第8腐 夜空と山
「……なんでいるんだよ」
「……入りますか?」
「そこは僕の布団だ。僕が入るからお前は出ろ」
「嫌です」
風呂から上がって、リビングでゲームを続けている以津花をどかしてテレビを見終わった後、部屋に戻るとパジャマ姿のメイが僕の布団から顔を半分出して待ち構えていた。
「どけよ」
「嫌です」
「どけって」
「お風呂で幼女に股を開かさせてる変態さんの布団なんてありません」
ぷうと頬を膨らませてジト目で見つめるメイが妙に可愛くて、思わずにやけてしまう。
「イチャイチャするのは構わんが……」
いつの間にか僕から出ていたウィンドが、僕の携帯を勝手に弄っていた。
メイは、特にウィンドを睨んだりせず、布団から出ることなく僕をじっと見つめている。
「オイ。壊れるだろ。やめろよ」
「馬鹿を言うな。お主の使っている姿をずっと中から見ておる。使い方は完璧に覚えておる」
なるほど、確かに微妙にぎこちなくはあるが、使いこなせてはいるようだ。ニュース一覧を開いて、一つの記事を開きいた。その記事を見て、一瞬、彼女の動きが止まった。そして、
「まさか、な」
と、つぶやいてから、ページを閉じることなく僕にスマートフォンを投げ渡した。画面には、大量変死事件について書かれている。
ここより少し離れた山の村が滅んだという話だ。そこそこ大きい村のはずなのだが、死体の数は村人の半分にも満たない。しかし、村には一人も残っておらず、村人の死因は、「凍死」と「溺死」そして、上半身が、何か強烈なものにちぎられたような後を残して消えている死体――と書かれていた。明らかに普通の死に方ではない。
「これって……」
「化け物の仕業と言うのは間違いないが。その犯人の化け物が厄介な相手だ」
確信は無いが、99%間違いではないだろう。と言って、いつになく真剣な目で僕を見た。
「でも……それでも。不死鳥って、最強の化け物なんだろ? 並みの化け物相手に……」
「並みの化け物ではない、どころの問題ではない。凍結、もしくは溺死だけならともかく、これらすべてがそろっているとなると恐らくは……できれば、2種類の化け物が起こした事件だという事を願いたくなるような相手。龍。だな」
「ドラゴン……」
その単語を聞いて、おもわず復唱してしまう。
不死鳥、一角獣、龍。ウィンドから聞いた話によれば、この3種類が最強の化け物であるらしい。再生の不死鳥。秩序の一角獣。破壊の龍。
フェニックスは、ユニコーンやドラゴンに比べて戦闘力面では劣るものの、他の2種と比べ様々な特殊能力を持っているらしい。ドラゴンは、他の2種と比べて特殊能力が少ないが、戦闘力と言う点では、他の二種とは比べ物にならない程高い。
「――まあ、お主が不死鳥の力を独立して得た今、二人がかりで行けば全く勝てないというわけでは無いのだろうが……それでも勝つことが出来る可能性は30パーセントという所か。逃げることは余裕に行けるが、倒す事は簡単には出来んだろう。今回ばかりはどうしようもないな。吸血鬼如きに手を焼いているような未熟者が一人で首を突っ込んだら、冗談無しに死ぬぞ」
「――しかし、龍と不死鳥って2種類とも神クラスの力を持っている――つまり同ランクなんだろ?いくら戦闘力の差があるとはいえ、2対1で30パーセント……その計算だと、一人だと相手にならないってことか?未熟者の僕ならともかく、不死鳥歴の長いお前ですらタイマンじゃ相手にすらならないってことは無いんじゃないか?」
「――わらわも勝てんかった。ボロボロになったところで、逃げを選んだが――あの時お主と合わなかったら、わらわは龍に殺されていたな」
あの日――僕とウィンドが初めてであったあの時の傷は、龍によってつけられものなのか。それなら、納得がいく。不死鳥をあそこまで傷付けるやつなんて、そうそういない。
「今回は、僕もスルーしたいね……」
「珍しいのう。お主が殺人を犯した化け物を見逃すなんて」
そりゃあ人が死ぬのは嫌だけど。僕だって人間だ。僕の命をそう簡単に捨てるわけにもいかない。しかし――
「近いな……」
この街から、そう離れていない。この位置ならば、いつかは戦う事になるのかもしれない。僕としては逃げたいのだが、でもまあ、その時はその時だ。
「って――ここは……!」
被害場所の村のある山の名前を見て目を見開いた。
羽津花姉の行ってる山のすぐ近くじゃないか!立ち入り禁止にしたりとかはしていないだろう。近くの山だとはいえ、同じ山ではない。
同じ山ではない以上、実際に羽津花姉に危険がある可能性は高くは無いはずなのだが、なんだか嫌な予感がして、立ち上がった。こうしてはいられない。すぐにいかなければ。
「ウィンド」
「はぁ……声に出てるぞ。まさか、お主の姉が行っていた山だとはのう。仕方がない。行くか。今回ばかりは、わらわも外に出て、戦わなければならんかもしれん。お主から出ている暇はないからの。一緒に行くぞ」
「二人だけでデートなんてずるいですよ?」
パジャマの上からローブを羽織って、鎌を携えたメイが、私もいくとばかりに目をぎらつかせている。
「……お主では力不足だ」
ウィンドが、真紅の眼でメイのジト目を睨み返す。
「……燈火さんを死なせたら、許しませんから」
「許さないも何も、こやつが死ねばわらわも死ぬ」
メイはそういうと、まるですねた子供のように布団をかぶってしまった。
ふっくらと膨れ上がっている布団を見て、ふっと笑った後、僕らは窓から、夜空へ飛んだ。




