第4闇 黒き心とその翼
「……燈火、一緒に祭りにいかないか?」
浴衣姿の須藤が、僕の家までわざわざ来て、僕を誘いに来た。僕達の小さな田舎町には、年に1日、祭りがある。直径数百メートルの空き地に出店が並ぶ小さな祭りだ。
とはいえ、今までは友達のいなかった僕にとっては、無意味なイベントであった。
誘われたのは正直嬉しい。しかし気分が乗らない。今の僕は根暗野郎だ。外に出る気もしなければ、仲のいい奴と話してもなんだか心が痛い。しかし、心を閉ざしていればいつ限界がきてもおかしくない。気は乗らなくとも、嬉しくはあるのだ。気分転換にはなる。初めてだし、行ってみるのも悪くない。
「ああ、いこう。準備してくるから、待っててくれ」
多分、今の僕の笑顔はとてもぎこちなかったのだろう。笑っていても辛いような顔をしていたと思う。須藤は僕の笑顔を見て、悲しそうな顔をした。
「私も行きます」
メイが階段を上がって、僕にとてとてと近付いてきた。何時もなら癒される彼女の透き通った声も、可愛い顔も、銀色の髪の毛も、なんだか今の僕には眩しすぎた。
「ああ、いいよ」
メイも、須藤とおなじ反応をした。須藤も、メイも、僕とは違う存在――僕なんかが到底及ばない存在に見えて、すごく眩しかった。凄く羨ましかった。
準備をしに、下に降りていく燈火の背中を見つめて、メイはつぶやいた。
「こんな燈火さん。見てられません……」
暗い暗い、悲しそうな目で、言った。
「……燈火さんをこんな目に合わせたあのクソ女も切り刻んですりつぶしてウジの餌にしなければなりませ」
「……ああ。でも、それじゃだめだ。それじゃオレ達まで、落ちてしまう」
須藤も、燈火の背中を見つめて呟いた。
燈火の纏うオーラは、自分の知っている、炎の様に輝いているそれではなく、底なし沼の様に淀んでいるように見えた。目には見えないが、燈火が黒くなっていくのが分かった。部屋へ向かう足取りも、まるで足首を何かに掴まれているかのようにおぼつかない。途中、何度も転びそうになっている。
心のダメージが、体へきているようにも見えた。こんな時、あの不死鳥少女と話をして何かアドバイスをもらいたかったが、呼び出し方が分からない。燈火に向かって、「出てこい」と不死鳥少女に話しかけるわけにもいかない。
「私、怖いんです……最近、燈火さんが黒くなってきている気がして……目には見えないんですが……なんだか恐ろしい何かに変わってしまいそうで……」
シャレにならない化け物に。自分の知らない化け物に。鬼冴三燈火じゃなくなる。
メイは、ぎゅっと、手に持っている大鎌を握り締めた。大鎌は酷く冷たく感じた。
「おい、お主! あれが食べたいぞ」
祭りに着くなり外に飛び出したやけにテンションの高いウィンドが、服の裾を引っ張って、チョコバナナの屋台に走って行った。僕がこんな状態だというのに、ウィンドに心の闇は全く感じられない。
僕を気遣ってわざと僕にいつもより明るく接しているのかもしれないが、今の僕には気休めにすらならなかった。僕は、学校の奴らがいないかと、辺りを警戒していた。何を言われるかわかったものではない。
「お、お嬢ちゃんお兄ちゃんと一緒かい? いいねえ」
「仕方ない……なぁ……えっと……」
「うむ。まあ、そんなところだ。5本くれ」
「五本……? お前何勝手に……」
「五本だ」
困った顔で見つめ合う僕と店主のおじさん。
「1本まけといてやるよ。兄ちゃん」
「……ありがとう……ございます」
これだけの、チョコバナナ屋のおじさんとのやり取りだけで、なんだか救われた気分だった。
チョコバナナを5本受け取って、ウィンドに渡す。すると、クスクスと笑う声が聞こえた。
僕もウィンドも、僕に追いついた須藤とメイも、笑い声の聞こえた方向を向く。
3人の女子生徒が、僕の方を向いて、クスクスと笑っていた。一人は、六右馬。あのクソサキュバス。
「あれ、鬼冴三ロリコンなんじゃない?」
「顔似てないしね。妹じゃないんじゃない? 女の子3人だし。 一人は中学生じゃない? もう一人は小学生っぽいし……チョーロリコンじゃん」
「犯罪じゃないそれ。犯罪者だけど」
畜生――畜生――なんで勝手に――お前等は――僕の何を――
怒りに飲まれかけた僕の視界に、鎌を構えて3人へ近付いていくメイの姿があった。制止しようとしたが、止める必要があるのかと、自分の闇が聞いてきた。メイなら、奴等を殺せる。死神だし、そう簡単に捕まりはしないだろう。僕が僕の闇に思考を委ねた時――
突如、胸の痛みに嘔吐感を覚えて、うずくまる。勿論吐くことなどないが、それでも嘔吐感に似た感覚は収まることは無い。突如、意識が飛んだ。
「殺す。殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す。燈火さんは……燈火さんは……!」
3人がメイに気付いたところで、メイは足を止めた。恐ろしい程の悪意を、真後ろから感じた。
言うなれば、闇。純粋な闇。殺意から良心や感情を取り除いた、純粋な殺意の中に飛び込んだような感覚。思わず涙が出てしまいそうになってしまうほどの、圧倒的な圧力。
女子3人(うちサキュバス1匹)も、その圧力に気が付いたようだ。自分ではなく、自分の背後――燈火を見つめている。
振り向く。
「燈火……さん?」
もう、自分の知っている燈火はいなかった。
全身から、漆黒の炎を上げ、漆黒の翼を生やし、唯一残された赤の――赤く光る眼で、女子3人に殺意をぶつけている男がいた。
漆黒の炎が強すぎて、炎の中にいる男の顔を上手く見る事が出来ないが、ちらちらと見える見覚えのある顔で、元は誰だったのか推測することが出来た。
漆黒の元の名を、鬼冴三燈火と言った。




