第2泳 不死男とお弁当
「うーーん! 静かでいいなぁ! 山は!」
ぐーっと背伸びをする須藤。背伸びをするな、その凶悪な胸が殺傷能力を持つようになる。
ちなみに僕のカーブで事故を装って女子に触っちゃおう大作戦は失敗に終わった。なぜなら僕は助手席に座らされたからだ。
しかし、本当に穴場だな。キレイで静かな川が流れており、僕らのいる切り開かれたような河原と川を挟んで森が青く茂っている。
川の流れは緩やかで透き通っており、そこそこ深いようだ。泳ぐ魚たちが見える。空気もおいしいし、なかなかいいな。今度こようかな。いやこれないけど。
「やっほー! およごー!」
「うん!」
以津花と以津花の友達、魚住が服を脱ぎすてて川に飛び込む。 あ、服を脱ぎすてるといっても、下に水着を着て来たらしい。別に全裸じゃない。ちなみに二人ともスクール水着。
「ん? 燈火は泳がないのか?」
「ん。ああ。僕は昆虫採集でもしようと思ってね」
僕はこう見えても昆虫採集やら自然観察が結構好きだ。
「そうか。オレも泳がないから一緒にぶらぶらしようぜ」
「おう」
メイは、羽津花姉と一緒にシートをひいたりしている。
家庭的な死神だな。そう思いながらメイを見ていると、須藤が何かを掴みながらこちらに走ってきた。
「おい! 燈火! カエルだカエル! すっごいデカいぞ! 気持ち悪いなぁ!」
「うぉおっ! ちょっ! 近付けるな!」
須藤は、気持ち悪いと言いながらもヒキガエルを片手でわしづかみにして僕の顔の前にグイっと近付けた。僕は、カエルとかミミズとかヌメヌメ系が結構ダメな人だ。
「って、オイ。須藤、ヒキガエルは毒を持ってるぞ。触る分には大丈夫だが、それで手を洗わずに何かを食べると危険だぞ」
割と冷静に対応する僕。何でこんな無駄な知識を持ってるかと聞かれても偶然としか言いようがない。決して友達がいないので暇な時図鑑を見ていたからではない。
「なんだと!? よく教えてくれた燈火! おのれカエルめ! このオレを殺そうとするとは!」
「手を洗わずに何か食べるつもりだったのか!? 別に毒はなくても普通は洗うだろ!」
じたばたと暴れるカエルをしばらく見つめた後、須藤は向こう岸の森へぶん投げた。うわ。カエル死んだわ。よいこはマネしちゃダメだよ。
須藤はじゃぶじゃぶと川で手をゆすいでこちらに戻ってきた。
それからくるりと振り返り、じいっと川を見つめて須藤は言った。
「なあ、燈火、結構な魚がいるが、何とかして取れないものか」
「無理だろ。僕は魚を捕れるような道具は持ってきてないぞ。お、この葉っぱの茎、よく見たらナナフシだ」
眼についた枝が不自然だったもので、よく見てみるとそれはナナフシという昆虫だった。
ナナフシは節足動物門昆虫綱ナナフシ目に属する昆虫の総称。緑色のタイプの奴だった。実は僕はナナフシが大好き。何故なら僕は擬態する動物が好きなのだ。かなり上手く木に擬態しているが、今の僕は擬態を見分けることもできるのかもしれない。なんというか不自然に思えた。
僕は左右からナナフシをジロジロとみる。ぱっと手を出してナナフシをつまむと、ナナフシは脚をじたばたさせてもがいた。アレだ。バイオ4に出てくるプラーガを連想させる形をしているな。……って、分かんないか。
僕はナナフシを元の場所に戻した。ナナフシはあわてるように逃げていく。
「オイ! 燈火!」
「お、須と――何やってんだお前!?」
須藤はビショビショに濡れていた。彼女の服装は、白い無地の長袖と長ズボンのジーパンなのだが、白い無地の長袖が水に濡れてブラが透けている。やめろ!僕のゴマゾウがドンファンに進化してしまうではないか!……プラーガよりはわかるはず。
「って、オイ。なんだその魚は」
須藤の右手にはピチピチと元気よく動く魚。多分鮎だと思う。
「ああ。捕った」
「捕ったって……素手でか!?」
「まあな」
人間じゃねぇ!僕も人間じゃないが、コイツも人間じゃねぇ!
須藤は、ピチピチと暴れる鮎を片手で握りながら僕の前に突き出した。
「なんだよ」
「焼いてくれ」
「どうやって?」
「いや、ほら。お前の炎でボッと」
「なんでそんなくだらないことに僕は化け物にならなくちゃいけないんだよ!」
「くだらない事とはなんだ! 天然物は美味いんだぞ!」
美味いのは知っている。
「というか、多分僕が焼いたら消し炭になるぞ。その魚」
「むぅ、そうか……」
非常に残念そうな顔をして須藤は鮎を川に放した。鮎は弱弱しく泳いでいたが、やがて力尽きたのか腹を上に向けて浮いてきた。どんだけ力を込めて握ってたんだよ。
「おぉーぅい!メシだぞー!」
羽津花姉が僕達を呼んだ。
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弁当を食べ終わって休憩をする僕達。以津花と魚住は食べ終わるとすぐに川に走って言った。泳ぎっぱなしでよく体力もつな。しかし、メイの料理は相変わらずおいしい。作ってから時間がたっても美味いって反則だろ。もう料理屋ひらけちゃうよ。
「そうだ、メイ。僕はそろそろその辺をぶらぶらしようと思うんだけど、お前も一緒に来るか?」
「そうですね。私もご一緒させていただきます」
弁当箱を片付けながら言うメイ。
「おぉーぅ。いってらっしゃい。アタシはここでのんびりしてるから」
シートに寝っころがりながら言う羽津花姉。
「ん。悪いな。羽津花姉」
「いぃって別に。どうせ寝るつもりだったし――」
ふあぁとあくびをする羽津花姉。まったくこの女子大生はおっさんくさい。
バシャン
川のほうで水の音がした。何かが水に叩きつけられたようなそんな音だ。
「なんだ? 鳥でも落ちて来たのか?」
「さっきオレが捕った魚が跳ねたんじゃないか?」
「あの魚はもう遠いところにいったよ」
お前の所為でな。
川の方で、水を叩くような音がする。泳いでいるというよりは、暴れているような音だ。なんだ?泳いでいるにしてはやけに必至だな。競争でもしてんのか――僕の思考は、次の以津花の悲鳴で中断させられた。
「人美ちゃん! 人美ちゃん!」
――まさか……溺れたのか!?
人美と叫んでいるのは以津花だから、溺れているのは、魚住。
あの人魚姫と呼ばれるほどに泳ぎが上手な魚住が、溺れるのか?
なんだか嫌な予感がする。