第3闇 黒き心と己の手
そう簡単には僕は折れないと思っていたが、人の心の残る僕にとって精神攻撃は効果抜群であった。
既に、自殺してしまいたいほど僕の心は傷ついている。吐き気がするほど心が痛い。黒い何かが僕をむしばんでいくのが分かる。
どす黒い心が――僕を支配する。
ふらふらとおぼつかない足取りで、昇降口へ向かう。風邪を引いたときに近い感覚だ。周りの話し声が遠くから聞こえてくるような気がする。引きこもりたい気分だったが、それでは己の罪を認めたと周りには捉えられてしまうだろう。噂が広まれば、以津花にも、羽津花姉にも迷惑がかかってしまう。
昇降口で靴を履きかえていると、サキュバスが、ぼろぼろの僕を見て、にやりと笑った。無性に腹が立った。怒りに身を任せて、学校の壁をおもいきり殴りつけた。
不死鳥の力を全く解放していないにもかかわらず、激しい音が廊下に響き渡り、僕の拳を中心に蜘蛛の巣状のヒビが走った。友達と楽しく話していた女子や、僕に聞こえるように僕の悪口を言っていた男子生徒がぎょっとしたような顔をした。
見たか?僕はお前等を今すぐ殺せるんだ。
殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。僕を馬鹿にした奴を殺したい。僕をこんな目にあわせたアイツを殺したい。僕を無視する女子を殺したい。僕の噂をする女子を殺したい。僕を軽蔑した目で見る教師を殺したい。偽善で、同情で僕に話しかけてくる教師を殺したい。僕に優しくする――
「――クソッ! 何を考えているんだ僕は!」
今僕は、何を殺したいと思った?絶対に思ってはいけない奴を、大事な友人を、殺したいと思った。それではいけない。このままではいけない。このままでは本当に化け物になる。シャレにならない化け物になる。とんでもない化け物になる。僕はフルパワーならば、街一つ、簡単に破壊できる力を持つ真の化け物だ。化け物にすら化け物と恐れられるほどの伝説の化け物だ。怒りに飲まれるな――簡単に、滅ぼすぞ。護りたい人を。忘れられない物を。大切な人も。
そうならない為に、僕は僕である必要がある。
「キャアァ!? 近寄らないでよ変態!」
「うわっ!?」
思わず左手を引っ込める。僕の手は、無意識に化け物のそれへと変化していた。そして僕はその手を、一人の女子生徒に伸ばしていたのである。無意識のうちに殺そうとしたのである。
自分自身への絶望で、僕は目の前が真っ暗になった。化け物の腕になった僕の左腕の真紅の羽毛が、なんだか黒ずんで見えた。




