帰宅
この話、ジャンルはなんでしょうか?
「帰宅」というジャンルがないものですから、「その他」のしておきました。
僕は鈴森海。僕には、妹がいる。
名前は唯香。目に入れても痛くないほど、可愛い妹だ。
唯香は八歳で、僕は十歳。少し前に、親に自分たちの部屋を別々にされ、唯香は泣いた。けど毎日僕のベッドに忍び込んできて、一緒に寝た。夏だけは少し暑苦しかったが、唯香が望むままに一緒に寝た。それぐらい仲良しだった。結婚の約束はしょっちゅう交わしている。
何がきっかけかはわからないが、夏休みに家族で海外旅行に行った。聞いたことのない名前の国だった。親についていけばいいだけだから不安はないけど、唯香はとても怖がっていた。だから旅行中はずっと手をつないでいた。
お土産屋さんで、唯香とお互いのお土産を買おうと言われた。少しのあいだ手を離し、お土産を見て回った。僕が選んだのはペンダントだった。この国では愛情の象徴と親しまれている飾りが吊るされたペンダントだと、日本語で説明のポップが書かれていた。
唯香と合流してから、唯香はずっとニコニコしていた。どうやらプレゼント交換が楽しみらしい。
「お兄ちゃん、プレゼント、交換しよ?」
帰りの飛行機で、隣に座った唯香が言った。家に帰るまで待ちきれないらしい。父さんも母さんも苦笑していた。だけど唯香にお願いされたら断れない。僕たちはプレゼントをカバンから取り出し、交換した。
唯香がくれたのは、鉄に誰か二人の絵が書かれているプレートだった。仲良し兄弟の、神様の絵らしい。僕と似たものを選んだようだ。
唯香は、それが嫌だったらしい。
なんでこんなものを選んだの、と怒られた。僕なりに一生懸命選んだのにな。
「お兄ちゃん、嫌い!」
嫌われた。唯香は怒り、僕は泣いた。
その直後に、誰かが座席の前の方で叫んだ。
「全員、動くんじゃねぞ!」
銃を持った男たちが、八人くらい、あちこちにいる。
誰かが、ハイジャック、とつぶやいた。僕には知識がなく、銀行強盗だと勘違いした。銀行じゃないのに。
ハイジャック犯の男達によって、飛行機の目的地が変えられた。彼らはアジトに帰ろうとしているらしい。
そのあと三十分くらい、居心地の悪い沈黙が飛行機の中を支配した。誰もなにも喋らなかった。
男の一人が言った。
「くっそ、暇だなあ。なあ、一人ぐらい殺してもいいだろ?余興だよ余興」
「ったく、てめえはいっつも・・・・。まあいい、一人だけな」
リーダーらしい一人が答え、飛行機の中に恐怖が走る。
「へっへ、誰にすっかなあ。・・・・よし、俺の誕生日にちなんで、右から三列目、前から二十九番の奴だ!」
大声でそう言うが、座席のナンバーにはアルファベットが使われているから誰もどこの席かわからない。すると、となりの唯香が僕の袖を引っ張ってきた。
「どうしたの?」
「お兄ちゃん・・・・私、殺されちゃう・・・・」
男が言った席には、唯香が座っていた。どうやら唯香は、飛行機に乗るときに何番目か数えて遊んでいたようだ。
「・・・・八、九、十・・・・」
男が席を数えながら近づいてくる。唯香とお父さんとお母さんの顔が白くなっていく。
このままだと、大切な妹の唯香が殺されてしまう。なんとかしなければならない。
僕が思いつけたことは一つだった。
僕は、唯香を引っ張り、席を入れ替えた。
「え?」
唯香がつぶやく。お父さんとお母さんも目を見開く。
「・・・・二十七、二十八、二十九! お前に決まったぞ、ガキィ!」
男がやってきて、僕を引っ張る。
唯香とお父さんとお母さんも、僕を連れて行かせないように反対に引っ張ろうと手を伸ばした。でも僕はその手をあしらった。唯香を守りたいのに、邪魔して欲しくなかった。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
唯香が僕を呼ぶ。悲しそうな顔で、泣きながら、僕を呼ぶ。それを見て僕は、唯香に笑顔を向ける。きっと、唯香が見る、最後の僕の顔だろうから。僕は満足していることを表情で教えてやる。
じゃあね、唯香。
心の中で別れを告げる。唯香を気にかけすぎて、お父さんとお母さんには別れを告げそこねた。
前の方に連れて行かれて、腹に銃を当てられる。なんていう銃かは、見ても知らなかった。
「おいガキ。しっかりと俺を見ろ。死んでいく様を俺に見せろ!」
パァン!
銃声が響き、悲鳴が上がる。僕の腹はすごく熱くなっていた。熱さしか感じないほどに。
僕は倒れる。意識が遠くなる。
お兄ちゃん。
遠くで唯香に呼ばれた気がした。それだけで熱さがやわらいだ気がした。
直後、飛行機が大きく揺れた。
揺れはハイジャック犯の男たちにも予想外だったらしい。どうやら飛行機事故の真っ最中のようだ。
僕が意識を保ったのは、ここまで。
腹の傷が疼き、目が覚めた。自分が生きていることに驚いた。
僕はベッドに寝ていた。腹が痛く体を起こせず、首だけで辺りを見回すと、そこは小さな家だった。日本では見たことがない造りで、壁にも珍しいものがたくさんかかっていた。
「~~~~~~」
二十歳くらいの女性が僕の顔を覗き込み、不安そうに話しかけてくる。だけど言葉がわからない。女性の顔立ちからして、外国人なのだろう。
「あの・・・・日本語、話せませんか」
ダメもとで話しかけると、変な顔をされた。日本語はわからないらしい。
だけど、助けてもらったことは、なんとなくわかった。腹が手当されてるし、気を失う前の状況からこの状況までの繋がりはそれくらいしか思いつかない。
そうだ、唯香は無事だろうか。
きっと無事だろう。飛行機事故があったとはいえ、既に大怪我をしていた僕ですら、まだ死んでいない。無傷で健康だった唯香が、無事じゃないはずがない。僕は自分をそう説得した。
女性がスプーンで木のお椀からスープをすくって、僕の口に近づける。食べろというらしい。。自分が空腹なことに気づき、食べさせてもらう。スープが体に染み渡り、とても美味しかった。僕は生きてるんだと、改めて思った。
女性は、スープをあっという間に食べ終えた僕に優しい笑みを向け、頭を撫でた。今はもう寝なさい、と言いたいようだ。まだ歯を磨いてないんだけどなあ。僕は素直に眠りについた。
それから、半年が過ぎた。
僕の腹はすっかり治っていた。
女性はローレイと名乗った。というのも、ローレイはこの半年のうちに、日本語を勉強したのだ。読み書きはあまりできないようだが、会話なら可能だった。ちなみにローレイは十六歳だった。
ローレイからの話で、いろいろなことがわかった。
まず、飛行機は事故で日本じゃないこの国に不時着した。けが人は特にいなかったが、不時着した直後、ハイジャック犯は偶然不時着地の近くにいて合流した仲間と、何人か乗客を引き連れ、車で移動した。その人質のような扱いの乗客に、僕が紛れていたようだ。慌ててたせいで死体だと思ってた僕も拾ってしまったのか。
だが移動中、銃で撃たれた僕が紛れていることに気づいたハイジャック犯は、死体だと思い荒野に僕を捨てていったらしい。僕はそのあと、近くに住み外出中だったローレイに見つけられ、家で治療された。弾丸が内蔵を傷つけずに貫通していたために、僕は生き延びた。
ハイジャック犯はそのあと地元警察に捕まり、乗客は解放され帰国した。だがハイジャック犯たちは警察に仲間がいるらしく、逃亡した。警察が敵なのでは、ローレイは僕を警察に届けることもできず、医者にも連れて行きにくく、自宅で看病した。
これが、今までの経緯だ。
怪我が治って、さてこれからどうしようとローレイと相談していた矢先、さらなる事件が起きた。
僕のことを嗅ぎつけたハイジャック犯たちが、おつかい途中だった僕を誘拐した。
ローレイとの、急な永遠の別れだった。
僕はハイジャック犯達に売り飛ばされ、ほかのどこかの子供達と奴隷として肉体労働を強いられた。洞窟や穴を掘ったり、がれきや木材を運んだり、殺されないように必死に働いた。
今、僕は、わけのわからない境遇に陥っている。
だが、いつか、唯香と再開してやる。ボクと唯香の仲を裂いたハイジャック犯や、僕の持ち主となっている黒い肌の大人たちを何人殺すことになっても、他の奴隷の子供たちを利用してでも、いつか、いつか、絶対に家に帰ってやる。
僕は、固く、そう誓った。
奴隷のまま六年の月日が経った。
唯香と再会した時に僕が誰かを分かってもらうために顔はなるべく傷つけられないように立ち回ったが、体はボロボロだ。筋肉がついて肉体労働に特化した体になっているが、何度も肉が裂け、骨は砕けた。百を超える傷と火傷の跡が全身にある。
これだけ肉体が鍛えられれば、脱走できるだろう。
かねてより計画していた脱走を実行するのだ。
六年のうちに、何度も脱走を試みたが、すべて失敗した。その度に他の奴隷の子供とうまく入れ替わり、まるで彼が脱走しようとして、僕はずっと忠実に働いていたかのように振舞った。僕の代わりに何人かは死んでしまったが、仕方がないと割り切る。
そしてその失敗のおかげで、脱走の勝手がわかってきた。
まず、敵を一人ずつ、確実に殺していく。武器はスコップだ。敵を分散させ、仲間が殺されていると他の誰にも悟られぬようにこっそりと、殺す。僕が逃げられるようになるまで、何人でも、殺す。
僕はその作戦を実行した。
思いのほか敵が多かったから二十人以上殺したが、必要ならもっと殺すつもりだった。
敵が減り、鍵や地図、食料なんかを入手し、脱走した。数日かけて川をたどって海沿いに出て、海沿いをたどって港にたどり着いた。この時点で、脱走の成功を確信した。
警察に関する正しい知識なんてないから、恩人ローレイの言葉を信じ、警察には絶対に頼らなかった。
港から、より大きな街の港に行く船に忍び込み、どこかの大きな街に着く。そこから別の大きな船に忍び込み、別の大きな街に着く。これを繰り返し、日本行きの船を見つけ出し、忍び込んだ。
気がつくとさらに一年が経っていた。僕はもう十七歳になる。
そして、日本に着いた。
僕は自宅の住所を覚えていた。
唯香と迷子になった時のために八歳のころに覚えて、ハイジャックにあってからもいつか帰るために忘れぬよう毎日住所をつぶやいた。
あとはその住所を目指すだけだ。
ここで、僕の計画に修正を入れることを思いつく。
唯香が僕の七年間の地獄を嘆くかもしれないから、ずっと、日本にいたことにする。
記憶を失いながら七年間、どこかの山奥で生き延び、最近記憶を取り戻し帰ろうと決める。
だが今度はなぜか七年間の方の記憶を失った。
これが、僕が思いつく精一杯のごまかし。
これが、僕の過去になった。
川で体を洗い、ゴミ箱をあさってでも食を摂り、まともに見えるように髪を整えと服装を調達する。
僕は、僕の家に帰る。
七年かけて、家に帰る。
家に着く。
七年ぶりに、自分の家を見る。
「よかった・・・・引っ越してなかった」
一戸建てだから引っ越す確率は低いだろうと思っていたが、不安だった。
ただ、表札から僕の名前が消えていたことは、悲しいような、おかしいような、複雑な気分になる。
ここは僕の家だ。七年ぶりでも、表札に名前がなくても、僕の家だ。
インターホンを押さず、七年間変わってなかった家の鍵の隠し場所から鍵をとり、ドアを開く。
「ただいまぁ!」
僕は、家に帰った。
・・・・が、家には誰もいなかった。
今は平日の昼間。失念していたが、親は仕事で唯香は学校にいる時間だ。
唯香の学校に直接会いに行きたかったが、今唯香が通っている学校を知らない。
仕方なく、家で留守番することにする。
自分の部屋に行くと、なんとあの頃のままだった。
唯香が、このままにして、と頼んだのかもしれない。
よく唯香と一緒に寝たベッドに横になってみると、成長した体には、このベッドは少し窮屈に感じられた。
でも体は疲れていたのか、急激な眠気に襲われ、僕は眠った。
ガチャリ。
玄関が開く音がして、目を覚ます。
ただいま、と誰か女の子の声がした。きっと唯香だ。
今になって少し緊張してきて、一階に降りるときに忍び足になった。
リビングを覗いてみると、そこに、いた。
唯香は、年齢的に中学三年生になるのだろう。学校の制服らしきものを着ていた。
顔は、あの頃の面影を残したまま、ずっとずっと綺麗になっていた。髪を腰まで伸ばし、それを二つにくくり、目を閉じ、
・・・・僕の仏壇に、合掌していた。
「ただいま、お兄ちゃん」
唯香は仏壇の僕の写真に話しかける。
「今日で、お兄ちゃんがいなくなってから、ちょうど七年目になるね」
え、知らなかった。日付の感覚がなくなってるし。
「もうお兄ちゃんは死んだって、みんな言うけど・・・・嘘だよね?」
唯香の目から、涙が溢れる。
「お兄ちゃん、なんであの時、私と席を入れ替えたの? 私なんかの身代わりになっちゃったの?」
唯香は嗚咽を上げ、肩を震わせる。
「私、最後にお兄ちゃんに嫌いって言っちゃった。ごめんね・・ぐすっ・・ごめんなさいぃっ!」
唯香の言葉は、泣いているせいでぐちゃぐちゃになってきている。
「お兄ちゃぁん、いつ帰ってくるのよぉ、えぐっ・・・・ねえぇ・・・・えぐっ・・・・」
きっと唯香は、七年間、こうして泣き続けたのだろう。唯香の涙は、止まらない。
「唯香」
「えっ?」
唯香に声をかけると、目を真っ赤にした顔を驚かせながらこちらに振り返る。
僕は唯香に歩み寄る。
「僕は、もう、帰ってきたよ?」
「お兄・・・・ちゃん? うそ・・・・」
赤く晴らした目をこする唯香。幽霊を見たように驚いている。
「ただいま、唯香。待たせたね」
唯香をそっと抱きしめる。
「お兄ちゃん・・? お兄・・ちゃん。 お兄ちゃぁあん!」
唯香も僕を抱きしめる。
「うわぁぁぁぁぁあん!」
唯香は泣く。僕の胸で泣く。
僕は微笑む。幸せを噛みしめて微笑む。
僕は、家に、帰ってきたのだ。
ふとプロットを思いつき、初めて短編を書いてみました。
ただ主人公が帰宅するだけ、のお話をビッグに書きました。
創作意欲が出たら、この話を丸々プロローグにして続きの日常を書いてみたいです。
主人公と妹は、次の年から同じ高校の一年生として学校生活を送るとかね。ローレイが主人公の家族に主人公が生きていたことを話しに日本に来て、主人公と会ったりね。
ご感想、お待ちしております。