言葉を失った。逸賀灼が苦い声を絞り出す。


「カード!? なんでこんな時に!」


 突如、この場に出現したそれに逸賀灼が舌打ちする。


「こんな時に!」


 ビルの屋上で静観していた麻希‐まき‐がミニスコープ越しの景色に目を凝らす。突如出現したカードの真上には、まるで投影されているかのように羽の生えた女性らしき姿が半透明に見えた。それを見て麻希が眉をひそめる。天使の様なその姿に思い当たる節を探す。麻希がヘッドセットの向こうの逸賀灼‐いちかあらた‐と叫ぶ。


『あれは審判のカードですわ!』

「意味は何ですか!」


 ヘッドセットの向こうに怒鳴り返して逸賀灼は周囲へと目を遣る。突如出現したカード。身動きの取れないでいる二人組。そして動きが止まった浮瀬南陸斗‐うきせなりくと‐。彼女の意識は突如出現したカードに向いている。

 なら、最適な選択しかないと逸賀灼は浮瀬南陸斗に姿勢を向ける。

 サブマシンガンmp5を背に回すと右手を振り何も無かった手の内に矢を出現させる。それをつがえて浮瀬南陸斗へ向けて矢をぶっ放した。空を鳴らした矢の音に浮瀬南陸斗が反応して、咄嗟に向かってきた矢を大鎚で受け止めようとした。しかし矢は浮瀬南陸斗の左肩を貫く。肩を貫かれ浮瀬南陸斗は短い悲鳴を上げた。

 空中に散らしたように血が吹き出す。痛みを奥歯で噛み潰し浮瀬南陸斗は大鎚のグリップを握りしめる。

 この状況で迷い無く矢を放った逸賀灼へと浮瀬南陸斗は鋭い視線を向ける。


「逸賀ぁっ!」


 浮瀬南陸斗が怒鳴り声を上げる。まるでそれに反応したかのように、空中で静止していたカードが突如回転を始め眩い光を周囲に放った。放たれた閃光が周囲一帯をまた白く塗りつぶしていく。逸賀灼は見えない視界の中で咄嗟に身を庇う姿勢を取る。


『コード・テーオドーア。審判の意味は、位置の変化ですわ!』


 白色に支配された世界の中でヘッドセットから聞こえる麻希の声だけが逸賀灼の認識できるものだった。光が収束して、視界が戻る。瞬きの度に意識が一瞬遠ざかる。何が起きたのかを確かめる為に逸賀灼は周囲に鋭く視線を遣った。異変に気付く。緑のレインコートの少女の姿が無い。

 観測に徹している麻希へと怒鳴る。


「麻希さん! カフトワンダーは!?」

『見つかりませんわ!』


 コード・テーオドーアの性質は位置の変化であると麻希は言った。その言葉が文字通りの意味であるなら、コード・テーオドーアは対象を転移させる類いのものであると逸賀灼は推測する。あの瞬間、カードが光を放った瞬間。確かにカードは発動状態になったと思えた。

 そして、レインコートの少女の姿が消えた。カードの効果に巻き込まれ彼女はどこか違う場所へと転移させられた、それが逸賀灼が出した結論であった。

 何処へ、どれくらい飛ばされてしまったのかは全く分からないが人間を正に瞬間移動させてしまう程の力にただただ驚愕した。

 その硬直した現状を破ったのは轟音だった。沈黙していた乗用車が勢いよく発進したのだ。逸賀灼が咄嗟に弓を構える。撃ち抜いた運転手の姿と長身の男の姿がなかった。乗用車へと弓を引こうとするも、視角の外から突如表れた浮瀬南陸斗が逸賀灼へとハンマーを降り下ろしながら踏み込む。逸賀灼が飛び退いて距離を離すと浮瀬南陸斗が大鎚を担いで構え直した。

 浮瀬南陸斗が踏み込むには遠く、かと言って逸賀灼が矢をつがえる時間を稼ぐには近すぎる距離。浮瀬南陸斗が逸賀灼を睨みつけたまま口の端を上げる。


「うちの慈悲で今回は見逃してやるぜ」


 その言葉を逸賀灼は鼻で笑う。


「最近は尻尾巻いて逃げることをそう言うんですね」

「言わねぇよ?」

「皮肉言ってるんですよ」


 逸賀灼の言葉に浮瀬南陸斗が素早く左手を腰に回す。浮瀬南陸斗が逸賀灼の方へと何かを投げた。咄嗟に逸賀灼は矢に添えた左手を上に向ける。浮瀬南陸斗の投げたそれを照準の内に捉えて逸賀灼はその正体に気が付く。

 閃光手榴弾だ。

 そう気付いて逸賀灼は咄嗟に腕で顔を庇う。瞼越しに光が差し込んできて轟音が鼓膜に突き刺さる。耳鳴りと目眩が交互にして逸賀灼は方向感覚を失う。自分の中で自分が消えてしまうような感覚に陥る。逸賀灼を埋め尽くしていた数秒間の空白が消えて、逸賀灼は目を開ける。浮瀬南陸斗の姿が消えていた。

 耳鳴りの向こうから浮瀬南陸斗を見失ったという報告に続いて指示が飛んでくる。


『逸賀。作戦を変更します。コード・テーオドーアを確保してください』


 逸賀灼は舌打ちした。目標は見失い、浮瀬南陸斗をはじめとするこの場にいた容疑者も全て逃がした。

 何もかもがイレギュラーだった。そこまで対処しきれなかった。少人数の編成で対応しきれると踏んでいたが、実際に起こったのは想定以上の事態だった。

 舌打ち混じりに逸賀灼はヘッドセットからの指示に応える。


「了解です。作戦変更、カード封印に移行します」


 その言葉と同時に逸賀灼は全身の力を抜いて重力に引かれ、空中から落下していくように高度を下げる。地表近くに停滞しているあのカードの元へと向かう。先程まで光を放っていた件のカードは既に輝きを失い、半透明に見えていた天使の姿も消えていた。先程までの様相とは全く異なっている。

 カードの側に着地すると逸賀灼はその抱えた弓矢を構え直した。


「ツェット・オクタ、シフトオーバー」


 左手で掴んだグリップの先にある引き金に指をかける。階段状に並んだ引き金の、その四番目の引き金を千賀灼は引いた。

 それと同時に弓のフレームの表面が変化する。噛み合わさったフレームが少しずれ動き内部構造が露出する。フレームの隙間から紅い光の粒子が溢れだした。周囲を紅い光の粒子が埋め尽くし、その中で逸賀灼が弦を引き絞ると硝子を散らした様な音が鳴る。千賀灼の周囲で紅い光の粒子が渦を巻き続け、そうして彼女の姿を覆い隠す。空中で静止しているカードへと逸賀灼は矢を乗せた指先を向ける。


「封印します」


 その言葉と同時に逸賀灼が放った矢がカードを貫いた。空中で静止していたカードは貫かれた一瞬の沈黙の後、大量の光を吐き出して爆発する。大量の光が辺りを紅く染め上げて、そして拡散した光はカードに引き戻されるように集束した。それを最後に光を失ったカードは唐突に地面に落ちる。

 あまりの呆気なさに逸賀灼は少し虚を突かれた。ゆっくりと近付いて積もった雪に刺さったカードを拾い上げる。カードの上部にあった数字の20という刻印を指先でなぞった。


「コード・テーオドーア。封印しました」


 逸賀灼の報告に、ヘッドセット越しの声は短い労いの言葉を最後に途切れた。手にしたカードを一瞥すると、腰から提げている立方体状の金属製のカードケースに突っ込んだ。ケースの口が開いた時、その中には逸賀灼の今手にしていたものと同じ形状の物が何枚か入っているのが見えた。

 逸賀灼は期待の欠片も無く麻希へと問いかける。


「麻希さん、さっき消えた子は?」

『見失いましたわ。カードの効果で何処かへ転移させられたのなら追うことは難しいですの。近距離だとしても、例えば何処かの民家の中に移動したのなら探しようが』

「まぁ、それなら発見者は警察に通報する筈ですから」


 それならまだ先手は取れる、と逸賀灼は思った。詰む直前の死手の王手くらいは、と。どちらにせよ結局、絶望的な状況であることには変わりない。唯一の手掛かりと逆転の一手を逃した、その後味の悪さに逸賀灼の舌打ちの癖がまた出てしまう。

 別働隊に後処理は任せることにして、逸賀灼は麻希へと撤収の指示を出した。

 再び静まり返る街に逸賀灼は白い息を泳がせた。彼女の手にしていた弓は端から紅い粒子に姿を変えていく。それはまるで燃え尽きて灰になっていくかの様だった。千賀灼の身を包んでいた衣装も光の粒子に変わって空中へ散らばっていき、そうして宙に溶けていく。

 まるで今までの全ては雪が見せた幻影だったかの様に、そこにはもう何も存在しなかった。戻ってきた深夜の静寂を逸賀灼の吐き出す上がった息だけが押しとどめる。息を整えると急に寒気が襲ってきて、コートの襟を立てながら逸賀灼は忌々しげに呟いた。


「何が魔法少女ですか」





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