第2死 不死鳥男と死神娘
「今日はハロウィンではありません」
そういってドアをバタンと閉めて階段を上がる。なんだアイツ。どっかの怪しい宗教の勧誘かなにかだろうか?
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
連続するチャイム音。面倒くさい奴だ。階段を下りてもう一度ドアを開けると、少女は変わらない顔と姿勢でその場所にいた。
「なんだよ……」
「どうも。死神の――」
ドアをバタンと閉める。ワッツ!?死神!?宗教よりも鬱陶しい!関わらないと決めました!僕がそう決めた。異論は認めん。
ピンポンピンポンピンポンピンポン
もう一度ドアを開ける。一秒でやらぬと決めた事をやってしまった。どうも僕は我慢が足りない。いつかこれで身を滅ぼす事にならなければいいが……
「どうも。死神のメイ――」
ドアを閉める。よし落ち着け。次は逃げないぞ。すーはーすーはー。よしおっけー。
今度はチャイムが鳴る前にドアを開けた。やりい、僕の勝ち。わけのわからない勝負に巻き込まれた少女は、チャイムを押そうと伸ばしていた腕を慌てて引っ込めて最初と変わらない姿勢に戻って僕に同じセリフを言った。
「どうも。死神のメイ・デスサイズです」
名前カッコよすぎだろ!……外国人っぽいから姓か?全然わかんねぇ。おっといけない。落ち着け餅つけ。すーはーすーはー。よしおっけー。
「……で、死神さんが何の用だよ」
「はい。貴方、鬼冴三燈火さんは、先週の木曜日に通り魔に襲われて死ぬはずだったんですよ」
木曜日。通り魔……ああ。アレね。って、ええ?!なんで知ってるの!?コイツ、超能力者か!?おっといけない。餅つけ煮付け。すーはーすーはー。よし。おっけー。
「……で?メイさんは何しに来たんですか?」
「ええ。本来なら魂があの世に行くはずだったのですが、いつまでたっても来ないんですよね。で、地縛霊にでもなったのかと思い、このあたりは私の担当地区でしたので、私が魂を持ってくるはずだったのですが、何故か貴方、生きてるわけなんです」
「は?」
「ですから、本来なら――」
同じセリフを繰り返そうとするメイさん。
「いやいや、それはわかったから! 僕が聞きたいのは、メイ、お前が何がしたいのかってことだよ!」
「単刀直入に言います。死んでください」
「なんですと!?」
思わず叫んでしまう僕。だって考えても見ろよ、見ず知らずの鎌を持っている死神を名乗る女子中学生が家に訪ねてきていきなり死ねって言われるんだぜ。そりゃ突っ込みたくはなるわ。おっといけない。煮付け味付け、あ、間違えた。落ち着け落ち着け。すーはーすーはー。よし。おっけー。
「ですが、これも何かの縁です。せめて、出血多量か即死か、どちらか選ばせてあげます。おすすめは即死です。出血多量は苦しいですからね」
死に方を選べる……だと!? なら、漢の夢のアノ死に方を選ぶに決まっている。僕は迷わず即答した。
「腹上死で」
「……出血多量かそく――」
「腹上死で」
「ですから、しゅっけ」
「腹上死!!」
「……埒があかないですね。では、出血多量で」
「いや! なんで苦しいほうを選ぶんだよ!」
少女を指さして突っ込みを入れる僕。
「それに僕が死ぬときは腹上死だってずっと前から――」
少女を指さしていた、僕の右腕が僕の視界から消える。思わず僕の右腕を探すと、僕の腕は僕の足元に落ちていた。切断されて。
メイは、いつの間にか構えた鎌を振って、僕の腕を切り落としたのだ。
「……!?」
余りの事に叫び声すら出なかった。
左腕で右腕を抑えて玄関で倒れる。
「うわ、うわあああああ!?」
痛みを紛らわせようと叫び続けるが痛みは引かない。僕の死を完全に確認したいのか、メイは静かに悶え苦しむ僕を見ていた。
『何をしておるのだ! 愚か者!』
二階から、炎が僕の体に飛び込んできた。それに合わせるように僕の左腕が異形の物へと姿を変える。
「うわ、うわ……ぐぅぅっ……!?」
僕の体にウィンドが入った途端、僕の腕がみるみるうちに再生を始めた。と、同時に、玄関に広がる僕の血が、みるみるうちに「燃えて」いく。
便利なことに、この状態になると、斬りおとされた腕や血が、炎に包まれて消えていくらしい。火事にならないかと心配だったが、カーペットも木製の床も焦げ目一つついていないところを見ると、そこら辺の心配はいらないらしい。対象物のみを燃やす炎の様だ。何とも便利な事で。
再生した腕を使って立ち上がり左腕でメイを押して僕は家から転がり出た。あんな鎌で家を両断されては敵わない。
「ちっ」
メイは舌打ちをすると俊敏な動きで僕に襲いかかってきた。
「ぅぁっ…!?」
情けない小さい悲鳴を上げて、鎌を持って飛びかかってくるメイに抱き着いた。別にやましい気持ちがあるわけじゃあない。こんな大きな鎌みたいな武器ならば、下手に距離をとるよりも、相手の懐に入ったほうが安全だと思ったからだ。
幸い僕は不死鳥だ。近接戦ならこんな華奢な体つきの奴に負けるはずがない。
鎌を奪い取ろうと、必死にメイに絡み付く。が、想像以上の力だ。不良十数人をまとめて相手にして、圧勝できる程の力を持っている僕が、必死になって鎌を奪おうとしているのに、鎌は彼女の手から離れそうにない。
「……あれ、おかしいですね。人間が私相手にここまで張り合えるわけが無いんですけど」
静かな声でつぶやくと、メイは右足で、僕のがら空きの腹を蹴りぬいた。だが、ここで怯んでメイから離れれば、確実に鎌が襲ってくる。冗談じゃないと、僕は必死で鎌にしがみつく。
「しつこい!」
メイが僕の腹に、再度蹴りをはなつ。それでも鎌から手を離さない僕に、もう一度容赦のない蹴り。一撃一撃が内臓を破壊しているんじゃないかってくらい、体の内側まで響いた。腹をかかえて、その場にうずくまってしまいたいが、ここで離せば命にかかわる。
しかし、四度目の蹴りで僕に限界が来た。衝撃で鎌から手を離してしまった。
「あっ……」
「貰った!」
僕の首を斬りおとそうと、大鎌が僕に迫る。一瞬駄目かと思ったが、不死鳥は伊達じゃないらしい。僕の目は鎌の軌道をしっかりととらえていた。咄嗟に身をかがめて、恐るべき一撃をかわす。鎌は僕の髪の毛の先っちょをかすめ取っただけだった。
「ちっ!」
「うわっ!?」
メイは小さく舌打ちをすると、器用に鎌をくるりと回転させて、鎌の柄の部分で僕の顔を殴った。よろめいた僕に、刃の背――峰の部分で殴り飛ばした。
地面を転がって、壁にぶつかる。痛みに顔をしかめて、再度顔をあげると、メイは既に目の前まで迫っていた。宙で鎌を構え、コンクリートの地面毎僕を切り裂こうとしている事が分かる。
僕は咄嗟に地面を転がり、数センチの所で死の刃から逃れる事が出来た。
そのまま転がってメイから距離を取り、攻撃に対応できるよう、腰を落としてメイと向き合った。
メイも同じく腰を落とし、僕の隙をうかがうように横にゆっくりと移動を始めた。それにならうように、僕もそれっぽい構えをとって横に動く。
メイの方は震えすらしていないが、僕は内心ビクビクだった。
当然だろう。いくら不死鳥になったとはいえ、感じたことも無いような痛みと死の恐怖。それに加えて喧嘩の素人の僕の相手が明らかに殺しのプロなのだ。勝てる見込みなんて当然ない。
「うわああああ!!」
緊張に耐えかねて、僕はメイに飛びかかった。メイは僕のパンチともチョップともとれない何とも微妙な攻撃をやすやすとかわすと、僕の腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。ダンプカーに轢かれたのではないのかと思うくらいの衝撃を食らって、僕は何メートルも吹き飛ばされた。水切りの石のように地面に2、3度ぶつかって、工事現場の立ち入り禁止のフェンスに激突した。ガシャンと音を立てて、フェンスがぐにゃりと歪む。
不死身とはいえ、痛覚がないわけじゃない。吐き気のするほどの激痛を何度も僕は食らっている。ふらふらと立ち上がる。げほげほと咳き込み、口の中の血を吐き出す。体の傷事態は殆ど回復してはいるが、精神的にキツイ。
メイは僕が立ち上がったのを見て、驚いたような顔をした。大きな鎌の重量を感じさせないほど軽快な動きで僕に迫り僕の首に、鎌の刃を当てた。
「貴方は何者なんですか? 腕が元に戻った時は、私が斬り落とし損ねただけかと思ったんですが……今ので生きているなんて、考えられません。傷も完治しているようですし……貴方、人間なんですか?」
「人間さ。ちょこっとだけね」
僕は赤い羽が生え、爪の鋭い異形の左腕を彼女の顔の前でひらひらさせた。
「残りは、化け物」
メイは驚きの表情で、僕を見つめた。