第5闇 黒い男と赤い少女
「……燈火さん? 正気に戻って下さい!」
メイの声が聞こえていないのか、メイをちらりとも見ずに、男は女子3人へとゆっくり近づいて行った。
「へ? うわ……何アレうそっ……!」
女子3人組のうち一人が、ようやくぼーっと呆けていた意識がはっきりしてきたのか、自分が見ている非現実が現実だと悟ったのか、一歩後ずさった。しかし、生身の人間が耐える事の出来る圧力でもないし、サキュバス如きが耐えられるような圧力でもない。死神のメイでさえ、足がすくんで動けないのだ。
「マジで……冗談じゃないわよ……! 聞いてないわよ! こんな化物だったなんて……!」
サキュバスも、ようやく自分が喧嘩を売った相手の正体がつかめたようであった。
祭りの客は、その圧倒的な威圧感に、ただ呆然としていた。
「…………」
男は何も話さず、延々と炎を上げながら、ゆっくり一人の女子へと手を伸ばした。恐らく初めて向けられる感じられる殺意に、女子は動けなくなっている。
後数ミリで漆黒の炎を上げる指先が彼女の額に触れようという時、メイが何とか彼を止めようと動き出そうとしたとき、黒い炎を上げる体が吹き飛ばされた。
漆黒の炎を弾き飛ばしたのは真紅の炎。彼女は真紅のツインテールを揺らし、真紅の翼を生やし、ドレスの裾を掴みながら芸術と言えるほど優雅に、優美に着地した。
「何を盛っとるのだ馬鹿者……」
吹き飛ばされた漆黒の男は、ゆらりと立ち上がると、静かに、予備動作もほとんど行わずにウィンドへと接近した。少女はおぞましい殺意の塊をモノともせず、漆黒の炎に包まれた男の蹴りを蹴りで受け止めた。
赤い炎と黒い炎が反発しあい、お互いにはじかれ、少女は樹木に叩きつけられ、男は屋台に頭から突っ込んだ。男が立ち上がるよりも前に、少女は樹を蹴り、男へと突撃した。男は、屋台を黒い炎で燃やして漆黒の炎を上げる右腕で、少女の腕を掴むと、地面へ叩きつけた。
「ぐぅっ……! やるではないか……しつけのなってない糞餓鬼め!」
突如、少女の腕を黒い炎が包んだ。
「そんな……不死鳥が燃えるなんて……!」
メイは驚いたが、それは当の本人も同じようで、普段は驚く事など殆どない少女が驚きの表情を浮かべていた。
燃えるはずのない炎の鳥を包み込んだ黒い炎は、徐々に少女の腕を登ってくる。
「クッ……! 舐めるなよ!」
少女はあいている左腕で、自身の右腕を手刀でたたき折るように斬りおとした。反応の遅れた男に、自身の右腕が再生するよりも先に左手で男の腹にパンチを入れ、続いて再生した右手で男をもう一度殴りつける。怯んだ男の顔に両足で蹴りを入れて、その反動で距離をとる。
弾き飛ばされた男が翼を広げて、空中でくるりと回転し、受け身をとった姿を見てウィンドは舌打ちをした。
(最悪のタイミングで最悪の事態だのう……戦闘スキルも上がっている……さて、どうするか……)
じりじりと互いに見つめ合っていた男と少女だったが、少女が動こうとした瞬間、男に一人の少女が抱き着いた。
「燈火さん! 元に……元に戻ってください!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにし、黒い炎が自身を燃やすのも構わずに、男を抱きしめつづけた。
「私です! 私です! 私です!」
自分でも何をいっているのかわからない。けれども、自分は、この男に元に戻ってほしい。この身が燃え尽きるのも、彼の為なら構わないとすら思えるほどの熱情を、彼に抱いている。
彼女の涙が、彼の手の平に落ちた。ジュゥ……と音を上げ、炎が一瞬弱くなったように感じた。顔を見た。男は悲しそうな顔で、メイに助けを求めているように思えた。
「燈火さ……!」
「よくやったぞ死神。オイ……少し頭を冷やしてはどうだ?」
ウィンドは、男の胸に両掌を当てていた。同時に、おぞましい程の炎の濁流が男を飲み込んだ。
間一髪で男から離れることが出来たメイは、炎に飲まれ、空き地の裏の竹林に炎と共に流れていく黒い炎を、追いかけた。




