最終話 君と僕は永遠に
物語は、最高に最悪な結末で幕を閉じるかもしれない。最悪に最高な物語のオープニングでもある。幸せに死ねた人は最高で、生きて取り残された人は最悪だ。最高の最期を迎えたと思ったら、まだ人生が残ってたら、どうだろう。最終決戦で、綺麗に終わる訳じゃない。僕達読者はそれでその世界からはおさらばだけど、物語の人物達はまだ終わりじゃない。死ぬまで生きるのだ。けれども僕は、その後の話はおいといて、最高の最後を飾るとしよう。なんとしてでも。
化物になって、ほんの数ヶ月だったけれども、僕はその数ヶ月間は色々な意味で充実していた。
客観的に見れば見え方が変わるというけれども、実際人間というものには能力に限界があり、客観的に見ているつもりでも、どこか見れていない場合がある。
しかし、化物になれば違った。
化物世界から見る人間世界は、妙に歪んでいるように思えて、最悪な物に見えて、だけど最高の世界にも見える。心の矛盾だが、僕は最悪だと思っていながらもどこかで人間に憧れ、人間を求めていた。
人の愛は化け物にはない。人と接することは出来ても、今の僕が真に心が通じるのは化け物だけのはずなのだ。それなのに、人間の様な化け物と、化け物の様な人間と、化け物が人間だったころの家族とその友達、人間の悪の部分に直に触れて、人間を辞めさせられた人間。色々な人間や化け物と、僕は真に心を通わせたと思う。
だから、そいつらの為に死ねるなら別にいい。
そいつらの為に死ぬなら、別にいい。
僕は今まで、そう思える人は、いなかったのだから。そう思える自分のまま死ねるならそれがいい。
この時期には珍しすぎる大雪に、テレビは騒いでいた。ありえないほどの雪雲がこの街を包んでいるらしい。外に振り続ける大雪を見つめながら、新聞を見る。
ここ数日、謎の溺死・凍死事件が多発している。ある者は自室で溺死し、ある者は風呂場で、血まで一瞬で凍結されていた。警察もお手上げ状態のこの大事件の犯人を直感的に感じ取っていた。不死鳥の直感は、当たる。感に頼るまでもない。知っていれば、誰でもわかる。
このどす黒い感覚。
まちがいなく奴の仕業だ。奴は、僕を探している。龍の心の極寒の涙は世界を巻き込み、僕らの命の炎を喰らう事で暖かくなろうとしている。
それは間違った方法だ。心の氷を解かすのは人のぬくもりだ。
龍が行っているのは、ただ、そのさみしさを紛らわせているだけだ。
地球が暑くなったから、その原因を突き止め、改善しようとしているのではなく、暑いからエアコンをガンガンにつける。その場しのぎでしかない。根本的な解決にはならない。
でも止めなければならない。皆が死ぬと、僕はもう、戻ってこれない気がする。
僕の為の戦い。護るための戦い。
真紅のパーカーにジーンズを着て、玄関の前に立つと、外の冷気が僕の体を撫でた。
――最悪でも、相打ち。それ以下はすべて駄目だ。
冷たくなった鉄製のドアノブをゆっくりと回し、外に飛び出そうとした時、
「学校にいくんですよね……? 燈火さん」
メイが、心配そうに僕を見ていた。
「……勉強をしたら、帰ってくるんですよね?」
沈黙を続ける僕を見て、メイは、涙を流しながら僕に抱きかかってきた。
「行かないでください! 逃げましょう! 逃げて、遠くに……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにして、僕を見つめる。
そんな顔をしないでくれ。僕の行為はただの自己満足に過ぎないのだから――正しくは無いのかもしれない。そうだと言える確信が無い。美しく散るのが本当に正しいのかはわからない。わからないから、そんな悲しい顔をされると、間違っているのではないかと思ってしまう。
だけど逃げるわけにはいかない。逃げる選択肢なんて初めからないのだ。
力を手に入れた責任は、うけなくてはならない。これは義務なのだ。
突如、メイが僕から離れた。いや、引きはがされた。
羽津花と、以津花が、メイの両手を抱きかかえて、メイを僕から離して、僕を見た。
「行くのか? 燈火」
「羽津花姉……以津花、学校は?」
「サボった」
「同右だよお兄ちゃん」
「アタシは止めない。止めたらお前、後悔するだろ。だから止めない。その代わりに……絶対帰ってこい」
真剣な目で僕を見つめる羽津花姉。以津花も、泣きそうになりながら僕を見ている。
「……ありがとう。それじゃあ、行ってきます」
行ってきますは、「ただいま」とセットだ。この場合は、さようならが正しいのかもしれない。だけど――今回は、いってきますって、言いたかった。
見慣れた街が、白く染まっていた。
その街を、僕は駆けた。
左腕が異形の者となり、次は右腕、次に両足、最後に翼が生えてくる。もう躊躇わない。
僕の隣を、紅いドレスの少女が駆けていた。
「見つけたぞ」
少女は、つぶやいた。
あの公園。僕とウィンドが初めてであった公園に、奴は立っていた。
龍の書かれたジャージを着て。
「あれは……」
はじめて、僕とウィンドがあった日、僕を刺した男と同じ服装。偶然かもしれない。だけど、もし、本当にそうだとしたら、やはり、僕とお前は宿命なのかもしれない。
「勝てるとは言わん。だが、勝てとはいう」
「ああ、いくぞ」
ウィンドの体を炎がつつみ、その炎が僕の腕に吸収されていく。邪魔になる大きな炎の翼を消して、龍と向き合う。龍も広げていた翼を消し、頭に生えた氷の角を撫でた。
「……」
「……」
お互いに無言で近付く。ただ雪を踏む音だけが僕の耳に入ってくる。
手を伸ばせば届くという距離で、龍が、フリズ・アイスクローバーの口元が歪んだ。
かと思った瞬間、僕の足元から氷の刃が突き出してきた。しかし、僕は驚くほど冷静にそれを回避することが出来た。
極限状態まで集中していたせいか、足元から氷の刃が突き出してくるのが、見えたのだ。ゆっくりと。
感で回避したわけではなく、あの一瞬で起きた出来事を全て理解し、判断して回避したのだ。
勿論反撃も忘れない。
離れ際に龍に炎を投げつけてやったが、龍はうっとうしそうに手を払い、炎をはじいた。ダメージは無い。
「……はああああ!」
「……やああああ!」
ほぼ同時に叫び、ほぼ同時に駆ける。そしてほぼ同時に、お互いの頬を殴った。
ぐるぐると揺れる視界の中で、僕は瞬時に状況をほぼ直感だけで理解し、片腕で地面を押さえつけるようにして姿勢を低くすると、僕の真上から恐ろしいほどの風圧が僕を襲った。
恐らく龍の蹴り。それを直感した僕は、龍に足払いをする。龍は跳んでそれをかわすと、僕に踵落としを叩き込んでくる。回避が間に合わず、ガードをしようと両腕をクロスさせ、何とか攻撃を受け止めることは出来たが、僕の腕はメキメキと音を立て、僕に恐ろしい程の激痛を与えてきた。
舌打ちをして、追撃に備え前転の要領で龍から距離をとり、地面に手のひらを押し付けて炎の壁を作り、飛んできた龍の氷の矢を溶かす。
「はぁ!」
「やぁ!」
龍と僕がほぼ同時にお互いに手のひらを向けると、同時にお互いの体から―――フリズからは炎が、僕からは氷が突き出してきた。
「ぐぅ……」
「アッハァ……」
全身を襲う焼かれるような冷たさ。触れている部分が凍結し、凍傷を超えて崩れ落ちるような感覚も直に消える。治癒能力は、痛みが引いた後のジンジンとくる中途半端な痛みすらも治してしまう。
お互いに一歩下がっただけで、お互いの攻撃は終了したかに思えたが、やはりそう甘くは無い。
龍が、軽く手と手を撃ち合わせると、パンと、手と手のぶつかった音と同時に氷の粒が僕に襲いかかってくる。避けられない、と僕は思ったのだが、僕と同化しているウィンドは回避可能だと判断していたらしい。完全に一体化している僕は、ウィンドの思考を瞬時に読み取り、理解するまでもなく理解している為、その行動を瞬時に行う事が出来る。
手と手を水平に、こすり合わせるように打ち付ける。シャッと言う音と共に、炎の渦が氷の粒を巻き込んでいく。
が、フリズはその炎の渦の中に飛び込むと、全身から炎を上げながら僕の頬に蹴りを入れてきた。
完全に無防備だった僕は踏ん張ることが出来ずに数メートル吹き飛ばされ、さらに雪の上を数メートル滑った。
半身を起こしたところで、頬がまだビリビリと痛むことに気付く。
「何故だ? 何故痛い……?」
『何を……お主は既に知っておるはずだ。わらわが知っておるのだから』
つぶやいたと同時に理解した。ウィンドが持っている情報が僕に流れ込んでくる。
完全に力を解放した僕たちは、存在そのものにダメージを与えることが出来る。存在とは、魂そのものに等しい。存在自体にダメージを受ければ、回復速度も遅くなる。
「冗談……」
どうりで勝てないわけだ。不死鳥の治癒能力+戦闘力=龍の戦闘力+治癒能力なのだ。しかし、それらから治癒能力が抜かれるわけだから、結果的に戦闘力同士での戦いになる。
となれば、僕達不死鳥が龍に戦闘面で劣るという事もうなずける。
『しかし、お主の戦闘力は通常の不死鳥の2倍だ。……何とか勝て』
「そこはせめて、『わらわとお主が一つになれば、力は無限大! 絶対無敵!』 くらいは言ってくれよ」
『フン……』
「ハン……」
お互いに鼻で笑うと、楽しそうな笑みを浮かべながら、僕らに向けて一直線にかけてくる龍の突進をかわす。恐らくは瞬間移動に近い速度なのだろうが、僕には何とかとらえることが出来る。
大ぶりのストレートパンチを、遠心力で体をねじるようにしてかわす。反撃にうつろうかと思ったのだが、恐ろしい風圧に思わず怯んでしまい、攻撃のチャンスを逃してしまった。今でも攻撃をする事は出来るのだろうが反撃を食らってはかなわない。今の僕はこれまでとは比べものにならないくらい防御力が上がっている為、普段ならかすっただけで半身を持ってかれそうな攻撃くらっても怪我ですむが、もしもクリーンヒットを食らってしまったら体勢を立て直す前に押し切られてしまう可能性もある。
ここは危険を侵さずに一旦離れた方がいい。
不死鳥の攻撃も龍の存在そのものにダメージを与える事が出来るから、隙を見て攻撃を何とか当てて行きたい所だけれども――
「やああああああああああああああああ!」
龍の蹴りが、僕の腹を貫いた。衝撃と共に、口から得体のしれない液体が吹きだす。いや――もう見慣れた液体だ。怯む僕に向けてはなった龍の左ストレートをすれすれでかわし、龍の顔にパンチを叩き込む。
「楽しいね。楽しいね楽しいね!」
子供のような笑顔を浮かべて、龍はお返しとばかりに僕の顔を殴り飛ばした。焼けるように冷たい雪に頭から突っ込む。
痛い。苦しい。嫌だ。
何が楽しいんだ。こんなの――苦しいだけだ。
なぜか、涙が出てきた。
苦しいからか、痛いからか――こんな事を楽しめる龍が、不憫だからか。
愛に殺された憐れな龍。フリズ・アイスクローバー。
彼の過ちを止める為に闘っているのか、護るために闘っているのか。
そして、止める方法が、根本的な解決ではなく、暴力でしか解決できないのは何故だろうか。
「……楽しくなんか……ねぇよ」
初めて、龍に言い返した。
口の周りの血を拭い、額の汗をぬぐい、右足で地面を踏みつける。
頬を涙が伝っていくのが分かる。なんだか涙が温かく感じた。
「強いよ。強いね。僕の方が強いけどさぁ!?」
「須藤。メイ。魚住。以津花。羽津花姉。井口……」
「ねえ、何泣いてるんだよ……こんなに楽しいのにッ!」
フリズの拳が僕の顔にめり込む。僕が反撃をしないとみて、ついでに蹴りを叩き込もうとして来た龍の脚に腕を叩き込み、龍を掴んで公園のトイレに叩き込んだ。
驚くほど抵抗が無かった。コンクリートの壁が、まるで豆腐の様だった。
「痛いなあ……足が動かないじゃないか……」
両腕と片足を使って、ゆっくりとフリズは立ち上がった。僕が腕を叩き込んだ脚は、膝のあたりが5分の3程削れていた。
「アハハハ……アハハハハハハハハハハハハハハハハ! 君はッ! 君は僕の求めた敵だ! 僕が本気で殺せる相手だ! 凍っちゃえよ!」
結局、僕は何と闘っているのだろうか。悪の帝王?破壊神?災厄?
愛に殺された憐れな化け物を、僕はどうすればいいんだろうか。
「……僕は」
顔を涙でぐしゃぐしゃにして、つぶやいた。対するフリズは、狂ったような笑みを浮かべている。
「僕は!」
駆けた。龍も駆けた。お互いの距離がぐんぐん縮んでいく。僕は恐ろしいまでの炎を纏い、相手は恐ろしいまでの冷気を纏っていた。
小さな時から、自分の事よりも他人の事を優先した。他人のちょっとの幸せの為に、自分が不幸をかぶった。損な役回りだったと思う。けれども他人は簡単に僕を見捨てる。
それでも僕は誰かの為に生きた。
それで何が残った?
何も残らなかった。小さな自己満足しか残らなかった。誰も、僕の事なんて覚えていなかった。
だから僕は、誰かと付き合う事を辞めた。一人で生きる事にした。
今まではそれでよかった。
でも今は、誰かとつながっていたい。誰かの心に居たかった。だから僕は、最後まで、自己満足で、誰かの心にいたいんだ。
今、長い間僕がしてきた小さな努力が実って、全部手に入れられたのだから。それでいい。
僕はその為に、戦ってきたのだから。
僕が僕であるために。戦ってきて、手に入れることが出来た。もう満足だ。だから僕は、全力で戦える。人間は一人では生きていけない。その中を孤独で生き抜いてきた僕は、まるで化物だ。人間の頃は化物で、化物になって人間になれた僕が人間に憧れる必要はない。僕はまだ、いや、僕はようやく人間になれたのだ。だから僕は、このままでいたい。僕を人間にした奴等を、護ってやりたいんだ。認められない親切を続けても実らず、化物として生きるしかなかった昔の僕を人間にしてくれた大事な大事な友達を。
「アハハハハハハハハハ! キャハハハハハハハハハハ!」
「うるせぇよ! この弱虫ドラゴン! 人間であることに耐えられねえくそったれな弱虫だよ、お前は!」
「わけわかんないね!」
「大事な友達がが殺されて! 人の心の痛みに耐えられなくて! 化物に落ちたお前なんかに――」
そこまで言って気がついた。
「お前は僕だ」
僕はお前だ。お前と僕の違いはなんだ。僕も、お前になりかけた。
僕とお前の違いは、周りに友達がいたか、いなかったか。
「クフフ、アハハァ! 凍って! 砕けちゃえよ!」
「昔の僕に、人間の僕が負けるかよ! この、馬鹿が!」
なんだか僕は――――――――凄く――――――幸――――――――――
冷気が僕を包み込み、炎が龍を包み込んだ。
「燈火さん! 燈火さん!」
気が付くと涙で顔をぐしゃぐしゃにしたメイが僕の名前を必死に呼んでいた。メイの頭を撫でてやろうとするが、僕の腕はピクリとも動かなかった。息も満足にできず、目がかすむ。息をするだけで肺が割けるように痛む。体があるという感覚が無い。下半身の痛みは感じないし、右目は全く見えない。瞼を開けないのか、失明しているのか、分からない。
けれども満足だった。
空回りばっかで、失敗ばかりな僕は、本当に何とかしなければならない時に、ちゃんと出来たのだ。
小さな自己満足だけが残ればいい。ちょっと心残りだけど。
――メイが、羽津花姉が、以津花が、魚住が、須藤が、僕を囲んでいた。
涙が出てきた。涙が出るってことは、まだ人間だ。人間は心だ。心があれば、化け物だって人間だ。ようやく分かったよ。僕は、間違いだらけだった。人間にあこがれる必要なんてない。僕は、人間だ。
「……燈火」
「お兄ちゃん!」
「鬼冴三さん……」
「燈火……ッ!」
「燈火さん!」
他人の心に存在しないハズの僕が――誰かの心にいる。誰かが僕を見てくれる。
「……燈火さん? 燈火さん! 目を開け……やだぁ……死んじゃやだぁ……一人にしないで……私っ……燈火さんがいないと……いっちゃやだぁ……やだよぅ……」
「待っててくれよ。いつか――――必ずただいまって――――言う――――からさ――――」
僕はもう
自分でそう言えたのか
自分で聞き取れなかった。
ようやく終わりました。
終わっちゃうみたいです。
何とか書ききれて本当によかったです。途中、何度もやめかけましたが、みなさんのおかげで無事、終了しました。
ではまた次の作品で会いましょうー。
別の話かもしれないし、続編かもしれないし、外伝かもしれない。
不死鳥は不死の鳥。いずれ必ず蘇ります。転生という形で。




