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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

FARCE 00

作者: naco

※暴力表現(多分)あります。

夕も随分と前に暮れた暗がりの中、緩やかに波打つ海上に一隻の小さな舟があった。

ゆらゆらと揺れる舟以外には他に何もなく、それだけがぽつりと浮かんでいた。舟は波に揺られているだけのように見えて、しかし波の流れに乗るようにゆっくりと何処かに向かって進んでいる。

無人舟のようなそれには良く目を凝らして見ると二人の男が乗っていた。うち一人は小肥りした齢四十にいくかいかないかの中年の男でもう一人はまだ二十も満たないだろう少し顔付きにあどけなさを残した少年だった。

小太りの男の手には一本の細長い棒が握られており、男がその棒を操って舟を操っていた。一般男性よりも小柄な身長を縮めてさらに低くさせ、辺りを警戒するように先導していた。

男は何故このような事になったのだろうと考えていた。原因など、借金と更なる酒を買うための仕事を探して危険を承知で請け負った過去の自分の発言であることは分かっていたが、それでもこの現状に疑問を抱かずには居られなかった。

男が舟を運んでいる先は政府により危険地帯とされ、世間一般的に立ち入り禁止区域に指定されている場所だった。何でも数十年前に起こった爆発により致死性のある有害物質が蔓延しているらしく、それにより一つの地域とそこに住む住人全てがいなくなったと噂されるほどだった。その危険性は子供から大人まで知らないものは居ない程で、政府がその区域を閉鎖そんな危険の塊のような場所にわざわざ行こうとすることに男は少年の気がしれなかった。

しかし、と男は思う。今更にしても何にしても、どうしても契約を反故するなど到底出来なかった。その少年は男にとって大切な依頼主で、舟に積まれた薄汚れた小袋の中には膨大な紙幣や小銭が入っていた。男にとってそれは現在喉から手が出るほど渇望しているもので、それを手にするためには船の先端で静かに座っているその少年をその場所まで連れていかなければいけなかった。


「あ、あんさん…本当に行くんですかい?」


沈黙と恐怖に耐えきれず、男はその少年を横眼でちらりと見た。こちらから契約を破ることは出来ない以上、依頼主からの止めておこうという言葉を男は期待していた。

けれど男の発言にも少年はただ一瞥をくれるだけで何も言わず、また視線を海に戻した。思えば少年は舟を出してから方向を指示する時以外に一言も話さなかった。少年はずっと先だけを見据えていた。


「あんさん、止めておきましょうよ。言っちゃあなんですが、こんなの自殺行為ですぜ?国の偉いさんが管理しなくちゃいけねぇくらい危険な場所じゃないですか。噂じゃあ何年も前に調査に入った奴ら皆おっちんじまったって聞きましたぜ?」


ねぇという男の言葉すら完全に無視してまっすぐに姿勢を崩さず前を向くその姿は堂々としていた少年に、本来ならば此処まで邪険にされて怒らないはずがなかった。けれど男はそれを顔に出すことはしなかった。本能的に少年よりも一回りも二回りも年下の少年へ手や口を出せばどうかされてしまうと感じていた。少年にはそんな雰囲気があった。


「ねぇ、あんさん…」


男は再度声を掛けた。次第に近づいてゆく目的地にこれ以上進むのは危険だと思った。もう数十メートルほども行けば目的地へと着いてしまう。少年に告げられた場所はコンクリートの塀に覆われていてそこから中へも入れない。何かあるようには見えないが、それ以上進むとどうにかなってしまうと思った。後には引けないところまで来たと数十分前にも感じたはずであったが、今は早鐘のようにその警告は男の中でけたたましく鳴っていた。


「もうこれ以上進めません。駄目です、これ以上進めばわぁもあんさんも死んでしまいますって」

「………」

「ねぇ」

「ここでいい」


てっきりまた無視されるとばかり思っていた男は唐突な少年の言葉に驚いた。慌てて棒を掴む指に力を込めるが、それよりも先に少年は躊躇いもなしに海へ飛び込んだ。


「あんたはこれ以上先へ進むな、死にたくなければな」


舟から出る前に少年が男に警告をしたが、男がその意味を理解した時には既に少年は海の中に消えていった。その場に取り残された男は唖然として暫く動くことが出来ずにいた。


「なんなんだ、一体…」


数分待っても帰って来るどころか浮いても来ない少年に自殺という言葉を連想させたが、けれど男の思い出す少年の顔には死という文字は一切浮かんでこなかった。それどころか一度も変えることのなかった不敵な表情はあの区域こそ似合うと思った。


「………」


あり得ない話だと思った。あり得なくない話だと思った。まさかと男は思った。

舟が壁に当たってガタッと舟が動く。気が付けば舟が危険地区を囲むコンクリート男は膝をついて、けれど男はそれよりも自分の想像した妄想に気を取られていた。ドクドクと心臓が早鐘を打つ。少しずつ速くなる鼓動に、治まれと思えば思うほど早くなっていった。


「…あ」


舟が大きく傾いた。水飛沫が上がりボチャンと海面が撥ねる。

平行感覚が保てなくなり上も下も分からなくなった。心臓が大きく鳴る。息が出来ない。

海の底は暗闇だった。


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